ドーンオブスレイヤー

チュン

第001話 「仙術流派のロジャー」改定版

 山間の村、満月の夜。

 狼の遠吠えが聞こえる。家畜の牛や豚、鶏などが騒ぎ出した。

 僕は腰に差した剣を抜き放つ。

 刀身が一瞬だけキラリと光を反射した。

 今から魔物化した狼の群れを退治する。僕は全身黒づくめの装備にフードも被り、闇に紛れて狼を待っていた。

 最近頭が真っ白な白髪になっちゃったもんだから、こうしないと目立つんだよな。


「来たな」


 獣が土を蹴立てて走ってくる音が、近くなってきた。

 心眼で気配を探る。獰猛な狼が・・・・・・三匹か。

 向こうも気が付いたみたいだ。こちらに猛然と駆けてくる。

 よし、やるぞ。

 

「如何なる時も冷静に」


 僕は師匠の教えを反芻した。

 半身に構え、左手を開いて前に出す。


「集中して、払う!」


 少しだけ指を曲げて手前に素早く引く。『念手払い』という仙術流派の、念動力で足を払う技だ。

 すると先頭の狼が足を滑らせるように転倒した。後続の2匹もそれに巻き込まれて転がる。

 僕は駆け出して距離を一気に詰めた。


「ハァッ!」


 手にした剣で狼を刺突(しとつ)する。

 狼達も受け身を取るようにすぐ起き上がろうとした。だけど僕の剣の方が早かった。

 狙いは正確に狼の心臓を捉えている。

 すぐに剣を引き抜くと、もうこの狼は動かなかった。

 よし、まずは一匹。

 

「ガルルル・・・・・・」


 残り二匹の狼は、低く唸りながら僕の周りを回り始めた。

 仲間が殺されたのを見て警戒しているな。

 僕は油断無く剣を構えた。

 脳裏に修行の日々が浮かぶ。それは僕の頭の中を、一瞬で駆け抜けて行った。

 


□■□■□■□■□■□■□■□■



 僕はロジャー。

 十歳まで山の麓にある小さな村の教会に居た。そこに身寄りの無い子供達が集まっていたんだ。

ある日そこにアイザックという男の人がやってきて、僕を引き取った。

 それが師匠だった。山の庵に住んでいる魔物狩りスレイヤーだ。

 薄茶色の粗末な麻布の衣を好んで年中着ている。精悍な顔立ちで、髭を生やしていないので見た目は30代中程。

 だけど見た目通りの年齢じゃない。

 時々話す内容が三百年以上前の戦争の話だったりして、ちょっと普通じゃない人だ。

 それから五年。

 師匠は僕を育ててくれたんだけど、厳しい修行もやらされた。ずっと体力作りで筋力を鍛える毎日だった。

 座学もやった。読み書きを教えられ、後は膨大に溜め込んだ蔵書を読まされた。

 修行を嫌がったり口答えすると鉄拳制裁だ。

 お陰で身体は丈夫になって、力が強くなった。

 中途半端に自信がついちゃって、師匠と喧嘩した事もある。とても敵わなかった。

 あの時は死ぬかと思う程ボッコボコにされたっけ。

 だから基本この人には逆らえない。

 そんな師匠がある晩の夕食後、また厄介な事を言い出した。


「ロジャー、お前もそろそろ成人だ。俺の持つ技をひとつずつ授けてやろう」

 

 修行なんてもう沢山だよ。やりたくない。嫌だ。

 それでなくとも雑用で毎日こき使われているっていうのに。

 僕は慌てて返答した。


「えっ?!いや、いいです!」


 すると、おもむろにガシッと両肩をつかまれた。

 咄嗟に身をよじって逃れようとしたけど駄目だ。師匠の力には敵わない。


「遠慮する必要はねえ。身体はもう出来上がってるようだし、一から十まで丁寧に叩き込んでやるからな」


 今までの修行は下地作りだったって事か。

 これ以上を再び一から叩き込まれるなんて冗談じゃない。


「遠慮とかそういうのじゃあないです!やりたくない!嫌です!」


 僕はもうなりふり構わず全力で拒否した。

 精一杯に黒髪を振り乱して首を横に振る。この頃、僕の髪はまだ黒かった。

 師匠はかなりにぶくてガサツで強引だ。

 こういう時にやんわり拒否しても効果が無い。


「大丈夫だ。これからやるのは今までとは違う。大変な鍛錬をするわけじゃねえ」


 難しい事もしない。むしろ簡単さ、と甘言を囁く師匠には、逆に怪しさを感じる。

 

