治安維持ってどうすればいいの・4
俺が資金提供をはじめたら、早速工事がはじまった。
この手のことって、もっと地元から反対があったり、領主に「横暴だ-」「他にお金の使い道あるだろー」って怒られるもんだとばかり思ったのに、意外なことにほぼ満場一致だったために、スムーズに工事に移れたのだった。
俺は「なんで?」と首を捻っていたら、ミヒャエラが教えてくれた。
「ご主人様、意外でしたね。こんなにあっさりと財布の紐を緩めるなんて」
「いや。特産品がつくれなくなったら死活問題だろ。そもそも俺はエクソシストに出向されたくないだけだし、吸血鬼やグールが住むとこなくなったらいいなと思っただけで」
「でもご主人様……小屋は残しておくんですねえ?」
そう。地下に貯蔵庫をつくるけれど、小屋はそのまま残しておいてと言っておいた。理由はいろいろあるけれど。
「小屋は囮だよ。潜伏先に使おうとする吸血鬼やグールを一網打尽にしてしまえば、自警団
の被害も食い止められるし」
「なるほど。上手いこと考えましたねえ」
「これゲームで見たことある!」という例題を、そのまんま当てはめただけなんだけど。今のところは頭がよさそうに見えるから、なんとかなっている。
妹よ、ゲテモノ乙女ゲームばかりプレイするのはどうよと思うけれど、お前が『帰蝶の涙』で余所の武将からの防衛戦をしてるのを横目で見てなかったらどうにもならんかったわ。俺ひとりじゃそういうの思いつかなかったし。
それと。俺はミヒャエラに確認しないといけないことを聞いてみる。
「あのさあ、念のため聞くけど、吸血鬼はウラみたいに意思疎通ができると思うけれど、グールはもう、意思疎通は無理ってことでいいんだよな?」
もしグールだったら、来るたびに殴らないといけないけれど、吸血鬼だったらひどい目に遭わせたら、よっぽど相手が報復するっていうガンギマったタイプでない限りは「ここ危ない、近寄らんとこ」と思って来なくなると思ったんだけれど、違うのかな?
どうにも妹がやっていた『禁断のロザリオ』を見ている限りだと、その認識で合っているとは思うんだけれど、思い込みだったら嫌だし。
俺の問いに、意外にもミヒャエラは「そうですねえ~……」と腕を組んでしまった。
「グールは基本的に、吸血鬼の血の拒否反応を起こした結果なため、吸血衝動以外はほぼありません」
「……そっか。よかった」
「ただですねえ、稀に。ほんっとぉぉぉぉに稀に、グールの中でも人間のときの意識を取り戻してしまうのもいるんですよ」
「……えっ」
あのデロデロになった見た目で、人間の意識を取り戻したら最悪過ぎやしないか?
