第143話 セオドアがジャンタールへ来た理由

 多少なりとも態勢を整えた。

 あとはセオドアを追うか待つか選択のしどころだ。


 暴風を利用して逃れたとはいえ結構な高さだった。

 通常ならば無傷ではすまない。ここで追い打ちをかけるのが好ましい。

 だが、ここはジャンタール。以前から探索を続けていたセオドアが何を身につけているか分からない。

 フェルパが魔法を隠していたのと同じように、いくつか魔法を隠しているかもしれないのだ。

 わたしの予測では無傷、あるいは軽症で、かつ、すぐに仕掛けてくると思われる。


 などと考えていると、前方に人影が二つ見えた。

 セオドアとわたしの複製体だ。

 やはり、どちらも傷を負った様子はない。ここまでは想定通り。

 ただ、やつらは姿を隠さず真っすぐ向かってきている。そこが、どうも気になる。


「アシューテ」


 アシューテに魔法を使うようにうながす。

 気にはなるが、標的がわざわざ近づいてくるのだ。逃す手はない。


 アシューテはわたしの言葉にうなずくと、詠唱に入った。暴風の魔法だ。

 対するセオドアは、歩く速度を上げた。


 ふん、その速度では間に合わんな。詠唱が終わる方が先だろう。

 一気に決めるべく、みなにクロスボウの狙いをつけさせる。

 が、その瞬間、セオドアは足を止めると、声を張り上げた。


「おい! 待てよ。チィ~と、お話、しねえか?」


 話? なにを今さら。

 なにかしら企んでいるのは明白だ。

 それに、この距離。アシューテの魔法が届くか届かないかギリギリの距離ではないのか?

 チラリとアシューテを見る。

 やはり彼女の目は射程外だと訴えていた。

 

 やるじゃないか、セオドアのやつ。魔法の射程をしっかり把握してたか。

 ただ、逃げただけじゃない、暴風の距離をちゃんと測っていた。


 暴風の魔法は自身の周囲に風を起こす魔法だ。

 威力は絶大なれど、射程はあんがい短い。

 詠唱の長さと相まって、警戒されるとなかなか使いづらい。


 どうする?

 飛び道具で畳みかけるか?


 セオドアと複製体は、弓もクロスボウも持っていない。

 注意すべきはセオドアの暗器か。連続で放つあの黒い刃は、やはり脅威。


 とはいえ、遠距離ならばこちらに分がある。

 人数も武器の数もこちらが多い。


「無視すんなよ」


 セオドアがパッと手のひらを広げた。

 その瞬間、何かが飛翔する。

 黒い刃だ。しかも二本、狙いはアシューテ。

 すぐさま間に入って盾ではじくも、その動きのなさと瞬発力に舌を巻く。


「いいだろう。お互い情報交換といこうじゃないか」


 ひとまず提案を飲んだ。

 セオドアの思惑が気になるところだが、こちらも聞きたいことがある。

 なにより、われらが講じようとしている策には、会話が都合がいい。

 会話をしている間は、セオドアは詠唱できない。その間を狙う。


「そいつはありがてえな。じゃあ、最初の質問はパリトちゃんに譲るとすらぁ。何でも聞いてくれ」


 そう言いながらセオドアは周囲に目を配らせていた。

 おそらく確認しているのだろう。フェルパがどうなったかを。


 待ち伏せを選ばずこちらに向かってきたこと、まず会話を選んだこと、われらがフェルパをすぐに殺さないと踏んでの行動に違いない。


 ここがセオドアの誤算となる。

 連携する手段を考えていただろうから。


 案の定、セオドアはフェルパの死体に気づくと、驚いた表情を見せた。


「オメー、まさか殺しちまったのか? オイオイオイ、マジかよ。ひでえ奴だな。一時は仲間だったろうに」


 よく言う!

 仲間面して裏切ったのは、お前たちの方だというのに。


「質問は私からではなかったのか?」


 まともに相手はしない。

 セオドアのペースに、はまるわけにはいかない。


「冷てえなあ、パリトちゃんは。まっ、いいさ。約束は約束だ。約束ってやつは守らねえとな」


 いちいちカンにさわる。

 だが、頭に血を上らせていいことなど一つもない。

 冷静に対処し、セオドアのささいな仕草から真実を読み取るのだ。


「フェルパを仲間に誘ったのはお前か? それとも、フェルパがお前を誘ったのか?」


 フェルパがすべてを画策していたと一時は思った。

 だが、違和感がぬぐえない。

 そこまでフェルパの性根は曲がっていたのか?