「えぇ・・・・・・どうしてもですか?」

「どうしてもだ。これは避けて通れん仙術流派の秘儀でな」


 僕はそれでも精一杯、抗議して抵抗した。

 でもこれ以上いくと師匠の機嫌を損ねそうになってきたので、仕方無く折れる形になった。


「うう。嫌なんですけど・・・・・・じゃあやる時は、お手柔らかにお願いしますよ」

「よぉ~し。じゃあ始めるぞ」


 まさか。即開始だとは思わなかった。


「ええっ?!今からすぐやるんですか?!」


 普通今晩はもう休んで、明日の朝から開始じゃないの?!


「大丈夫だ。そんなに時間はかからねえ。すぐ終わっから」


 まるで師匠はこの機会を逃すまいとでもするかのようだ。何か嫌な予感がした。

 師匠が納屋から変な壺を持って来る。かなり年代物の、骨董品みたいな物だった。

 蓋を開ける前に師匠は呪符で口元に防護結界を張った。


「呪符を口元に貼るから、大きく息を吐くなよ。鼻で呼吸するな」


 僕にも同様に呪符を貼る。

 そして筆を持った。壺の中をかき混ぜる。

 内部にはどす黒く粘性の強い樹液のような液体が入っていた。

 よく見ると薄っすら紫がかった煙がずっと立ち昇っている。


「うわ……身体に悪そうですね、これ」

「いいか。絶対動くなよ」


 おもむろに師匠が僕の左手首をガッシリとつかんだ。

 筆に着いた液体を近づけてくる。

 あ、液体をつけた筆から雫が落ちた・・・・・・床がジュッ!という音を立てて黒い煙を上げた。


「え?!」


 とんでもない。とんでもない事になってしまった。まさかこれを腕に塗り付けようというのか。


「えっ?!ちょっ、何する気ですか?!」

「バッカ!動くんじゃねえよ!怪我するだろうが!」


 床の焦げ跡は煙を上げ続けている。こんなものを皮膚につけるなんて正気の沙汰じゃない!


「ど、毒っ!毒薬でしょうそれっ!やめ、やめて下さいよっ!!」

「毒薬じゃねえっ!これはマナを練り込んだ染料だ!」


 毒薬だ。完全に毒薬にしか見えない。

 こんなの塗りつけられちゃ堪らないよ!僕はメチャクチャに暴れて抵抗した。


「オイッ!暴れんな!呪符が剥がれると肺が焼けるぞ!」

「ほら!やっぱり毒薬じゃあないですかッ!」


 説明してやるから暴れるな、と師匠が言った。

 曰く、この液体は我が仙術流派に伝わる秘伝の染料だという。

 これで身体に呪印を施す事により、様々な術を行使できるようになるのだと。


「これ描くのに失敗したら消せねーんだよ。一生残るからな。絶対動くなよ」

「嫌だ!嫌だ!嫌だーッ!」


 僕は必死にもがいた。

 でも、師匠に掴まれた左手は万力に挟まれたかのようにびくともしなかった。




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 仙術流派感知術上級技『心眼』

 体内マナを練り周辺に巡らせて、あらゆるものを感知する。

 熟練者は暗闇で30フート(9m)離れた場所に針が落ちるのを感知出来る。目を閉じて視界を遮断すれば、より精度が上がって気配を探り易い。


 仙術流派念動初級技『念手払い』

 掌を意識した念を飛ばし敵の足を払う。熟練すれば念の掌でつかむ、引っ張る事も可能。但し念の掌には摩擦力が無く、強い負荷がかかると抜けてしまう。

 敵の力を利用するように転倒させるのが肝要。要腕印、手甲印。


 仙術流派秘儀『呪印』

 この流派における魔法発動に必要不可欠な印を身体の各部に描く。正確に描かれていなければならないが、加筆により多少の修正は可能。一度描いたら消せない。

 儀式には激痛を伴う為、暴れぬよう四肢を拘束して行うのが望ましい。

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