治安維持ってどうすればいいの・5

 グールの死体を一カ所に集めて、とりあえず埋める。本当だったら火葬したほうが、土の汚染も防げていいよなあと思うものの、提案したらまたもミヒャエラからぶんぶんと首を横に振られて却下されてしまった。


「い、いくら治安維持のために見せしめは必要とはいえども、こういうことはよくないと思いますよっ!」

「……う、うん。なんかごめん」

「ご主人様、妹様がいなくなってからすっかりと目が死んでいたのに、最近明るくなったと思ったらときどきとっても物騒なこと言い出しますから! わたしはとっても心配ですよぉ!」

「それ、絶対にミヒャエラだけは言っちゃ駄目なことじゃないかな!?」

「はて?」

「はてではないかな!?」


 そうふたりで漫才しながらも、ひとまずあとは地下庫にりんごとりんご酒の貯蔵ができれば、この村は大丈夫なんだな。

 俺はそうほっとしつつ「なあミヒャエラ」と尋ねた。


「はい?」

「ここの村はこれで多分大丈夫だとは思うけれど、他の領地で……特にグールじゃなくって吸血鬼が襲ってくるような場所って、どう対策すればいいのかな?」


 一応領地のそれぞれの情報を教えてもらったけれど。グールはそもそも潜伏先はあれども、自分で考えたりはしないから、日差しに当てさえすれば対処はできる。

 でも自分で考えて自主的に人間を襲う選択を取っている吸血鬼は厄介だった。

 どうもそれぞれの被害状況を聞いている限り、人間を餌にするために襲うっていう、完全にマリオンとリズ兄妹が故郷を失ったのとおんなじ理由で襲われている村だってある。

 そういうところの対処は、今回みたいに物理的にはいかないはずだ……まあ、真祖側でない限りは日差しに当ててしまえばおんなじとは思うけれど、自分で考えて行動できる分だけ、そう易々と行くはずがない。

 俺の問いに、ミヒャエラは「そうですねえ……」と腕を組んだ。


「そちらは迎撃よりも先に、外交だと思いますよぉ?」

「外交? 吸血鬼と?」

「はい。元々旦那様も奥様も、外交により吸血鬼たちの領地にそれぞれ不可侵条約を結んでおりました。お二方が亡くなったのは、それを反故にされた結果ですが。でも向こうも不可侵条約を結ばざるを得ない場合は、締結させるかと思います」

