夜会に参加は必要でしょうか・1

 俺とミヒャエラが城に戻ると、ずっと寝ていたウラがぱっと起きて出迎えてくれた。


「マリオン様、お帰り!」

「おう、ウラ。ただいま。いい子にしてたか?」

「うん、いい子にしてた。あと、お腹ペコペコ」

「そっかそっか」


 俺はウラの癖毛を撫で回してから、ナイフで自分の手首を切った。それをウラは子猫のように手首に舌を這わせてくる。くすぐったい。

 ウラは吸血鬼としては半人前なものの、それが幸いして必要な血の量も真祖の俺の血をちょびっとあげれば、あとはよく寝ていれば人を襲うような真似もしなかった。うちの城の人間を襲って大騒ぎになったら、エクソシストに通報待ったなしだしなあ。悪いことしてないのに死にたくない。

 ミヒャエラが俺や旦那宛の手紙の確認をしていて、「ご主人様」と声をかけてきた。


「ちょうどよく、夜会の招待状が届いておりますよ」

「夜会? ああ、ミヒャエラが言ってた……」

「やかい?」


 ウラが「なに?」という顔をしているので、ミヒャエラが「ご主人様が参加されるパーティーですよう」と教えてくれた。


「こちらは社交界の中でも吸血鬼が牛耳ってる家系が主催のものですねえ。他の手紙を確認した限り、この家系はかなりの吸血鬼を敵に回していたようですけど……」

「え、なんて??」


 俺は思わず冷や汗を掻いた。

 ミヒャエラが重々しく頷いた。


「どうもご主人様がぶっ殺した旦那様、各地に喧嘩売り回っていたみたいですねえ。その報復で、ご主人様の領地がかなりの頻度狙われてグールを送り込まれていたようで」

「なにやってくれちゃってんの、旦那」

「そんな訳ですから、ちょっと招待してきた方も『話があるから来るように』とかなり怒ってるみたいですねえ~。どうなさいますか?」

「……ちなみに、ミヒャエラはバックれた場合、どうなると思う?」

「話し合いに応じない以上、話し合わないって大義名分送ったようなもんですよう。すぐ吸血鬼とグール送り込んで、領地取り上げます」

「やめよう!? 吸血鬼同士でドンパチやったら、そんなもんエクソシスト通報待ったなしでしょ!?」


 おお旦那。死んでしまった旦那。どうしてくれるんじゃ。

 マリオンもそりゃキレながら、各地の吸血鬼討伐に精を出すわ。だって放っておいたら身内殺されるし。

 でも俺も夜会なんてなにすりゃいいのかわからんし、一回夜会に行ったら治まるもんでもないと思うぞ。

 ミヒャエラは「どうしましょっか」と言う。


「ご主人様がお色気ムンムンのドレス着てテンプテーションで各地の吸血鬼の皆さん悩殺するとか」

「いろんな意味で無理じゃないかな!? あとそれ、単純に俺に新作女装させたいだけだよね!?」

「テヘペロ☆」

「それ言っとけばいいって思ってるでしょ!? でもさ、マジな話、これ夜会自体が罠ってことはないのかな? 旦那既に死んでるし。俺が旦那の使いとして来たって声かけたところで向こうは旦那死んでること知らないから、人質ってことで捕獲するとか」

「それはないんじゃないですかねえ……こちらの方も、社交界……つまりは人間ともパイプのある方ですし。ご主人様のお父上の旦那様ほどの穏健派ではありませんが、人間と必要以上に関わらないほうがいいって考えの中立派ですし」

「なるほど……」


 つまりは「マジお前目立つからええ加減にしとけよ!?」ってことで、夜会の席で説教、場合によっては拘束ってところか。

 んー……逆に言ってしまえば、ここでこの家の実験を握ったのは俺だって素直に打ち明ければチャンスにならないかな。


「あのさ、向こうは人間ともパイプのある中立派らしいけれど、中立ってことはどっちに転ぶこともあるってことだよな?」

「そうなりますねえ……あっ、吸血鬼に人気なのはスリット深いドレスらしいですが」

「だからしれっと悩殺ドレス作戦決行させようとするのは止めよう!?」

「男の娘からしか摂取できない成分ってあると思うんですよ」

「なんの話をしてるのかな!? ……つまりは、あちらを味方に引きずり込めば、同盟結んでもうちょっとだけ治安をマシにできないかなあと思ったんだけれど。向こうだってエクソシストとやり合いたくはないだろうし」


