治安維持ってどうすればいいの・2

「とりあえず、俺は自分の守らないといけない領地を全く知らないんだから、要所要所を見に行くってできないかな?」


 俺の提案に、ミヒャエラは目をぱちくりとさせた。

『帰蝶の涙』でも、要所要所とこまめに連絡を取り合って情報を得ていなかったら、簡単に百姓は一揆を起こすし、武将は裏切るし、他国から攻め入られるしで大変だったのを見ていた記憶がある。

 それはゴシックホラーファンタジーの世界でも一緒ではないかと思ったんだけれど。

 ミヒャエラは猫のような金色の瞳に思案を滲ませながら答えた。


「そりゃできなくもないですけど。でも一日で見回るのは限度がありますし、それぞれの要所に連絡を取らないと、なにかと面倒ですよ」

「見学でも?」

「だってご主人様、ここの家を乗っ取ったんですから、いきなり知らない男の娘が領主面して散歩に来たら、普通に不審に思われるでしょうが。それに、領地を一日で回るというのは、馬車を使っても無理かと思いますよ。思っている以上に領地って広いですから」


 そういえばそうでした。ここの旦那を殺したんでした。

 でもなあ。領民はなにも知らないんだから、いきなり吸血鬼やグールが出たら、パニック起こして教会に通報しちゃうかもしれないし、それでエクソシストに目を付けられたら、こちらはジ・エンドだ。いい吸血鬼と悪い吸血鬼の区別が付かない以上は仕方がないとはいえど、こちらもエクソシストとかかわらずに生活したい。

 ミヒャエラはしばらく考え、「じゃあお手紙書きますね」と了承はしてくれた。

 ウラは「おてがみ?」という顔をする。


「そういえば、ウラは字は読み書きできるのか?」


 尋ねると、ウラは困った顔をして首を傾げた。こりゃ読み書きも習ってない中で売り飛ばされたっぽいな。俺はそう判断して「ついでにウラに読み書きを教えられないか?」と尋ねてみた。

 ミヒャエラは「そうですねえ……」と顎に手を当てる。


「たしかに、今はわたしたちしかご主人様の味方がいらっしゃらない以上は、各地で手紙のやり取りをする際の事務はわたしひとりでしなきゃですし。助手は欲しいですね。じゃあわたしのお仕事の合間に、読み書き学びましょうか」

「できると、マリオン様喜ぶ?」


 くりくりとした瞳で俺を見てきた。

 どうもこの子は、人間を止めたことで空腹から解放され、綺麗な服を着せてもらったことで俺に懐いてしまったらしい。うーん、これはいいことなのか悪いことなのか……。

 でもやる気があるのはいいことだろう、多分。


「うん、喜ぶ喜ぶ。すっごく喜ぶ。頑張ろうな、ウラ」

「じゃあ、頑張ります! よろしくお願いします!」


 そう言ってミヒャエラにペコリと頭を下げた。うん、可愛い。

 俺はふたりがやり取りをしている間に、ひとまずは全然知らない屋敷内を見て回ることにした。


****


 俺たちが嫁入りしてから、ひと晩。

 旦那は便宜上病気で寝込み、殺した吸血鬼使用人たちが面倒を見ていると触れ回っているせいで、吸血鬼たちが使っていた動線にはほぼ人間の使用人はいない。

 俺はわざと吸血鬼たちの動線を外れて、人間たちの使っている動線を歩いてみると、普通に屋敷の家事全般を行ってくれているようだった。

 そうか、人間の血の濃い吸血鬼は、基本的に日の光を浴びれないせいで、基本的に屋敷管理みたいな仕事は全部人間たちがやってくれていたんだな。

 俺がそう感心していると、見覚えのあるメイドを見つけた。たしかミヒャエラに殴られてもうちょっとで俺に血を吸われかけたメイドだ。今は窓の拭き掃除をしていたようで、終わって雑巾をバケツに引っ掛けて帰ろうとしているのに「ご苦労様」と声をかけた。


