第146話 ムーンクリスタル

 迷宮の奥へと進んでいく。

 意識のないリンはラプトルクローラーに乗せている。

 急がねば。彼女に残された時間は、そう多くはないだろう。

 落ちぬように手を添えて歩くわたしの耳に聞こえてくるリンの呼吸音は、いぜんとして弱弱しいままだ。


 血を失いすぎた。

 救急処置と治療薬で出血は止まったものの、流れた血は補いようがない。

 一刻も早い措置が求められた。


「すまんな、アッシュ。急がせて」


 とはいえ、みなの傷も癒えていない。

 無理を押しての歩みの速さに、少々申し訳ない気持ちになる。


「いや、アニキが謝ることないよ。俺だってリンが心配だし」


 前方でロバを引くアッシュは、振り返るとそう答えた。

 そうか、そうだな。

 仲間を心配する気持ちはみな同じだ。


「それにさ。アニキこそ大丈夫なの? 両足、刺されたんだろ?」

「ああ、問題ない」


 傷は癒えていないが歩ける。

 歩けるのなら歩く。ただそれだけだ。


「アニキってほんとタフだよな。こうって決めたらまっすぐ進む」

「そうか?」


 よく遠回りする方だと思うがな。

 方法にはこだわらないし、危険と思えばすぐ引く。


 ――まあ、アッシュの言いたいことは別にあるのだろう。

 たしかに、目的を果たすまでわたしは諦めない。

 目的そのものがムダだと分かるまでは。


「とてもじゃないけどマネできないよ」

「マネする必要なんてないさ」


 生き方なんて人それぞれだ。

 アッシュはアッシュの生き方をみつければいい。

 自身の正しさに背を向けない限りは。


「あ、そうだ。これ渡しとくよ」


 思いだしたかのようにアッシュはカバンをまさぐると、ポンと袋を投げてよこした。

 なんであろうか? ズッシリと重みがある。


 開けてみると、黒い刃がいくつも入っていた。

 セオドアの暗器か?


「回収しておいたよ。アニキならうまく使えるかと思って」


 アッシュはセオドアが投げた暗器を拾い集めていたようだ。

 あの状況でチャッカリしてる!


「やるじゃないか」

「全部が魔道具じゃないみたいだけどね」


 セオドアが投げた暗器は二種類あった。

 最初に投げた二本が魔道具で、残りはただの刃だった。

 魔道具の刃は、かわされた後も標的の口を塞ぐように出来ているみたいで、それであのような奇妙な動きをしていたのだ。


 セオドアが去るとともに、アシューテの口を塞いだ魔道具は床に落ちた。

 わたしのコブシに張りついたものも同様だ。

 しかし、初手で貴重な魔道具を投げてくるあたり、セオドアのしたたかさと度胸の良さが見てとれる。


「ありがとう、アッシュ。遠慮なく使わせてもらう」

「アニキならそう言うと思った」


 使えるものは使うさ。

 たとえそれがリンの命を奪おうとした武器であってもな。


「アッシュ」

「なに?」


「いや、なんでもない」


 アッシュはもう自分の生き方を見つけている。

 それはこれから出会う人や出来事で変わっていくかも知れないが、根っこの部分は変わらない。


 ――そう伝えようとしてやめた。

 未来を語るのはまだ早い。

 まずはムーンクリスタルを見つけないとな。




――――――




 さらに進むことしばらく、前方に何かが見えた。

 花だ。泉を中心に色とりどりの花が、ところ狭しと咲いていた。

 また、その中でもとりわけ大きな花が、ツボミのままこうべを垂れている。


「アニキ! あれ、もしかしてムーンクリスタル?」


 アッシュの言う通り、伝説のままだ。

 枯れぬ泉があり、花が咲き乱れる。

 大きな花のツボミの中にムーンクリスタル。間違いない。


「アッシュ、待ちな。またセオドアの幻影って可能性もあるよ。あのヤロウが性懲しょうこりもなくワナを張っている可能性がね」


 シャナの言うようにセオドアのワナの可能性もある。

 だが――


「可能性はうすいな。あの男が同じ手を使うとも思えない」

「え! じゃあ!!」


 アッシュのテンションが一気に上がった。


「だが、近づくな。おそらく、あれはワナだ」

「ええ!」


 が、すぐさまわたしは否定。みなの視線が刺さる。

 セオドアでないなら誰がワナを? ってなもんだろう。


「ムーンクリスタルを見てみろ」


 リンにかけたペンダントを指さす。

 輝くムーンクリスタルの光の筋は、花とは違う方向を指していた。


「え? なんで……?」


 アッシュは首をかしげるが、わたしはこの状況に納得している。

 それをアッシュを通して、みなに伝えていくとしよう。


「なあアッシュ。わたしは、ずっと不思議だった。ムーンクリスタルを手にしたバラルドは、その後ジャンタールの街へと帰ったのだろうか? と」

「う~ん……どうかな? 帰ったかもしれないし、帰っていないかもしれない。でもそれが、どうしたってのさ?」


 ピンとこないか。

 そうか、もう少し続けよう。


「いいか、アッシュ。ムーンクリスタルを手に入れたのはバラルド一人なんだ」

「うん……」


「わたしが思うに、ジャンタールの出口は塔にある。バケモノがウヨウヨいる迷宮を一人で街まで帰ったのか? バラルドは」

「え? あ、そうか。危ないね」


「そうだ。帰るのはリスクが高すぎる。おそらくバラルドは街に帰っていない」

「うん」


 絶対にないとは言い切れないが、バラルドが街に帰った可能性は低いだろう。

 帰るとすれば、彼が何かを街に残してきたときだ。

 だが、のちの伝えでは、バラルド一人がジャンタールから脱出している。

 残すものがいたとしても、すでに別れを済ました後だ。


「じゃあ、誰が伝えたんだ? 伝説を」

「え!?」


 伝説は誰かが伝えねばならない。

 だが、その伝える者がいないのだ。

 泉も、花も、ツボミも、いったい誰が伝えたというのだ?


 それに、街へ帰っていれば塔のヒミツが明らかになる。だが、ジャンタールの街に伝えられているのは泉と花だけだ。

 塔のとの字も出てきてやしない。


 だから、バラルドは街には帰っていない。

 そのまま、ジャンタールから脱出した。


「伝説は誰かが意図的に流したもの。わたしはそう予想している」

「え!! 誰が、何のために!?」


 ここでチラリとアシューテを見た。

 彼女はコクリとうなずいた。

 どうやらわたしと同意見のようだ。


「迷宮だ」


 いや、この世界そのものかもしれない。

 神殿で見た壁画。

『魔物から逃げ惑う人々』、『武器を持って魔物と戦う人々』、『翼の生えた女の後を後を歩く人々』、『咲き乱れる花の中から石を拾い上げる人』。


 あれを反対側から読むのではないかとアシューテは考えた。

 すなわち、ムーンクリスタルを見つけた後、女に導かれ、魔物と戦えと。

 それがジャンタールの意思。


 あそこにある宝石を拾ってはいけない。

 ジャンタールの意思に飲み込まれるなんて、まっぴらごめんだ。


「進むべきはこちらだ。光にそって進むんだ」


 光の先を指さす。

 あちらが正解だとわたしは確信している。


 ……だが、セオドアはどうだ?

 わたしの予測が正しければ、やつは――。



※長くなったので分割

 完結は148話になります。

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【完結】失われた都市ジャンタール――出口のない迷宮―― ウツロ @jantar

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