第011話 「大人気の無い人」

 辺境の村フェルト。

 山間に囲まれた集落のような所である。木々の間にちらほらと民家が点在するのが見える。ロジャーはここに来るのは初めてだった。

 庵から歩いたら山をいくつか越え、4~5日はかかる距離だ。

 

「ババアの家はこの先だ」


 村の近くに着陸した二人は錬金術の癒し手の家に向かった。

 この辺りは盆地になっており、開けた平地には広い畑が広がっている。初夏の日差しを受けて青々と茂る農作物が、視界を埋め尽くすようだった。

 しばらく行くと木造の民家が立ち並んでおり、その中の一つに簡素な木製の看板が掛かっていた。メリーの薬屋、とだけ書いてある。


「おーい。ババアいるかー?」

「その声はアイザックか。開いてるよ」


 しわがれてはいるが、はっきりと聞こえる声で返事が返ってきた。

 

「邪魔するぜ」


 引き戸を開けると様々な薬草の匂いが鼻孔を刺激する。

 玄関の土間は広めになっており、薬草束や焼いた炭、香木など商品が所狭しと積み置かれていた。

 その奥、板の間には囲炉裏があって鍋が火にかけてある。老婆がその鍋に薬草を一束入れてからこちらを一瞥した。


「何だい今日は。おや、そっちの子がお弟子さん?」

「ああ、この前大怪我したのはコイツさ。お陰様でもうすっかり良くなったぜ。おいロジャー、このババアがメリーゴールドだ。お前の命の恩人だぞ。礼を言っとけ」

「・・・・・・助けて頂いてありがとうございました」


 ロジャーはお礼の言葉を述べた。


「いやいやあたしゃ何も。リーナの癒し手の腕が良かっただけさ。アイザック。せめて初対面に紹介する時ぐらい、ババアってのは止めな!ぶん殴るよ!」


 メリーはロジャーにはにこやかに応えたが、師匠には鬼のような顔をした。


「ババアはババアだからそう言ってんだよ。本当の事を言って何が悪い」


 師匠は全く悪びれる様子も無い。


「てめーも歳を言ったら人間じゃないだろ!女にはもっと気を使えアホ!」

「何が女だ、もう女じゃねーだろここまできたら。むしろ魔物に近いんじゃねーか?」


 メリーゴールドは目を剥いて怒る。


「何て言い様だい!もうテメーには薬売らねーぞ。後でほえ面かくなよ」

「まあまあ、そういきり立つなよ。残り少ない寿命が縮まるぞババア」

「チッ!口の減らない男だ!」


 埒が明かない。それで何しに来たんだ、とメリーは話題を変える事にした。

 ロジャーは口喧嘩している二人にどこかで割って入ろうと期を窺っていたが、どうやら落ち着いたようで胸を撫で下ろした。

 その時傍らの錬金台で作業をしていた少女、リーナに目をやった。彼女も騒がしさに一旦手を止めて、こちらの様子を見ていた。

 相変わらず美しい。白い肌は薄暗い室内でも際立って綺麗に見える。金の糸のような髪は、よく櫛で梳いてあるのか真っ直ぐだ。

 しばらく師匠と老婆が何やら話を続けている間、ロジャーは彼女を惚けた様に見つめ続けていた。

 青い目に吸い込まれるように一瞬目が合ってしまい、慌てて目を逸らす。


「・・・・・・それで、今日は改めてカネを払いに来たって訳だ」


 話の続いていた師匠とメリー。ひと段落ついて師匠がそう言うと、抱えていた箱をドカッと板の間に下ろした。

 四隅が金具で補強された、頑丈な木製の箱だ。それには鉄の錠前が付いている。師匠が鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。


