第007話 「師匠の目にも涙」
「おーい!ババアーッ!ババアーッ!!」
アイザックは癒し手の錬金術師の家について、玄関の戸を叩いた。
バンバンバンバン!
「ババアーッ!開けろ!ババアーッ!」
バンバンバン!
「何だいうるさいね!聞こえてるよ!」
「俺だ!早く開けろババア!」
バンバンバン!
「クソッタレが!静かにしな!そんなにバンバン戸を叩くんじゃないよ!」
壊れるだろうが、と苛立たしげに老婆が応える。
そんな事はお構い無しに尚も戸を叩き続けていると、引き戸が開いた。
「弟子が大怪我したんだ!すぐに来てくれ!」
そう言って戸を開けた人物を見ると、年若い娘だった。
白衣を着て三角巾を頭につけている。後ろに流した髪は長く美しいストレートの金髪。あどけなさの残る可愛らしい顔立ちの少女だ。
「ど、どちら様、ですか?」
アイザックの剣幕があまりにも凄かったので少々怯えている様子である。
「何だよ!ババアじゃねえじゃねーか!」
驚いていると、奥から老婆が声をかけてきた。
「こっちだ馬鹿。ゴホゴホッ」
見れば老婆が布団から上体を起こし咳込んでいる。厚手の羽織りを着ているが、ぱっと見て痩せ細っているのが分かった。アイザックが以前見た時と比べると、随分弱った様に見える。
癒し手の錬金術師、メリーゴールドだ。戸を開けたのは住み込みの弟子だそうである。
「何だ寝込んでたのかババア。大丈夫か?」
話してみるとメリーはもう高齢で、ちょっと風邪を引いただけだが体調を酷く崩してしまい、辛くて寝ていたのだという。
「癒し手が病気じゃあ洒落にもならんじゃねーか。薬は飲んだのか?」
「使える物は使ったさ。ただもう歳だからね。中々治癒しないんだよ」
自然の薬草などは煎じて飲んだらしい。だがそれらは身体本来の治癒力を高めるものであって、高齢による治癒力低下はどうにもならないのだ。
無論、錬金術の薬は売るほどあった。風邪などに効く特効薬もある。しかし錬金術の薬には毒性や副作用があり、高齢の身には負荷が掛かり過ぎる。
「とにかくよ、俺の弟子が大怪我して死にそうなんだ。ババアちょっと来て助けてくれよ」
「アンタ人の話を聞かないね昔っから。しんどくて寝込んでるのに仕事させられたら、今度はこっちが死んじまうよ」
聞き分けの無い訪問者に老婆はうんざりしたが、根負けしたように続けた。
「フン!まあいいさ、カネは持って来たんだろうね?」
「カネはある!だが庵に置いてきた。一緒に来てくれれば必ず払う」
和らぎかけた老婆の表情が再び歪んだ。
「テメーこの間もそう言って、神仙丹のツケを払ってないじゃないか!ざけんじゃないよ!カネを持って来な!カネを!」
以前アイザックは金を持ってくると言って庵に戻ったが、急な要件で戻って来れなかった事がある。神仙丹を見る度に思い出しはしていたのだが、つい忘れていたのだ。
完全にメリーを怒らせてしまったようだ。メリーはしわがれた声で帰れと叫んで、背中を向けて横になってしまった。
「頼む・・・・・・!この通りだ・・・・・・!」
アイザックは玄関に土下座して頼み込んだ。
静まり返る家の中。
弟子の若い娘はおろおろとしてアイザックとメリーを交互に見やったが、そのまましばらく時が過ぎていく。
「俺の弟子を、助けてくれ・・・・・・!」
鼻をすする音がする。アイザックは泣いていた。
メリーは知っている。
この男は人に頭を下げてものを頼んだり、ましてや人前で泣くようなタマじゃあない。余程の事だ。
しばらくそうしていたが、メリーは背を向けて横になったまま言った。
「チッ。イイ男がメソメソ泣いてんじゃないよ」
そして傍らの若い娘に声を掛けた。
「リーナ。お前、行ってくれるかい?」
リーナと呼ばれた若い娘は多少戸惑ったが、はいと答える。
「この娘には癒し手の知識を仕込んである。近頃じゃ稀に見る程の素質ある娘だ。こんな死にかけのアタシが出向いて行くよりも、使い物になる筈だよ」
老婆の声には慈悲が感じられた。
「恩に着るぞババア・・・・・・!」
その途端、勢いよくアイザックが顔を上げた。目を赤く腫らしている。
「チッ!礼儀知らずが・・・・・・後でカネを払いな!必ずだよ!」
それからリーナが薬箱やその他の荷物を仕度し始めた。
アイザックは外でやきもきしながらそれを待つ。
用意出来た彼女が家の外に出ると、アイザックはしゃがみ込んでおぶされと言った。少女は若干躊躇した。
「えっ、じ、自分で歩いて行きます」
「歩いて行ける距離じゃねえ!空を飛んで行くから、早くおぶさってくれ!」
「空?!飛ぶ?!」
「いいから早く!急いでくれ!」
しっかりつかまっているよう少女に注意を促すと、アイザックは飛び立った。
「キャァアアアーーーーっ!!」
一瞬にして遥か彼方上空まで飛翔する。背中では少女が恐慌状態に陥って泣き叫んだ。
「いやぁあああーーーーッ!死ぬ!死んじゃうーーーッ!」
少女の叫び声は風にかき消され消えていった。
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仙術流派秘奥義『流星天翔』
大空を自在に飛翔する仙術流派の秘奥義。縮地跳空など複数の奥義の他、秘儀による肉体改造の果てに到達する、秘中の秘とされた技。
飛翔とあるが空中に留まる事もでき、飛び方は自由自在。
縮地跳空とは段違いの速度で飛行が可能。但し最高速度では衝撃波が発生する為、何らかの防御が必須となる。
慣性の制御や温度調整など様々な問題もあり、他者をつれて飛ぶ場合には加減しなければ危険である。要縮地跳空習得。
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