第144話 全力

 ぐううう。

 すさまじい衝撃だ。意識がどこかへ飛びそうになる。


 まさか、こんな手を打ってくるとは。

 投げた刃が魔道具だっただけでなく、わたしの複製体に魔法を唱えさせる。


 複製体は生まれたばかり。

 魔法など使えるはずがないと思っていた。


 とんだ思い込みだった。

 そうだ、魔法の書は保管しておけばよいのだ。

 習得せず、書かれた文言を訳すだけにとどめる。

 そして、必要なときに、必要とする者に使う。

 それが、まさに今だ。


 マズイ、やつらが来る。

 リンとシャナが矢を放つもセオドアと複製体は軽々とかわし、距離をつめてくる。

 やつらの狙いはこのわたし。

 目が合うとセオドアはニタリと笑うのだった。


 クソッ! 動け!!

 だが、体は硬直して、まるでいうことを聞かなかった。


「守るよ!」


 リンとシャナが前へ出た。

 わたしを守ろうというのだ。


「泣かせるねぇ」


 セオドアが黒い刃を投擲すると、一本はシャナの肩、二本はリンの腕と腹に刺さる。


 あの一瞬で三本か。しかも標的ふたつを同時とは。

 想像以上だ。


 刃を受けたシャナは弓から剣に持ち替えるも、リンは膝をついてしまう。

 クッ、あの刃、流体金属のヨロイをたやすく貫通してやがる。


「オイタした子はお仕置きしなきゃなあ」


 セオドアがリンの顔を蹴り上げた。

 転倒するリン。マズイ!

 追い打ちをかけようとするセオドアにシャナが斬りかかる。

 セオドアは足を止め、ヒラリと後方へ宙返り。

 そこへ今度はシャナの追撃。

 だが、その踏み込みも、セオドアが空中で投げた刃で足を止めざるを得なくなる。


「俺と遊ぼうってのか? いいぜィ」

「セオドア!」


 シャナとセオドアの一騎打ちになった。だが、力の差は歴然だ。まずいな、このままでは。

 とはいえ、わたしも他人の心配している余裕はない。

 リンとシャナには目もくれず迫ってきた複製体が、わたしに向け剣を振り上げていたからだ。


 ガキリ。

 すんでのところで盾で受けた。

 しびれは残っていたものの、なんとか腕は動かせた。回復までもう少し。

 だが、事態は好転していない。むしろ悪化だ。

 複製体の強烈な一撃に、思わず膝をついてしまった。

 重い。なんて一撃だ。


 複製体の猛攻は続いた。

 わたしは盾でうけているものの、長く持ちそうになかった。

 盾を避けるように軌道を変えつつ剣を振るってくる。

 しかも、その一撃一撃が信じられないほど重く、まるで、岩でもぶつけられたのかと錯覚するぐらい。

 クソッ、反撃するスキもない。

 まずいぞ、どうする?


 ガンと、これまでで一番強烈な一撃がきた。

 複製体の前蹴りだった。かまえた盾ごと後方へ飛ばされる。


 しまっ――

 そこへ、複製体の斬撃。回避も防御も間に合わない。


 死を予感する。

 が、複製体の斬撃は空を切った。

 それもそのはず、複製体の手に剣はなく、すっぽ抜けたのであろう剣が、わたしの後方へと飛んでいったからだ。


 クラムジーハンドか!

 アッシュ! よくやった!!


 なにが起こったか理解していない複製体に剣を振る。

 驚異の反射神経でそれをかわされるも、さらに踏み込んでの一撃で複製体の腕を斬った。


 浅い! ただのかすり傷だ。

 だが、これで十分だ。ロバウの毒は確実に体内をむしばんでいく。


「オイオイオイ、なにしてくれちゃってんのよ、アッシュちゃんよ」


 セオドアが刃を投げた。

 それはアッシュの両腿と肩に刺さると、アッシュはたまらず地面に崩れる。


「アッシュ!」

「ひとの心配してる場合かよ」


 今度はわたし目がけて刃を投げてきた。

 いったい何本持っているんだ、あいつは!


