第004話 「一人前」
(ロジャー視点)
僕は依頼の狼退治を終えた。
「若き魔物狩りよ、ありがとう。これでこの村は救われる」
朝になって村長さんに報告し、報酬をもらって帰途につく。
僕は
師匠アイザックに拾われてから五年。厳しい修行と拷問のような肉体改造を施され、そう呼称される者になった。依頼を受け、魔物退治をする専門家だ。
とはいえ、独りでやったのはこの狼退治が初仕事になる。
今まではずっと師匠同伴で実戦経験を積んできた。よく危ないところを師匠に助けられたっけ。
でも師匠は言った。僕に必要なのは度胸なんだと。
もう教えられた技は奥義の域に達していて、実践に必要な初歩はマスターしている。だけど僕にはそれらの技を実践で使いこなす度胸、勇気のようなものが足りないんだって。
確かに情けない話、今回の任務を独りでやるのは最初結構怖かった。
「もうお前が狼程度に後れを取る事はねえだろ」
と師匠の雑な判断で送り出された時は、不安で仕方が無くて。
だって一歩間違えば死ぬじゃないか。
昨日戦ったのは野生動物が魔物化した狼で、人語を解する程度に知能が高い。徒党を組み人間を圧倒する連携能力を持っていた。
もし僕が何かしくじって降参したとしても、魔物化した獣相手じゃ何の手加減もしてくれないだろう。そのまま食い殺されてしまう。
でも、実践を経た今は成程と思う。
僕の習った仙術流派は、小さくて素早い敵に対して強かった。
なにせしっかりと技を使っていれば、偶然運悪く、という事が無い。空間把握で不意打ちを受けず、時の神眼による精密な動作で防御、転倒した場合の受け身までも完璧だ。
朝までに七頭の狼を相手に戦ったけど、僕はかすり傷ひとつ負わなかった。一歩間違うという事が無い。それが仙術流派なのだと肌で知る事が出来た。
たった一度の勝利で僕は少し増長している。でもこの戦いで、僕は腕に確かな自信をつけた。
任務成功に気分が高揚している。鼻歌混じりに帰り道を歩いた。野を越え山を越え、時に道なき道を乗り越える。
足取りが軽かったせいか、朝出発して辺りが暗くなる前には庵に着いた。道を覚え短縮出来たせいか、行きよりも早かった。
「ただいま戻りました」
玄関の戸を開けると、師匠が板の間に座っていたので挨拶した。
麻で出来た薄茶色のローブを着て、いつもの恰好だ。壮年の凛々しい顔立ちは日焼けしていていつまでも若い。短くして上げた髪が、黒く艶があるからだと思う。
でもこの人は魔法か何かで何百年か生きている。5年経った今でもよく分からないところがある人だ。
師匠は快活な表情で僕を迎えた。
「おう。どうだった?」
師匠は囲炉裏の火に鍋を掛け、何やら夕飯の具材を入れている。
あれっ?と思った。いつもは僕が夕飯を作っているからだ。今日は初仕事のお祝いをしてくれるのかな。
「無事です。敵は情報通り魔狼の群れでした。全部退治出来たと思います」
僕は終始上手く行ったと報告すると、師匠は鷹揚に腕を組んで笑みを浮かべた。
「そうか、よくやった。これでお前も一人前だな」
師匠が喜んでくれた。僕も晴れがましい気分だ。こんなに素直に褒めてもらえたのは、いつぶりだろうか。
「だが慢心するなよ。仙術流派ってのは単純に強くはない。器用なだけだ」
僕は師匠の言葉に頷く。
仙術流派は精密な動作を得意とし、曲芸じみた技が使える。半面、力や破壊力といった威力を上げる技があまり無い。一応、あるにはあるけど戦闘には不向きだ。
「よし、今日はよく休めよ。明日は奥義をもう一つ授けるからな」
「ヒッ!・・・・・・えっ?!」
大きく息を吸いこんでヒッ!それからえっ?!と口から出た。
無意識に両腕で身体を抱くようにして後ずさる。顔が引きつって酷い形相をしているのが自分でも判った。
「あの・・・・・・僕の身体にはもう描くところなんて」
僕の身体は呪印だらけだ。胸、腹、四肢の至る所に呪印が描かれ、残すは顔や下腹部など流石にここは、と思われる場所にしか空きは無い。
あっ・・・・・・!まさか・・・・・・そんな!何の為に?!僕は股間に視線をやった。
「あぁ?何を言ってる?まあ座れ。肉が煮えたぞ」
「は、はい・・・・・・」
とりあえず返事はしたものの、明日が不安過ぎて何も考えられない。顔面か、股間か・・・・・・どっちも嫌だ。
夕飯の鍋は美味しそうな鹿肉が入っていた。でもそれがどんな味だったか、後で思い返してみるとよく覚えていなかった。
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