第008話 「癒し手の少女」
(アイザック視点)
「--------ッ!!----ッ!」
さっきからずっとお嬢ちゃんが叫んでいる。
ゴオオオ!!と風の音にかき消されてほとんど気にはならないが。
もう少しでロジャーの倒れている平地が見えてくる筈だ。
俺一人だったらこのまま突っ込んで地面に大穴を空けたい勢いで急いでいたが、背負ったお嬢ちゃんの為に飛行速度を緩める。スタッと軽い足音がする位に優雅な着地をしてやった。
「よし着いたぜ、降りな」
ん?何だよ、中々しがみついて離れねーな。何かうめき声上げてるし。
俺は少女を何とか引き剥がし、自分の足で立たせた。だがすぐにへたり込んで四つん這いになる。
だめだコイツ。嗚咽しながら泣きじゃくったまま動かないぞ。
「大丈夫かオイ。どっか痛ぇのか?」
泣いている。こっちガン無視だ。
この娘は絶対どこも怪我させてねぇ。その位優しく運んできた自信がある。
「オイッ!早くロジャーを手当てしねぇとまずいんだ。しっかりしてくれ!」
俺が肩をつかんで軽く揺さぶると、少女はヒグッ!と変な声を上げて泣くのを止めた。
「ほれ、そこの木の根元だ。俺の弟子を診てやってくれ」
俺が指差すと少女はヨロヨロとおぼつかない足取りで動き始めた。
よしよしやっとだな。そう思っていると、数歩行った所で倒れ込むように再び四つん這いになった。
「オエエエエッ!!ウエッ!!オゲエエエエ!!」
うげっ、猛烈な勢いでゲロを吐き始めやがったぞ!
「うぅ、うぇーーーん!!うぇーーゲェエエエ!!オゲエエエエ!!」
泣きながら吐いてやがる。可愛い顔してんのに、なんて汚ぇゲロの吐き方してんだ。
うっ!・・・・・・こっちまでもらっちまいそうだ。とても見てられねぇ。俺は思わず顔を背けた。
ダメだ、落ち着くまで待つしかねーか。
それから吐瀉物を撒き散らす少女が治まるまで、しばらくかかった。
「水だ。ちょっとうがいしろ。少しは楽になる筈だ」
俺は竹筒の水筒を差し出した。それを受け取って少女が口をすすぐ。
気が気じゃない。早くロジャーを診てもらいたいが、何とか平静を装った。
やれやれ。やっと取り掛かってくれそうだな。
□■□■□■□■□■□■□■□■
(ロジャー視点)
さっきから近くで誰かが騒いでいるみたいだ。
僕は半分眠ったような状態で身体を動かす事も目を開ける事も出来ず、ただ周囲の音だけがぼんやりとくぐもった頭に響いてきていた。
(師匠の声だ・・・・・・それと女の子の声がする)
それを聞いて安心した。すると落ちるように意識が途切れた。
「う・・・・・・うう・・・・・・」
自分のうめき声で意識が戻った。
一瞬に感じたけど、気が付けば何か柔らかい物の上に寝かされている。これは布団だ。ここは庵の中か。
・・・・・・運ばれたのが全然分からなかった。完全に気を失ってた。
熱いような痛いような感覚が、胸の辺りから感じられる。ゆっくりと目を開いてみると、まばゆい光が胸の上にあった。
「ウグッ!」
驚いて身じろぎすると、身体中に激痛が走る。
「グスッ、グスッ、まだ動かないで」
涙混じりの声がした。さっきの女の子だ。
言われるままにじっとする。というか痛くて動きたくない。
目だけ動かして見てみると女の子が手をかざしており、その手がまばゆく光っている。なんて暖かで綺麗な光なんだろう。
前に聞いた事がある。これが癒し手の光なのだと悟った。
僕は下着(ふんどし)姿であちこちに包帯を巻かれており、傍らには薬箱と何種類かの薬瓶が置かれている。癒し手の少女が手当てしてくれたんだろう。
先程の熱い、痛いと感じたのは、逆に損傷が癒えているからだと理解した。きっとそれだけ僕の身体は大怪我をしていたんだ。
ともかく、今はそれより気になる事があった。
(美しい・・・・・・)
光の、向こう。
僕は薄目を開けて見ていた。整った顔立ちの少女が僕を癒してくれている。同い年くらいだろうか。
僕の事を気に掛けて泣いてくれているのかな。
髪が長くて金色だ。目の色が青い。それが光に照らされて神々しい。なんて綺麗なんだろう。
(女神様が居るとしたら、こんな感じなのかな)
愁いを帯びた眦(まなじり)が美しい。ため息が漏れる程に。
今はっきりと自覚した。僕は、この娘が好きだ。
「出来る限りの術は施しました。もう大丈夫でしょう」
いつまでも見ていたい。そう思っていると時の流れるのは早い。随分長い時間が経ったとは思うけど、僕にとってはたったのひと時だった。
少女は素っ気ない位に手早く荷物を片付け始める。
(ああ!待って!まだ身体中が痛いよ)
あと少し傍に居て。そう言いたかったのに、出てきたのは小さくあ・・・・・・と呻くような声。
言い出す勇気が無くて言葉が出てこなかった。何やってんだ僕は。ちょっと呼び止める事もできないのか。
僕が自己嫌悪に陥って唸っていると、急に少女が声を荒げるのが聞こえてきた。
「何ですかこれは?お金じゃありませんね!」
何やら少女と師匠が言い争いをし始めた。
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