 セオドアの刃を二つ三つとかわすと、殴りつけてくる複製体のコブシを盾でうける。

 ズシリと重い感触。

 これを喰らったら終わりだな。たとえ素手でもこちらの命を刈りとってくる一撃にヒヤリとする。


 剣で切り返す。

 が、複製体は器用に避けると、手を伸ばし、わたしの盾を押し下げようとする。

 そうはさせるか。

 剣を跳ね上げて、その手を狙う。


 チッ、避けられた。

 ずうたいがデカイにもかかわらず、複製体は素早い動きで器用にかわす。

 しかも、スキあらば密着して関節技に持っていこうとするのだ。

 こちらは無理せず距離をとることにした。

 毒がまわる時間を稼ぐこととする。


「しっかし、しぶてえな、パリトちゃんはよう。さっさと楽になりゃいいもんを」


 セオドアはさらに刃を投げてきた。

 けっしてわたしには近づいてこようとしない。

 イヤな戦い方をしてきやがる。


 セオドアはもう勝ちを確信しているみたいだ。

 やつのそばには地面に倒れたシャナの姿が見える。

 一瞬目を離したスキだった。

 喰らったのは黒い刃か腰に差したククリナイフのどちらかだろう。


 これで残すはわたしひとり。

 ただ、幸か不幸か、みなトドメを刺されていない。

 そのセオドアの慢心に付け込まさせてもらう。


「セオドア! なぜ殺さない?」


 会話でさらに時間を稼ぐ。

 先ほどは失敗したが、今度こそ。

 セオドアもクラムジーハンドの効果が切れるのを待っているはず。

 おそらく、会話に乗ってくる。


「殺さない? ほえ? 子猫ちゃんたちのことけぇ?」

「そうだ。おまえ、ワザと急所を外しているな」


 セオドアは故意に急所を外しているように見える。

 理由は分からないが、そこを突けばやつは無視できないはず。


「ハハハ、パリトちゃんはなんでもお見通しかい。そうさ、子猫ちゃんたちには使い道があってな」


 やはり乗ってきた。

 しかし、使い道とは何であろうか?

 どうせロクでもないことだろうが。


「それにしては、わたしに遠慮がないように見える」


 わたしに対する投擲と、複製体の猛攻には一切手加減がない。

 いまも盾に受けた一撃でわたしの足が浮いた。

 殺すつもりの蹴り。どうやらわたしだけ対象外のようだ。


「あたりめーだろ。オメエみてーな子猫がいてたまっかよ。オメーみてーな危険なやつはとっととくたばっちまやいいんだ」


 ひどい言われようだが、それでいい。

 手加減されるような生き方を選んだつもりはない。


「そりゃあ良かった。わたしは犬派でね。いまもお前の喉笛のどぶえを噛み切りたくてウズウズしていたところだ」

「ケッ、口の減らねえヤロウだ」


 セオドアはそう吐き捨てると、刃を投げた。

 その相手はわたしではなく、アシューテ。

 ひっそりと身を潜めていた彼女の脇腹に突き刺さった。


「ウッ!」

「セオドア、きさま!」

「ハハ! オメーら、なんか企んでんだろ。そうはいくかってんだ」


 クッ、読まれている。

 魔法の使えない彼女に託した手。それが何かまでは理解してないだろうが、不穏な空気を見抜かれたか。


「まったく、取り分が減るじゃねえか」

「取り分?」


 セオドアの言葉に疑問符がわく。

 金だろうが物だろうが、人数が増えれば分け前は減る。

 なのになぜ……。


「死んだら困んだろうが。知ってんだろ? ムーンクリスタルはひとり一個だ。いちにいさんしー……全員生きてりゃ六個も、もらえる。バラルドは一個で国を手にいれたんだってな? 六個ありゃあ、いってーなにを手にいれられるんだろうな?」


 そうか、セオドアはムーンクリスタルの運び手としてみなを生かそうというのだ。

 ジャンタールを脱出してから、殺して回収する。


 わたしの複製体。そして、六つのムーンクリスタル。

 どこまで強欲なのだ、ヤツは!


「果たして、そううまく行くか?」

「ハハッ! 行くね。オメーは俺がアッシュ坊やの魔法が切れるのを待ってると思ってんだろ? 違うね、その必要はねえ」


 セオドアがなにかブツブツと言い始めた。

 ――これは詠唱か!

 しかも、幻影の魔法ではない、また違う魔法!!


 複製体も同様に呪文を唱え始めた。

 マズイ、こいつは。絶対に唱えさせてはいけないものだ!


「天にとどろくは雷雲」

「地に這うは龍のウロコ」


 セオドアと複製体が交互に文言をのべていた。

 ふたりでひとつの魔法。これがセオドアの奥の手か!


 させるか!

 ナイフを投擲する。

 だが、複製体はなんなく回避。詠唱を中断することはなかった。


「千の落雷が――」


 その瞬間、あたりの音が消えた。

 まだ詠唱の途中だった。

 おどろく顔のセオドア。


 そうだ、これがわれらの策。リンの消音の魔法だ。

 音がなければ魔法は効果を表さない。

 地面に倒れた彼女は機会をずっと待っていた。


 よくやった、リン。

 この瞬間にわたしは、すべてを賭ける!!

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