 それにミヒャエラはニコリと笑った。

 この面白メイド、基本的に面白メイドだし物騒がメイド服を着ている奴だけれど、有能ではあるんだよなあ。


「はい、ご主人様。向こうも派手にエクソシストとことを構えたくはないでしょうし。できるかと思いますよ。手腕が必要にはなりますが」


 うーん、夜会。ちょっと頑張らないと駄目だな。そう気合いを入れることにした。


****


 夜会って、一張羅を着て、踊ってご飯を食べるって知識しかなかったし、正直ダンスも踊れない。そもそも高校時代のフォークダンス以外で、人と踊った試しはないし。

 マリオンもリズもダンスなんて踊れたのかなあ……。


「あのですね、ミヒャエラさん」

「ご主人様、もうしばらくしたら目的地に着きますからね」

「話切らないでね。これ、どういう技術?」

「そりゃご主人様の生活を完全サポートするメイドですしね、わたしも。張り切りました」

「張り切ったじゃないよ!? これ本当どうなってんの!!」


 俺は思わず悲鳴を上げると、上げ底の胸がポヨンポヨンと震えた。掴むと詰め物なのか本物なのかわからない上に、ドレスの胸があからさまに開いているのに偽物だとわからない無駄にすごい技術は、いったいどこから来たものなのかさっぱりわからなかった。

 ダークチェリー色のゴシックドレスで胸だけが大きく開いている。普段のヘッドドレスの代わりに同じ色の帽子を被せられた。そして手には日傘……やっぱり仕込み剣だ。さすがに夜会の席で仕込み剣はまずくないかと言ったものの「誰もが護身用になにかしらの仕込みを持っていらっしゃいますから、主催様も存じているかと思いますよ」で押し切られてしまった。

 吸血鬼業界怖い。

 それはさておき偽乳だ。ドレスを着ていても、鏡を見ても「むっちゃ美少女」と他人事みたいに思っていたのに、こうもポヨンポヨンと揺れまくると、気が散るし、嫌でも女装しているんだと思い知って気恥ずかしい。

 相変わらずのメイド服のミヒャエラがぶーたれる。


「仕方ないじゃないですか、ご主人様。今時の夜会用ドレスの胸はポヨンポヨンに開いてるんですから、いくら時代は男の娘で平べったい胸が人気だとしても、出さないことには流行ドレス着れないでしょ」

「ドレスの流行はわかるけど、これ無駄にすごいよ? 本当どうなってんの?」


 ポヨンポヨン。


「寄せても上げられない以上、つくるしかないじゃないですか。可愛いと胸はつくれるんですよ」


 ポヨンポヨン。


「いやわからん。そもそも上になんか羽織って隠すんじゃ駄目だったの?」


 ポヨンポヨン。


「そんなの決まってるじゃないですか」


 ミヒャエラの金色の瞳がキラリと光った。


「羞恥のない男の娘のなにがそんなに可愛いというのですか? わたしはご主人様に羞恥プレイをかけるためならばベストを尽くしますよ!?」

「いや、ベストを尽くす場所を絶対に間違っているから!!」


 悲鳴を上げるたびに、偽乳がポヨンポヨンと揺れる。

 胸を大きく出しても、下半身はしっかりとゴシックドレスで隠れているんだから、まあ俺が男だとは隠し通せるとは思うけど……。

 やっぱりベストを尽くす場所を間違えていると思う。

 しょうもないやり取りをしている内に、城が見えてきた。うちの城よりもずいぶん豪奢だが……どことなく形式張った印象が纏わり付く。

 そういえば身内以外で初めて吸血鬼と会うんだよな。最悪の事態だけは避けないと。

 気合いを入れようとすると偽乳が揺れる。締まらなかった。

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