「ええ?この前のは宝石で代金を頂いたじゃ・・・・・・」


 老婆がそう言いかけた時に、師匠が蓋を開けて箱を横倒しにした。ザーッ!と大量の銀貨が箱から出て放射状に広がる。


「ハッハー!どぉーだ!見て驚け!」


 驚嘆した老婆が、声にならない息を漏らした。師匠は笑っている。


「・・・・・・何だいこの銭の山は!?」


 メリーは開いた口が塞がらない。


「一千シルビンある。両替商にきっちり数えさせたから間違いねえ」


 光る銀貨の山はまるで寝物語りに聞く賊の財宝だ。

 師匠はそれを箱にしまう素振りなど見せない。このまま受け取れ、という乱暴なこの男らしい意思表示だった。

 代金はこの前もらっているのに何故またこんな大金を持って来たのか、とメリーが問うと師匠はこう答えた。


「この前のは銭のカネじゃなかったんでな。そこの小娘が納得していなかったようだったから、今日は正式にカネを払いに来たんだよ」


 師匠はリーナを指差して、宝石は手付けって事にしといてくれ、と言って金を受け取るよう勧めた。


「オイ、見たかコラ。これで良いんだろ?な?」


 明らかに、少女への当てつけのような嫌がらせを含んでいた。

 指差されたリーナは慌てて背を向けて、錬金台で作業をし始めた。

 何という大人気の無い人だ、とロジャーは思った。それだけの為にここまでしたというのか。


「リーナ!ちょっとこっちに来な!」


 嫌そうな顔をして振り向いたリーナが、おずおずとメリーの元に近寄った。

 メリーがどういう事だいとリーナを問い詰める。もうその時には開口一発ゲンコツで頭を殴られていた。


「イタッ!痛いです御師様!」

「アンタ何かやったのかい!客に失礼な態度を取ったんじゃないだろうね?」

「そんな!私は言われた通りに代金を請求しただけです!失礼な態度はあっちの方で、イタッ!」


 リーナはあたふたと弁解を始めるが、ゲンコツを増やされただけだった。


「言い訳してんじゃないよ!見なこの銀貨の山を。気を使って持って来てくれたんだよ。どうすんだねアンタ!」

「ごめんなさい!ごめんなさい!すみませんでしたぁっ!」


 パコンパコン頭を殴られ、リーナは涙目になりながら謝った。


「この前の小さな宝石はな、一袋でこのカネ全部より価値があったんだぜ」


 そこへしっかり追い打ちしていく師匠にロジャーはうんざりした。


「ま、知識は持っておく事だなァお嬢ちゃん。恥をかかんようになァ」


 師匠が得意気な顔でニヤニヤしながらふんぞり返る。

 彼女はすっかり萎縮してしまい、ロジャーは心配になった。このままでは印象最悪だ。いじわるな師匠の弟子として、彼女に記憶されてしまう。


「ま、まあ師匠、このぐらいで許してあげて下さいよ。ははは・・・・・・」


 格好良く止めに入りたいと思ったロジャーだが、出てきたのは自分でもどうかと思うようなダサい台詞だった。


「ヘッ!まあこれだけ言えばどんなアホでも理解出来ただろう。ハッハッハッ!気が済んだぜ!」


 やめて。やめてくれ。ロジャーは心の中で師匠止まってくれと神に祈った。

 

「アイザック。こんなにもらって何の礼もしないんじゃ、錬金術師メリーゴールドの名が廃るよ。あたしゃ倉庫に貴重な品々を秘蔵してるんだ。ついてきとくれ」

「おう、そうか。そういう事なら礼を受けるとしようじゃねーか」


 メリーがお礼の品を倉庫に取りに行くと言い出した。師匠もそれに応じてついて行く。


「ロジャー、ちょっとそこで待っていてくれ。そうだ、無知なお嬢ちゃんに教養ってものを教えてやるといい。良いよな?ババア」 

「ああ、ちょっと時間がかかるだろうからね。リーナ、客に茶を入れてやりな」


 そう指示するとメリーと師匠は出て行った。

 屋内には傷心のリーナと印象最悪のロジャーが残された。

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