第145話 パリトの祈り

 狙うはわたしの複製体。ここで一気にケリをつける!

 ナイフを投擲しつつ距離をつめる。

 しかし、ナイフは複製体になんなくかわされた。そこで踏み込んでの剣の一閃。

 が、またしても、後方に飛んでかわされる。

 クソッ! 速い!!

 毒はまだ効かぬのか? ずうたいがデカイだけあって時間がかかるのか?

 まあ、よい。追い込むのが目的だ。

 あと数十歩、下がればいい位置になる。


 休まず剣を振り続ける。

 かわされはするものの、確実に後ろに追い込んでいく。

 もう少し。

 ここでふと、複製体の口元に泡が浮いていることに気づいた。


 毒だ。

 毒はすでに効いていた。やせ我慢して耐えていたのか、その精神力に舌を巻く。


 悪いな。キサマに恨みはないが、倒させてもらう。

 一気に踏み込む。

 ――が、その瞬間、足になにかが刺さった。


 見れば黒い刃。

 セオドアか!

 クソッ! あともう少しのところを!


 メキリ。複製体のコブシがわたしの頬を打った。

 あまりの威力に、後方へと吹きとばされる。

 ぐ、なんて一撃だ。

 首をひねって威力を殺したが、一瞬意識が飛びかけた。

 やつもやつで必死か。

 さすがわたしだけあって、しぶとい。


 しかし、この威力……。

 コブシをしっかり握りこんでの一撃ではないのか?

 さてはクラムジーハンドの効果が切れたな。

 時間切れかリンの消音魔法のせいかは分からぬが、ヤツの握る力は戻っていると思われる。


 ならば……。

 チラリと視線を移す。

 複製体が飛ばしてしまったやつの剣が近くにあった。

 ふ、わたしと同じだな。何食わぬ顔でこれを拾おうと位置を調整していたか。


 複製体が駆けた。

 向かう先は床に落ちた自分の剣。

 ――やはり拾うつもりだ!


 足に刃が刺さったわたしは追いつけない。

 だが、かまわない。

 わたしの狙いは別にある。


 複製体とは逆方向へ駆ける。

 そして、床に落ちたクサリを拾った。

 魔道具のクサリだ。これを狙っていた。


 ドスリ。また刃が刺さった。今度は反対の足だ。

 かまうものか、足ぐらいくれてやる。

 クサリを投擲。剣を握りしめ、こちらに駆けてくる複製体に絡みついた。


 次はこいつだ。

 フトコロからビンを取り出す。

 油の入ったビンだ。

 叩きつけるように複製体の足元に投げると、ビンは割れ、床と複製体の足を濡らした。


 じゃあな。サヨナラだ。

 ゴウと炎が飛んだ。

 わたしの背後、アシューテの持つ杖から放たれた火球だ。


 口をふさがれたアシューテは呪文を唱えられない。

 だが、魔道具なら使える。


 リンの消音魔法と組み合わせて使うつもりだった。

 フェルパから誰が何を使うか聞いているであろうセオドアの裏をかく一手だった。


 ――おっと、逃がしやしない。

 火球を避けようとする複製体を、クサリを引いて阻止する。


 ズルリと引きずられる。

 毒が効いても力は複製体が上だ。


 だが、問題ない。

 アシューテが狙ったのは足元。火球は床へと着弾すると、垂れた油に導かれるように複製体へと燃え広がった。


「ゴアアアアぁ」


 断末魔の叫びだ。

 熱さにうめく複製体に、追加のビンを投げる。

 ビンはヨロイの留め金に当たりガシャンと割れると、複製体の身をさらに焼いていく。


 次生まれてくるときは、もっとマシな人生を送れるよう祈っておくよ。

 クサリから手を離すと、巻き添えにならぬよう複製体から距離をとる。

 複製体は火を消そうと、地面を転がっていた。

 そこへ、アシューテから追加の炎だ。

 魔法の炎。これでもう消せない。


 終わりだな。

 しかし、自分とソックリな者の断末魔を聞くハメになるとはな。

 あまり気分の良いものではない。


 断末魔?

 ……いや、ちょっと待て。断末魔だと?

 ――ここで気づいた。音が戻っていることに。

 なぜだ?

