第002話 「苦悶の記憶」改定版

 僕は師匠に左腕をつかまれて、必死に抵抗を続ける。


「バカバカ動くな!液がついちまったら変なシミになるぞ!」


 呪印を描くのに失敗すると台無しだと師匠から再度警告される。

 マナ成分が骨髄にまで浸透する為、描き直しが効かないから絶対に動くなと師匠は言った。

 

「一生消えないのを描かれるなんて酷過ぎます!」


 僕は半泣きになりながら訴えた。そんなの絶対に描かれたくない。


「消える!普段は消えるから!」

「嘘だッ!!嘘でしょうそれッ!!」

「嘘じゃねえ!落ち着け!」

「消えるのか消えないのかどっちなんですか!」


 しばらく揉み合いになった後、師匠は詳しく説明してくれた。

 床とは違って、この染料は人体によく馴染むから傷が残る事は無いんだと。描いた呪印は直ぐに溶けて目に見えなくなるという。


「いずれ何らかの術を行使する時には、呪印が光り輝いて現れるようになる。カッコイイだろ?」

「うう。そんなの要らないです。逆に変じゃないですかそれ?」


 しかしこれから仙術流派の技を体得していくには、この呪印がどうしても必要なんだと師匠は言った。


「ま、描く時少しだけ痛むがな。我慢だ我慢」

「痛みってどのくらいですか?」

「焼けるよう・・・・・・だったかな。もう昔の事だから覚えてねぇわ。ま、ちょっと熱いお灸程度のモンさ。大丈夫だって。すぐ済むから」


 師匠は本気のようだった。元々言い出したら聞かない人だ。

 僕はこうなったら覚悟を決めるしかないと悟って、渋々承知した。


「うう。じゃあ、嫌ですけど・・・・・・分かりました」

「よし、痛かったら右手を上げろ。それじゃいくぞ」


 師匠が筆を持った。

 あぁ今から毒薬を塗りつけられる。額と掌から汗が噴き出てきた。

 でも痛ければ右手を上げればいいんだ。その言葉で少しだけ気が楽になった。

 僕の腕に筆の先端が当たる。その瞬間にジュッ!という音を立てて煙が上がった。


「んっ・・・・・・!」


 不思議と痛みは無い。師匠が筆を素早く走らせていく。


 ジューッジュッ!ジュジュジューッ!


 肉が鉄板で焼ける時のような小気味良い音がする。

 僕は恐る恐る閉じていた目を開いて、意外にも痛みの無かったその作業を眺めた。


 ジューッ!ジュッ!


 だけど。


 ジュッ!ジュッ!ジュッ!ジューッ!


 長い。

 長いよ!限度ってものがあるんじゃないのこれ?!


 「・・・・・・んっ!んんーッ!」


 あっ!遅れてついに痛みがやって来た!


 ジューッ、ジュッ!ジュッ!ジュッ!ジューッ!


「んあああ!いやぁーッ!痛い痛い痛い!」


 やっぱり痛いじゃないか!

 いつの間にかそれは激痛となって駆け巡っていた。先に描いた部分からきっちりと順に痛みが増している。

 とても耐えられない!僕は堪らず右手を大きく上げて叫んだ。


「あーーーーッ!あーーーーッ!」

「よしよし我慢しろー。はーい動くな動くな」


 ジュッジュッ!ジュジュジュジュッ!


「ああああ!あああああ!」


 もうこれ以上耐えられないから右手を上げているというのに、師匠は煩わしそうにするだけだ。

 右手を上げたら止めてくれるんじゃないの?!


 ジューッジュッジュッジュッ!


「ぎひィッ!イギィィーッ!」

「よぉーし、あともうちょいで終わっから!」


 僕は白目をむいて正座からエビ反りの体勢になっていた。左腕を師匠が押さえながら、かろうじて施術が進んでいる。


 ジューーーッ!ジュッ!ジュウゥッ!


「あがッ!かはッ!かひゅッ!」

「ふー、終わったぜ!」


 この時僕は気を失った。口から大量の唾液を垂れ流し、白目で横倒しだ。


「さて、次は右腕だな」


 幸いにも次に僕が意識を取り戻すのは、右腕の施術が終わりに近い辺りだった。


「えぇ~と、左右対称だから、おっと危ねえ間違うとこだった。ここはこうだな」


 ジュウーッ!!



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 嫌なことを思い出した。僕は頭を軽く振って再び集中する。

 仙術流派奥義『心眼』

 術は確実に効果を現していた。辺りは暗闇だが、二匹の狼が僕を中心として周囲を回っているのが感じ取れる。

 本来死角となる背後も、完全に把握出来る。眼で見るよりも抜かりが無い。

 すると二匹の狼が、前後同時に飛び掛かってくるのが分かった。

 凶悪な牙が迫り来る。それは首筋と足首を正確に狙いすましていた。

 その瞬間、僕は目を開く。両目の魔眼に込められたマナが、淡く青色に光った。




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 仙術流派秘儀『魔眼化』

 眼球に呪印を描き、眼そのものを魔眼化する。

 マナを光線に変換した上で網膜に呪印を焼き付ける荒行を要する。

 大変困難な秘儀であり、想像を絶する苦痛と危険が伴う。失敗すれば失明の危険がある。

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