あとがき

私が小説を書く理由は、ピアノ教室を中断してまでも私の拙い創作の話を聞いてくれる人がいたからだ。

 私には幼馴染がいました。

 毎朝、七時半に家を出て大通りを通って彼女の家に向かいます。アンティークの門の前にインターホンがあり、そこを押すと中に入るように促されます。門をくぐって煉瓦畳のバラ園のような通路を通って、芝生の園庭を眺めながら走っていると、煉瓦作りの大きな洋館にたどり着きます。大きな玄関の、そこにもまたインターホンがあるので押すと、慌てた顔の彼女のお母さんが迎えてくれます。「ごめんね! まだ寝てるの、ここで待ってて」と言われるのでランドセルを置いて玄関に座っていると寝ぼけ眼の幼馴染が出てきます。

 彼女は頭が良くてとても可愛くて、クラスの人気者で多分ちょっとお金持ち。

 玄関のすぐ横に彼女のお母さんがやっているピアノ教室の部屋があり、朝食を待つ間はいつもそこで彼女が弾いているのです。ピアノの旋律を聴きながら待っていると、八時ちょっと前にようやく準備が整います。

 いつも百点で、アイドル並みに可愛くて、家にグランドピアノが置いてあって、彼女もプロ並みに上手くて。幼い私は本気でお城に住んでいるお姫様だと思っていました。

 そんな彼女と私は、近所に住んでいる幼馴染でしかなかったけれど、学校でも常に一緒にいて、学校から帰ると彼女の家に行って宿題をして遊んで、夕方になると帰っていきました。

 そんな毎日は、私が引っ越しをするまで続いたんです。引っ越しをする前の日に「引っ越しをしてもずっと遊ぼうね」なんて約束をして、手を握られて、それが本当のことだと信じていました。

 私の両親が家を建てるから引っ越すだけで学校は変わらない。徒歩で十分の距離になるだけなのに、今生の別れみたいに泣いちゃって。

 けれど、それ以降、話すことはなかった。ただの一度きりも。私は彼女の家に小四までピアノ教室として通っていたのに。家で会っても喋らなかった。小六の春、彼女は国立の中学に受かって別のところに引っ越してしまいました。

 なので、もう二十年、会っていません。




 この小説は、あくまで幼馴染でしかなく、友達にはなれなかった私が、あの時にもう少し引っ越した後の彼女と喋って友達になりたかったあの時を思い返して書き上げたものです。

 彼女のことは幼馴染だからどんなことでも知っていたし、彼女も私を友達だと思ってくれていただろうけど、私は彼女のことを対等に見れませんでした。頭も良い。というか、百点以外を見たことがないんです。宿題が終わった後に親に言って頼んでるらしい二学年上のテキストを解いて、算数のクラスでは難問のペーパーを全部解き、有名中学の入試問題も解いた頃、出せる問題がないと先生を困らせていたほど。徒競走では一位以外を見たことがない。父親が心配だからと習わせた空手で黒帯を取りトロフィーを取っていた。ピアノも上手い。小六の音楽祭でパイレーツカリビアンを弾いていたけど、私だけは小二のピアノコンクールで弾いていた曲だと知っています。

 私も成績はいい方だったけれど、彼女には遠く及びませんでした。

 幼い時は「私なんかが喋るのは烏滸がましい」みたいな遠慮感があって、クラスが変わったのもあってどうしてももう一度遊ぼうとは言えなかったんです。

 今思えばギフテッドだったろうし、そういった心の隙間みたいなものはあったんでしょう。私にだけやたらわがまま放題で私はよく振り回された。

 同じ年の子どもだと思うその顔を、見ることができるのは私だけ。

 大人になって、実際彼女がどう思っていたのかは正直よく分からないんです。全く認識が違う可能性もあるけど、高校卒業まで年賀状は毎年来ていたのですが。会いたいね、と毎年書かれていたけどお世辞のようなものかと思って会いに行かなかった。まぁ、当時は、ここまで大人に考えることができなかったから送られてくる意味が分からなかったんですよ。

 だって、ばったり会っても喋らないんですから。

 嫉妬もあったというか、格差が大きすぎて自分が叶うはずのない相手で神様のような存在と友達になるのは難しかったんだと思います。小学五、六は同じクラスだったはずなのに受験を親から聞き、誰も噂していなかった。いま思えば不思議です。彼女に引っ付いてた子が、中学で別の人気の子に引っ付いてるのを見て、なんとなく嫌な気分になった、それだけはなんとなく覚えています。



 そんな彼女と、対等に友達になれたのなら。

 大人になってから考えるのです。天才な彼女は、一体何を考えていたのだろうか。

 悟と健斗には、そういった格差を感じつつもそこを乗り越えて対等な友達になってほしかった。

 私ができなかったことを、再開して。

 嫉妬もあっただろう、けれどそれよりもお互いがお互い、相手を遠く及ばぬ星のように追いかけ続ける話が書きたかった。私が彼女をそう思ったように、脳を焦がされた経験はきっと永遠に忘れられない。男子同士の友情を書くと距離が近すぎる傾向にあり「大丈夫ですか??」と思いつつあくまで友情の範囲を超えないように、いや、私は初めから友情だと思って書いてるんだけどな! その辺りの後押しをしてくださった方、本当に助かりました。だいぶ健斗くんはブレーキが壊れていて、その辺を抑え込みつつコントロールしつつキャラを殺さずがとても大変だった。



 最後に。

 ここまで読んでくださった方、資料提供してくださった各々の方、アドバイスをしていただいた方、通話アプリで執筆を共にしてくださった方。

 その他、たくさんの方に感謝を込めて。

 ありがとうございます。



 もう会えない幼馴染へ。

 きっと、有名な大学に行って素敵な人と出会って、良い人生を送っているであろう彼女。再開することは難しいだろうし、もう手の届かないほどずっと遠くにいるのだろうけど。

 私のあの時の思いが小説として届くのならば。

 私は小説家として、彼女の人生の一休みに触れられたら幸いです。


 初恋の貴方に、いつか私の名が届きますように。《終》

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俺のホームズは声だけが聞こえない 虎渓理紗 @risakuro_9608

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