 消音の魔法の効果が切れた? いや、早すぎる。

 まさか……。


「パリトぅ!!」


 セオドアが声を上げたのと、わたしがヤツを見たのは同時だった。

 セオドアの足元にはピクリともしないリンの姿がある。


 まさか、まさか、まさか。


「よくも奪ってくれたな! おまえも、失いやがれィ!!」

「セオドア!」


 スローイングナイフを投擲。

 だが、それより先にセオドアはリンの背にククリナイフを突き立てると、クルリと背を向けて走り出した。


「行かせるか!」


 さらにナイフを投擲、それはセオドアの背にドスリと刺さったが、セオドアは速度を緩めることなく走り去ってしまう。


 グッ、足が。

 この足では追いつけない。

 ――いや、ちがう。そんなことはどうでもいい。

 リンだ。

 彼女の手当てをしなければ。


「リン!」


 彼女に駆け寄った。

 腹も背中も刺さった刃物で血が流れ続けている。

 クソッ! 手遅れか!?


 ゴボリとリンは血を吐いた。

 ――生きている!

 なら、まだだ。

 まだ死なせない。


 治療薬を傷口にかけると、今度は口移しで流し込む。

 だが、リンは治療薬を、血と共に吐きだしてしまう。


 ああ、だめだ。リン。なんとか、なんとか飲んでくれ。

 ふたたび治療薬を口に含むと、強引に彼女の口へ。


「治療薬を! もっと、もっとだ」


 アシューテから治療薬を受け取ると、リンの傷口に流していく。

 そして、口移しでまた治療薬を流し込む。


 リンだめだ。まだ死ぬな!




――――――




 リンは一命をとりとめた。

 とはいえ、だだ死ななかっただけだ。

 意識もない。かろうじて息をしているだけの状態である。


 助かるか? 助かるのか?


 通常ならば助からない。だが、ジャンタールには治療装置がある。

 そこへ入れば、あるいは……。


 引き返すか?

 いや、どう考えても間に合わない。

 彼女の息は今にも止まりそうだ。


「パリト、これを」


 そう言ってアシューテが手渡してくれたのはペンダントだった。

 ムーンクリスタルがあしらわれたペンダント。


「ああ、すまない」


 ムーンクリスタルは望みをかなえてくれるという。

 今はこれにすがるしかない。

 ムーンクリスタルを両手で握りしめると、願いを込めた。

 リンの、命を意識を、この世に繋ぎとめてくれと。

 それから、リンの首へとペンダントをかける。

 借り物で悪いが、これでなんとか頑張ってくれ。


 ――だが、果たして、効果があるのか。

 正直、気休めでしかないことは分かっている。

 たとえ、ムーンクリスタルに願いを叶える力があったとしても、それは手にいれた者のみにではないのか?

 すでにバラルドは願いを叶えた。

 この宝石には、もう願いを叶える力など残っていないのではないか?


「アニキ……」


 アッシュが心配して声をかけてきた。

 彼も傷を負ったが、命に別状はない。


「すまないな。皆の治療薬を分けてもらって」

「ううん、そんなこといいよ。それよりアニキだよ」


 みな重症だった。

 それぞれ治療薬を使い、歩けるようにはなった。

 本当はもっと治療薬を使いたかっただろう。

 だが、リンのためにと分けてもらったのだ。


「わたしは大丈夫だ。頑丈なのが取り柄でね」


 わたしの治療薬はすべてリンに使った。

 わたしの傷は救急箱に入っていた糸と針で縫っただけである。

 だが、これで問題ない。

 本来ならこれが正しいんだ。傷を治す薬なんて存在しない。


「大丈夫よ。あなたの傷口を押さえた布には治療薬が塗られているから」


 そうか、そうだな。

 あの救急箱はジャンタールで買ったものだ。

 ならば、傷口を押さえる布に治療薬が塗られていても不思議じゃない。


「パリト、どうすんだい? やっぱ、帰んのかい?」


 シャナが問うてきた。

 だが、治療装置がある街まで、どんなに急いでも半日はかかる。

 だめだ。やっぱり間に合わない。


「いや、進む。それも今すぐにだ」


 一か八かムーンクリスタルに賭けることにした。

 石碑に書かれた文、『逃れられぬ死を乗り越えた先に希望があらんことを』に望みを託して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る