映えさせる

西野ゆう

第1話

 恵まれているとはなんだろう?

 液晶の画面の中で向かい合う彼。そのとても細かい粒子の紙やすりで磨き上げたような笑顔を見て、そう思う。

 苦労を知らないのはいけないことなのだろうか?

「温室育ち」が良い意味でないことを知っていながら、正に温室で育ってきたかのような彼の声で、近い未来にやってきたらいいね、という夢の話を聞く。

「きっと、毎日が楽しいと思うんだよね」

 小学生の時から内面を知る彼に言われて、私も思う。彼とならきっと幸せな毎日になるのだろう、と。

 だが、彼から送られてくる文字だけを目にした時はそうは思えない。

 ――古書店の話なんだけどさ

 スマートフォンにテキストが送られてくる。

 尽きることなく降って湧いて出てくる資金源があるかのように、夢の話が続けられる。

 彼から数年前に受け取った求婚に対する返事もまだだというのに、彼はその先の話を次々に持ち出してくる。

 私は正直、彼との未来を想像すると不安になることの方が多い。何年も結婚に向かっての一歩が踏み出せないのもそのせいだ。

 彼は「ついてこい」と言って引っ張っていくタイプの男ではない。だが、夢や目標は語る。その目標を達成する方法以外を具体的に。

 また液晶画面で向かい合う先に、彼の笑顔。

「古民家がさ、手に入れられそうなんだよね」

 彼にしては具体的な提案だった。

「良いんじゃない?」

 いい加減に答えたわけではない。私の住む町の近くにあるという現状の古民家の写真と、いつの間に作ったのか、店舗として改装した後の想像図。そのふたつを見て、あろうことか「素敵」と感じ、扉を開けた先に店員として立つ自分を想像してしまった。

 以前、「失敗したらどうするの?」と訊いたら「失敗って何?」と訊き返された。返答に窮した私に、彼は得意の笑みを援護に、必殺技のように言葉を口にした。

「目標をお金とか数字とかで決めるから、失敗なんて結果も考慮しちゃうんだよ。僕はね、君とふたりで、一日一日、一分一秒でも、幸せに過ごせる時間を増やす方法を考えているだけだから」

 そして残された笑顔。

 天使のようにも、悪魔のようにも見える笑顔。

「早く会いたいね……」

 つい溢した。

 最後に会ったのはもう十年近くも前、お互いに異性として意識していない頃だった。それが、どこからこうなってしまったのか。通信の発達した現代に起こる、大きな不思議のひとつだ。

「うん、空を飛んでいけたら良いんだけどね」

 一瞬でどこにでも行ける扉ではなく、空を自由に飛べる翼を選ぶところが彼らしい。

「もうさ、飛んできなよ。そこでやろう、お店」

 私にも時には勢いが必要だろう。彼は、翼を得たように、とまでは言い難い、低い跳躍を繰り返していた。

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映えさせる 西野ゆう @ukizm

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