92、リオとオリヴィア、ついにローマから声がかかる
私とリオがエンツォと共に再びドゥランテ先生に呼び出されたのは、
私たち三人が教室に入ると、ドゥランテ先生はポジティフオルガンの前に座ったまま迎えてくれた。一通り挨拶を済ませたのち、先生は語り始めた。
「ジャルディーニ氏は最初、屋敷近くの礼拝堂で娘さんのために典礼を執り行ってもらうつもりだったんだ」
「はい、本人から聞きました」
私が答え、リオとエンツォもうなずく。先生はオルガンの譜面台に乗せた楽譜の順番を直しながら、話を続けた。
「修道院が管理している礼拝堂なんだが、ジャルディーニ氏は以前からその修道院にたくさん寄付していたようでな。懇意にしている修道士に娘さんの体調のことも相談していて、彼から事の顛末を尋ねられたらしい」
修道士がビアンカさんの状況を心配するのも、彼らが管理する礼拝堂で行うはずだった音楽ミサについて質問するのも当然の成り行きだ。だがその結果は、私とリオにとって思いもかけない事態を招いた。
「ジャルディーニ氏はその修道士に、オリヴィエーロとリオネッロの歌声を聴いた途端、娘さんの様態がたちどころに良くなったと話したそうだ」
一介の修道士の耳に入った世間話がめぐりめぐって教皇庁まで届いたらしい。この一月半、私たちの知らないところで話が広がっていたのだ。
「それで三人には年が明けたらローマへ行って欲しいのだ」
「えっ」
思わず漏れた驚きの声は私のものだったのか、それとも隣で目を丸くしているリオから出たのだろうか?
ドゥランテ先生が充足感に満ちた笑顔を浮かべているのを見れば、今回の旅は名誉なことなのだとわかる。
「さる有力な枢機卿がぜひ二人の歌声を聞きたいと望んでいるそうだ」
先生はそこで言葉を切り、エンツォの方へ向き直った。
「伴奏は聖堂に備え付けられたパイプオルガンを所望されている。エンツォ、君はチェンバロパートをオルガンに合うよう編曲する必要があるね」
「オルガンなら足鍵盤も使えるから声部を増やせますね」
すでに編曲のアイディアが浮かんで期待に胸をふくらませているのか、エンツォの瞳は子供のように輝き出した。もしローマの枢機卿に気に入られれば、エンツォは近い将来、聖堂付き音楽監督の座を手に入れることも叶わぬ夢ではなくなるだろう。
だがドゥランテ先生の教室から出た私は、重い気持ちで肺にたまった息を吐ききった。
「オリヴィエーロ、浮かない顔してどうしたんだい?」
リオが大人びた口調で尋ね、廊下に誰もいないのを確認すると私を抱き寄せた。
「ローマ行き、楽しみじゃないの?」
エンツォは伴奏をオルガン用に編曲するアドバイスをもらうため、まだ教室の中で先生と話している。私は扉の前を離れ、向かいに立つ大理石の柱の陰までリオを連れて行った。
「もし教皇庁に私たちの歌声の力が知れたら、劇場で自由に世俗のオペラを歌うことなんてできなくなるかもよ」
私の言葉にリオは不思議そうに目をしばたたいたが、すぐに合点がいったようだ。
「君の夢は
「リオは違うの?」
「僕は君と生きていけるなら歌う場所にこだわりはないよ。どこで歌っても人々が僕らの歌で喜んでくれるなら幸せじゃないか」
清らかな正論を並べられて返す言葉が見つからない私に、リオは苦笑を浮かべながら言葉を続けた。
「それに劇場歌手ってカッファレッリみたいな女好きの不良がうようよいそうで、聖歌隊の方が安心だし」
冗談めかして言い、ひとしきり笑ったあとでリオは真摯な表情に戻った。
「でも僕は目標に向かってまっすぐ歩んでいる君が大好きだから、ずっと隣にいて一緒に舞台に立つよ」
美しい声が凛と鼓膜を打つ。胸の高鳴りにボーっとしていたら、エンツォが教室から出てきた。
「二人ともなに深刻な顔をして見つめ合っているんだい?」
気が動転してうまい言い訳が思いつかず、私はせわしなくまばたきを繰り返した。
「不安になる必要はないよ。僕さえうまく弾ければ二人は大丈夫」
エンツォは眉尻を下げ、私たちを勇気づけてくれた。
「それに」
背の高いエンツォは腰をかがめて、私たち二人の耳元でささやいた。
「うまいこと旅の時期を調整できれば、カッファレッリのローマデビューを目撃できるよ」
「それは見たい!」
つい欲望が口をついて出てしまい、私はリオの冷たい視線にさらされることとなった。
─ * ─
こちらで第四幕終了となります。
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五幕連載開始前に、息抜き的に軽いノリの新作を連載します。
なお『精霊王の末裔』のパロディとなります笑
が、ネタ元を知らなくても楽しめる内容にしています。
男装の歌姫は悲劇の天使に溺愛される 綾森れん@初リラ👑カクコン参加中 @Velvettino
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