「それって……共通の敵、とか……?」


 それにミヒャエラは大きく頷いた。


「それこそ、エクソシストをやり過ごすためでしたら、あちらもエクソシストに殲滅されたくないでしょうから、不可侵条約を結ぶかと思いますよ」


 なるほどなあ……。

 俺たちは一旦村長さんにグール退治ができた旨を伝えるべく、その場を後にした。

 ゲーム画面で見ている分にはそこまでだとは思っていなかったけれど、リズがいるのはエクソシストのほうなんだよなあ……。

 リズ、エクソシストと揉めて怖い想いをしてないといいけど。

 心配だけれど、様子を見に行ったら最悪どんなフラグが立つのかわからんし、遠くから「お兄ちゃんはお前のことが心配です」と言うことしかできないんだよなあ……。

 少しだけ切なくなった。

 マリオンもゲーム中ずっとこんな想いを抱えていたのかなと思うと、余計に小姑として妹のパートナーいびりできるくらいには、長生きしたいなあと思わずにはいられなかった。


****


 燃えていく。

 森と川に囲まれた、小さな孤児院を併設した教会。

 わずかな寄付で、皆で質素倹約しながら、地味ながらも幸せに暮らしていた場所。そこが炎に巻かれ、その炎の中を「ウーウー」と声を上げてグールが徘徊している。

 教会が崩れ落ち、ステンドグラスが割れる。

 私はその中で、必死に走っていた。


「神官様! こちらに!」

「あ、ああ……リズ……私のことはいいから、子供たちを……」

「大丈夫です! グールも川の向こうには行けませんから! 皆には川の向こうに渡って、渡りきったら橋を落とすように伝えてました!」

「よくそんな思い切ったことを……」

「そんなの決まってますよ!」


 ひとりで倒れていたところ拾ってくれた神官さんは、私にとっても恩人だ。

 ゲーム内だったら私以外は皆死んでしまったけれど、このときのために何度もシミュレーションしたんだから、できる限り死なせない。

 これは、ひとつの賭けの予行練習も兼ねているんだから。

 神官さんはグール襲撃の際に、火の上がった教会の下敷きになって死んでしまうところだったけれど、私が間に合ってどうにか助かった。

 グールたちは、火の中を徘徊している。

 ……ここまでは、シミュレーション通りに進んでいる。私は神官さんに肩を貸して、必死で逃げていた。

 教会をできる限り離れたところで、来るはずなんだけれど……神官様が呼んだ、エクソシストが。

 やがて、馬の蹄の音が響き渡った。


「教会に火が放たれていた! 誰か、生き残りは!?」


 その声に、胸が高鳴った。生で聞くイケメン声は、とてもいい。さすが豪華声優陣を謳っていただけはある。私の肩に捕まっている神官さんは「助かった……」とほろほろと涙を浮かべている。

 やがて、蹄はこちらに向かってきた。

 馬の上から見えるのは、炎の光を受けて深夜でも煌めく金色の髪に碧い瞳。これが『禁断のロザリオ』でなかったら、間違いなく王子様キャラになってたであろう、メイン攻略対象のカミル・アインホルンだ。真っ黒なエクソシストの制服もまた格好いい。

 私は声を張り上げた。


「ここにいます! 神官様と私はここに……他の孤児院の子たちは、橋を落として向こう岸に!」

「……君は?」

「教会と孤児院のお手伝いの、リズ・シュバルツです!」

「そうか……俺たちが駆けつけるまで、よく頑張ったな」


 ふっと笑みを浮かべる。その声とスチルにもない優しげな笑みに、かっと頬が熱くなる。

 ああ、ああ! だからゴシックホラーファンタジーであっても、乙女ゲームは最高なのよ!

 この笑顔もこのイケメンボイスも、皆を助けるために定期的に行っていた避難訓練も!

 全部この瞬間のためにあったんだから!

 私はひとりでガッツポーズを取っているのを、神官様は「リズ?」と怪訝な顔をして見ていた。


 私は前世、ごくごく普通の高校生として、ひとり暮らし満喫中のお兄ちゃんの家のテレビ画面を使って乙女ゲームをプレイするのを日課としていた。ソシャゲは無課金だとガチャがしっぶいけれど、コンシューマーは払ったお金の分だけきっちり還ってくるから無敵だ。コンシューマー万歳。死ぬまで離さずやってたわ。

 でもでも、やっていた『禁断のロザリオ』。

 血が飛びまくる、人が死にまくる、ルートがそれぞれ重過ぎるで、身近なとこだと私くらいしかプレイヤーがいなかった。私には大変おいしくいただけたんだけれど、ひとつだけ不満があった。

 主人公のリズには、生き別れの兄のマリオンがいたんだけれど、そのマリオンは何故か、どのルートでも誰を攻略しても、必ず死ぬという運命にあった。

 しかも、ひどいことにマリオンを実の兄だと思い出すルートがひとつしかないし、それまでリズは自分が吸血鬼の真祖だということすら思い出さないし、なによりもリズの恋愛ルートにマリオンがなにひとつ噛んでくれなかった。

 兄は妹の盾じゃないよう、私、お兄ちゃんが闇落ちするようだったら、闇落ち要因全部消しに行く程度にはお兄ちゃん好きだし、リズだってもっと早くに思い出していたら、マリオンの闇落ち要因消しに行っていたはずなのに、それができなかったんだもん。

 そんな兄を死なせた中で、こうして恋人と壮絶な異種族恋愛の果てに幸せに暮らしました♪ なんて言われても、素直に喜べないじゃない。

 だから、マリオンと生き別れたとき、教会で拾われて前世の記憶を取り戻したときに決めたの。

 私が思い出したんだもの。絶対にマリオンを死なせないし、兄妹仲良く暮らすルートを生成するの。

 マリオンが復讐鬼に走る原因を潰すためには、エクソシストの組織に取り入って、攻略対象たちと行動を共にしながら移動するのが一番ね。

 待っててね、お兄ちゃん。絶対に助けるから。

 私にはゲームの記憶がついている。まずは最高戦力のカミルを絶対に落とす。

 そう、気合いを入れ直したのだ。

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