第009話 「お金っていうのは」
(リーナ視点)
「お嬢ちゃん、アンタは弟子の命の恩人だ。これを受け取ってくれ」
それは小さな布の袋だった。普通見るお財布よりも一回り小さくて、何だか実用性に欠ける子供用の巾着にすら見えた。
私を馬鹿にしているの?と一瞬思ったけど、とりあえず中身を見てみる。
巾着状の小袋の紐を解いて口を開き、逆さにして掌の上で軽く振った。そしたらコロコロと綺麗な小石?が出てきた。
え?何これ?光っていて綺麗だけれど、これに何の価値があるっていうの?
「釣りは要らねえぜ、取っておきな」
オジサンが得意気な顔をしてそう言ってくる。
は?まさかこれをお金の代わりに渡す気なの?!こっちが若くて物を知らないからって、代金を払わない気?!
「何ですかこれは?お金じゃありませんね!」
「え?あ、あぁ。宝石だ」
「何ですかホーセキって。こんなもの要りません!お金を払って下さいよ!」
「・・・・・・はぁ?!宝石を知らねえのかお前?」
最低。騙そうとしてる。やっぱりこの人、最低な人なんだ。これじゃ御師(おんし)様が怒るのも納得だわ。
私達錬金術師にとって代金を払ってくれない人というのは、豚の魔物(オーク)と同じだと嫌われている。
世の理を外れ奇跡を生み出す秘術。無価値から最高の品を作り出す英知の結晶。そういう宝物みたいな技術を何も理解しようとせず、ただ利用して踏み倒すのは頭の悪いオークと同じだって。
組み合わせて使っている神聖魔法の治癒術だって、お布施を払わない人には施されないものなのに。
「貴方、以前購入された神仙丹の代金も払ってないそうじゃないですか。こんな小石をつかませて、うやむやにしようとしてもそうはいきませんよ!」
私はせめて出張ヒーリングした分は絶対に払ってもらうと告げた。
普通の出張だったら銀貨五枚(五シルビン)だけど、遠方とか危険な道のりだったら倍もらうのが当前になっている。だからそれが十シルビン。
あと使った治癒の秘薬と、白魔法の施術代は十シルビンが相場ね。だから合計二十シルビンは、最低でも今すぐに払ってもらわなきゃならない。
御師様からは神仙丹の代金も一緒に回収してくるように仰せつかっている。
神仙丹は相場で五十シルビンはするけど、流石に大金だから中々ポンと出せる人は少ない。
とりあえず今は現実的に払える額を払ってもらおう。そうでないと御師様に合わせる顔が無くなってしまう。
「なあお嬢ちゃん落ち着けよ。宝石ってのはゴールドと同じか、それ以上の価値があってだな」
オジサンは説明を始めた。私は騙されるつもりはないけど、一応話を聞いてあげる事にした。
「オニキス、ルビーにサファイア、ダイヤモンド。どれも大きいからな。これなんか3ゴールドはするぜ」
とその中の一つをオジサンが指した。
まさかこんな小石が?私には色のついたガラスの欠片としか思えない。
ゴールドというと銀貨百枚の価値があると聞いた事がある。
だけど私はこれまで実物を見た事が無い。御師様は持っているはずだけれど、決して人目には触れさせないからどこにあるかも分からない。
「これを持って帰りゃあ、ババアもニコニコ笑ってツケを帳消しにしてくれる筈だぜ。全部で十ゴールド分以上はあるからな」
「そんなまさか。信じられません。お金で払って頂ければその方が良いです」
私は少し意固地になっていたし、話を鵜呑みにする事は出来ないと思ったからそう答えた。
相手があまりにも自信有り気だから、もしかしたら本当なのかもしれないけど。ハッタリかも知れないし、実際にはどうだか。
「あー、宝石商で換金する機会が中々無くてなぁ。銭で払えと言われたところで、今ここには無いんだ」
ほらほらここが怪しいのよ!お金が無いって、ついにそう言い始めた。結局そうなのよ。
「貴方は御師様に向かって、庵にお金があると言ったじゃないですか!あれは嘘だったんですか?!」
嘘つき。お金があるって言っておいて、払う段になったら急に無いと言い出すのは詐欺師の手口だわ。
そもそもそんなに高価なものを簡単にくれるっていうのがおかしい。十ゴールド分以上もあるとか言ってたけど、銀貨だったら千枚、銅貨なら十万枚以上って事よ?
そんな途方もない価値の物を持っている人が、何故ツケなんてして払いに来ないの?怪しい・・・・・・怪し過ぎるわ。
「オイ人聞きの悪い事を言うな。カネとほぼ同じだろ宝石なんて」
あっ、凄み始めた。都合が悪くなったからだ、きっと。
「とにかくこんな石コロでごまかされませんからね!」
私は小袋を突き返した。
「チッ!強情だなあお前!」
しばらくにらみ合った。私はこんな悪党に負けません御師様。ちゃんと代金を回収して帰りますからね。
「・・・・・・よし、じゃあこうしよう。俺がババアと話す。お前じゃ話にならん」
なっ!言うに事欠いて失礼な!嘘つきの癖に!
大体、御師様をそんな呼び方するのも私は気に入らない!
「はい、じゃあそうして下さい!お金が無いって御師様に言ってみて下さい!」
私がキレ気味にそう言うとオジサンも舌打ちをした。
「考えてみたらどの道、お前をババアの元へ帰さにゃならんからな。よし、速攻で帰るぞ」
あっ、そうだった!それだけは嫌!
「あっ、いやっ、私だけ歩いて帰ります!」
私は逃げようとして、外に出たところで捕まった。
「無理に決まってんだろ、距離を考えろお前。忘れ物は無いな?行くぞ?」
「は、離して!」
今度は後ろから抱きかかえられるようにして持ち上げられて、飛んだ。
「いやぁあああ!ぎゃああああああああ!」
見下ろせば目も眩むような高さ!吸いこまれるような絶景!
私は絶叫するしかなかったけど、それも恐ろしい風の音にかき消された。
ゴォォォォ!
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