第010話 「降って湧いた幸運」

 あれから数日が経つ。

 治癒の白魔法と錬金術の秘薬は目覚ましい効果を発揮し、ロジャーは立って歩けるようにまで回復した。


「あのガキ、こまっしゃくれたヤツだったが、腕は確かな様だな」


 アイザックは癒し手の少女の技術に感心していた。

 ロジャーはまだ修行を再開する事は出来ないが、もうしばらく静養すれば元気になりそうである。大変喜ばしい限りであった。


「あの娘、何て名前だったんだろう・・・・・・」


 ロジャーは時折あの癒し手の少女を思い出して、ため息をつくようになった。

 白い肌、輝く金色の髪。青い目。あの美しい少女は異国の人なのだろうかと、ロジャーは思いを馳せる。


(もう一度会いたい)


 どうしたらもう一度会う事が出来るだろうか。


「おいロジャー、また鹿が捕れたぞ。解体しておけ」


 もう一度空から落ちたら、あの少女が治療しに来てくれるだろうか。いやそれよりも場所さえ分かれば、空を飛んででも会いに行きたい。


(思い切って師匠に場所を聞こう)


 いや、あの人がそんなの素直に教えてくれる訳が無い。絶対しつこく面白半分にからかわれる。そういう人だ。

 

「ロジャー。なんだこの味は。塩は入れたのか?全然味がしねぇぞ」

 でも駄目だ。胸が苦しくて切ない。あの娘が何処の誰なのか気になって仕方が無い。師匠にどんなからかわれ方をしたとしても、居場所さえ分かるのなら聞くべきだ。


「おいロジャー、聞いてんのかオイ」


 ああでもはぐらかされたり、うやむやにされたらどうしよう。いや、絶対にそれだけは聞き出す。他はどうでもいい。そこだけは。


「オイ!・・・・・・大丈夫かテメェ」


 気が付くとロジャーは師匠に胸倉をつかまれて揺さぶられていた。


「頭がおかしくなってないだろうな?最近何をしていても上の空じゃあねえか」


 咄嗟にまずいと思い、ロジャーは曖昧な返事を返した。


「あ、いえ。ちょっと眠いだけです」


 すると意外にも師匠は心配し始めた。


「眠いってお前・・・・・・落下した時に頭を強く打ってるからな。外傷は無くとも中身がイッちまってるとしたら、まずいな」

「あ、だ、大丈夫ですよ。僕は。意識ははっきりしてます」

「う~む。危ない奴程、自分は大丈夫だって言うものだからなぁ」


 師匠はしばらく思案してから告げた。


「よし、お前もう一回診てもらおう。それが良いぜ」

「えっ?!」

「ババアにゃこれまでの借りもある。もう一度顔を合わせて、礼でもしようと思っちゃあいたから良い機会だ。飯も食ったし、今から行こうぜ」


 ここ数日の間に、師匠は持っていた財宝の類を少しずつ換金していたらしい。まだ大半は残っているが、それでもひと財産は出来たのだという。それを癒やし手の錬金術師に早く渡したいそうだ。

 つまり、またあの娘に会える。まさしくロジャーにとって、降って湧いたような好機である。


「は、はい。それなら行きます」


 動揺を悟られぬよう、精一杯平静を装ってそう言った。


「なぁお前、あのお嬢ちゃんが出てきたら頼むわ。俺はあの小娘が苦手だ」 

「は?え、誰ですか?」


 自分でも小賢しいと思ったが、ロジャーはとぼけてそう訊ねた。彼女の名を知るチャンスだ。


「ほら、この前来た・・・・・・リーナとか言ったか。お前を治してくれた奴だよ」

「は、はぁ」


 気の抜けた返事をしたが、ロジャーは内心では飛び上がって喜んだ。

 あの意中の娘の名前も分かったし、師匠がその娘の相手を頼むというではないか。あの師匠がである。

 全てがひっくり返るような幸運に、人生の運を全部使い切ったかの様な感覚がした。こんな事があるのだろうか。

 だがこの淡い幸運は、ちょっとした衝撃で壊れてしまいかねない。

 ロジャーは本心を少しも出さないよう、細心の注意を払った。


「よし、じゃあいくぞ」


 今回は師匠におぶさって連れて行ってもらう事になった。まだロジャーが空を駆けるのは危険過ぎる為だ。

 飛ぶ直前になって、ふとロジャーは気になった。


(師匠はあんな可愛い娘の何が苦手なんだろう?)


 次の瞬間にはあっという間に大地が遠ざかっていった。二人は遥か上空に飛翔していく。

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