「奥様? おはようございます。旦那様のお加減はよろしいんでしょうか?」

「うん、おはよう。旦那は元気に病気しているよ」

「それは元気なんですか、病気なんですか」


 既に庭に埋まっていますなんて言える訳もなく、俺は適当なことを言って煙に巻くと、彼女はクスクスと笑った。悪い子じゃないんだろうなあ。

 ミヒャエラがなにかしたのか、この間ミヒャエラに手刀を受けたことも、死体の山のこともスコンと抜け落ちているようだった。もしミヒャエラが吸血鬼のパワーで記憶を操作できるんだったら、そのやり方を俺も教わっておいたほうがいいかなあとぼんやりと考えていたら、メイドは言う。


「奥様が輿入れされた際、本当に物騒でしたから、滞りなく終わりましてほっとしておりました」

「ええ、そんなに物騒だったの?」

「はい……あの頃、屋敷でも使用人がいきなり行方不明になる不審事件が続出しておりまして……ただでさえ、私が働きはじめた頃からここの屋敷は不穏な空気が流れていましたし、ときどきどこかからか血のにおいがすることがございまして、なにか得体の知れないことでも起こっているんじゃないかと不安だったんですが……奥様が輿入れしてから、それがピタリと止まったんですよ」


 ……おいおい。死んだ旦那よ、吸血鬼だとバレたらエクソシストに襲撃されてもおかしくないのに、隠す気ゼロじゃないか。

 どう考えたって、ここの人間の使用人、腹減った吸血鬼の餌になって吸血されてるよなあ? その上グールになったところを殺されてるよなあ? この子がどうして吸血鬼の気配に敏感なのかわからんが、もしこれが何件も続いてたら通報されてたぞ。


「大変だったんだね……」


 ひとまず俺はねぎらいの言葉をかけると、彼女は「ありがとうございます」と会釈した。


「私も前に住んでいた土地があまりにもグールが大量に蠢いていて危険で、それが原因でエクソシスト様たちにグールごと土地を焼かれてしまって住むところが無くなってしまったんです」

「え……エクソシストって、そんなに危険だったんだ……?」


 妹よ、そんなヤバい奴らがリズの攻略対象なのか? だとしたらリズも危なくないかなと思うんだけれど。

 メイドは俺の問いに、悲しげな顔をして頷いた。


「あの人たちにとって、教義違反のほうが住民より大切ですから……」


 お兄ちゃん、そんな危ない連中と妹の交際を認めたくないんですが!?

 というか、そこまで危ない連中だと判断したから、マリオンは復讐に走ったのでは!?

 ひとりでそう考えている中、メイドは怪訝な顔をした。


「あの、奥様……?」

「……なんでもない! とにかく仕事ご苦労様! こっちも頑張っていい仕事先にするから、君も頑張って! ええっと……名前教えてもらってもいいかな?」


 それにメイドはきょとんとした顔をした。

 いや、うちで働いてもらっている以上、名前を覚えたいって駄目なのかな。メイドは少し困った顔をしてから教えてくれた。


「エリザです」

「うん、わかった。よろしくエリザ」


 俺はエリザにお礼を言ってから、考えはじめた。

 とりあえず領地の要所の見学をしつつ、エクソシストの情報を集めたほうがよさそうだなあ。もしエクソシストが本当にヤバい場合は……リズの回収も考えたほうがいいかもしれない。

 マリオン、お前まさかと思うけどさあ。

 復讐に走った、狂気に走ったふりして、本当は妹の身の安全を第一優先したかっただけじゃねえの? ミヒャエラを使ってまでこの屋敷の吸血鬼連中を一掃したのだって、人間の使用人たちが餌になったりグールになったりする現状に、我慢ならなかったんじゃねえかな。

 そんな情に篤い兄が、心底守りたかった妹に忘れられてたなんて、本当に浮かばれないなと、同じ兄として同情した。

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