 本心を決して見せぬ男だったが、信念のようなものは感じた。

 なんとしても目的を達そうとする強い心が、わたしでなくセオドアを選んだ。

 その真意を知りたい。


「ハハ! フェルパが裏切ったのが納得できないって話か? あんがいロマンチストなんだな、パリトちゃんはよう」


 セオドアの挑発だ。

 つき合う必要はない。


「フン、事実を捻じ曲げるつもりはない。元凶がなにかを知りたいだけだ」

「元凶ねえ。そんなもん、ジャンタールに決まってらぁな」


 たしかにそうだ。

 元凶はジャンタール。それは間違いない。


「はぐらかしているのか? セオドア? いまさら罪のなすりつけをしても意味のないことぐらいオマエも分かっているはずだ」

「罪……罪ねぇ。その表現は気に食わねぇが、まあ意味がないってのは同感だ。いいぜ、答えてやらあ。誘ったのはフェルパだ。それは間違いねえ」


 セオドアの表情を読む。

 ……ウソを言っている風ではないが、さて。


「ただな。フェルパにゃ妹がいてな。不治の病なんだと。それを治すためムーンクリスタルを手に入れたかったらしいぜ」

「不治の病?」


 フェルパに妹がいたことも初耳だが、不治の病とは。


「ああ、なんでも数字が見えるんだってな。自分の死期が分かる数字だ」

「死期が分かる?」


 聞いたこともない病だ。

 だが、セオドアの言葉には真実味があった。ウソをつくならもっとマシなウソをついているだろう。

 おそらく、コイツは真実を言っている。

 

「数字はな、自分の行動で変化する。死にたくなきゃあ数字が増えるように動きゃいい。だがな、妹さんの数字は何しても変わんねえんだと。だからフェルパはそれを変えようとした。ムーンクリスタルを手にいれることによってな」


 なるほど。

 それが、フェルパがムーンクリスタルを手に入れたかった理由か。

 だが、分からない。だとしても、それがセオドアを選ぶ理由になるか?

 こんないつ寝首をかいてくるかも分からないようなやつと手を組みたがる理由に。


 ……いや、待てよ。


「セオドア。もしや、お前も数字が見えるのか?」


 セオドアは数字が見えるからこそ、こんなにも饒舌じょうぜつで、フェルパはセオドアが同じ病だからこそ手を組んだ。


「ハハハハ! やっぱパリトちゃんはカンがいい。そうさ、それがジャンタールに俺が来た理由だ。このクソッたれの数字に導かれてこんなところまでな!」


 やはりそうか。

 フェルパはその病を持つセオドアを利用していたのだ。

 死が分かる病気、死と隣り合わせのジャンタールではこれ以上ない指標となる。

 また、それだけじゃない。

 フェルパの目的は病気を治すこと。セオドアで病気が治るかどうか試したかったのではないか?


 それに、セオドアは数字に導かれてジャンタールへ来たと言った。

 病とジャンタールの関係性に気づいたからこそ、フェルパは治ると確信した。


「ん~!」


 その時、アシューテの声が聞こえた。

 何ごとかと目を向けると、彼女の口に何かが貼りついていた。

 何だあれは!? 魔物?


 アシューテの口にへばりついた黒色の物体は、彼女の口を完全に覆いつくしている。

 しまった! あれでは呪文を唱えられない!!


 だが、あんなものどこから来た?

 接近にまるで気づけなかった。


 地面に目を向ける。そこで気づいた。あの物体の正体を!


 床に落ちていた黒い刃が飛び上がった。

 それはわたしが盾ではじき落したセオドアの暗器。

 暗器は、わたしの首を刈ろうと飛んでくる。

 瞬時にコブシで叩き落そうとする。

 だが、衝突する瞬間、暗器は平たく形を変えると、ベチャリとわたしのコブシに貼りついた。


 まさか、これは魔道具?

 そうか。セオドアの暗器は魔道具だったのか。

 落とした暗器が、ひとりでに動いてアシューテの口に貼りついた。

 

 マズイ。

 セオドアに先手を打たれた!!

 ならば次に来るのは……。


 パチパチパチ。

 前方を見て驚愕した。

 紫電をまとう光の玉が、セオドアの頭上に浮かんでいたからだ。


 なんだ、こいつは!!

 まさか、魔法!?

 だが、セオドアは詠唱など……。

 

 ここで気づいた。

 セオドアのうしろ、わたしの複製体がなにかを呟いていることに。


 しまった!!

 魔法を使ったのはあいつ……。


 閃光が放たれた。

 それは凄まじい速度で迫ってくると、よける間もなくわたしの身を焼いた。

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