妹よ、お前のやっていたゲームまじでどうなってるの。お兄ちゃん、そんな嫌過ぎる設定、ミヒャエラに聞くまで知らなかったんですが。
「ちなみにそれ、元に戻す方法は……」
「りんご酒って発酵を促進させて味を変えることはできますけど、元のりんごに戻せる訳ないじゃないですかあ。あまりにも可哀想なんで、意識を取り戻したグールなんて、殺してあげるほうがむしろ親切ですよぉ」
「う、うん……」
本当に、意識を取り戻したグールなんて後味悪過ぎるし、その手のグールに会わないことを祈るしかない。うん。
****
その夜。
工事もひと段落したものの、まだりんごも酒も移動が終わっていない。
今晩中に吸血鬼やグールに入り込まれたら、折角の工事が無駄に終わってしまうからな。
自警団が鼻息荒く「自分たちのりんご酒は自分たちで守る!」と言っていたものの、俺たちは必死で押し留め、ミヒャエラとふたりで見張りをしていた。
昼間、他の領地の見回りにも馬車を走らせて確認していたはずなのに、不思議と眠気は襲ってこない。昼間も全然眠くなかったし、真祖の吸血鬼は俺が思っている以上に頑丈なものらしい。
日傘の柄を手に持ち、中身を確認する。中にサーベルが入っているのを確認し、一旦柄を元に戻す。
「でも記憶を失ってから戦うの、ご主人様初めてじゃないですかぁ。グールの始末くらいでしたらわたしひとりでもできますから、ご主人様は可愛く応援してくれててもいいですよぉ?」
「いやいや、可愛くはないから! というより、俺は剣使えたんだよなあ……?」
日傘の重さを確認しながら尋ねると、ミヒャエラは「はい」と頷く。
「ご主人様それはそれは戦うとなったらご立派でしたよぉ。一対一でしたら、エクソシストにだって勝てますしねえ。真祖でもない吸血鬼やグールなんてあっという間に首ちょんぱです」
「言い方。そういう言い方はよくないかなあ?」
「てへっ☆」
「お前そう言っとけばいいって思ってんでしょ!?」
要は無茶苦茶強かったらしいけど。力はマリオンのものを受け継いでいるとはいえど、記憶が全くない状態じゃ、どうしたもんかなあ……。
マジで高校体育の剣道の記憶しかないのに、どうしたもんか……。
そう思っていたとき。急に血の臭いが強くなったことに気付いた。その臭いの先に、影が蠢いているのがわかる。
肌がドロドロに溶け、目は飛び出そうなほどに虚ろ、そして黄ばんだ歯は既に牙とも言うべき歯が揃っている……どう見ても、グールだった。
ミヒャエラは袖からナイフを取り出すと、指に引っ掛ける。右に三本、左に三本。それをまるでトランプでも持っているかのように軽く摘まむと、優雅にスカートを翻した。
「それではご主人様。お先に失礼します」
「おう、行ってこい行ってこい」
その先に、ミヒャエラは妖艶な動きでグールの傍へと走って行った。
メイド服がはためき、ナイフがきらめく。彼女は手にしたナイフを本当にトランプを投げつけるかのように投げて、適格にグールの動きを封じ込めていた。そのまま大きく蹴り上げる。そのとき、ようやくミヒャエラの履いていた靴には鉄板が仕込んでいたことに気が付いた。
やっていることは荒々しいのに、そのスカートの動き、髪の揺れ、レースのエプロンの靡き方は、まるでダンスを踊っているようで、目が離せなくなる。
だが。俺のほうにも「ウーウー……」と声にならない声を上げて近付いてくる奴らがいた。
グールはミヒャエラのほうだけでなく、俺のほうにも回ってきていたらしい。
本来の俺だったら「もうゾンビパニック嫌ー!!」と悲鳴を上げていただろうに、不思議と心が凪いでいる。同時に「よかった」とも思っている。
グールは明らかに動きに統制が取れていない。つまりは誰かに命令されてここに来た訳ではなくて、本当にどこかの吸血鬼に吸血された結果壊された人が、隠れ場所を求めてやって来ただけなんだ。
つまりは、今日やってきたグールさえ倒せば、この村はこれ以上被害が起きない。
……俺は日傘を抜いた。そのまま手を大きく振り下ろす。
首はスパンと落ち、鮮血が飛ぶ。それすら、どこか凪いだ顔で見ていた。なんの手応えもなく、なんの抵抗も来なかった。
動きが全部、スローモーションに見えているんだ。グールの動きが全部、手に取るようにわかるし、どこに向かうのかもわかる。あとは予測した場所に向かってサーベルを振り下ろせばいい。
俺はなんの感慨もなく、サーベルを振り下ろし、グールを屠っていった。
向こうで優雅にグールの始末をしていたミヒャエラは、「まあ!」と少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
なるほど、と思った。
生前のマリオンは、本当にすこぶる強かったらしい。
……なあ、マリオンよ。お前どうして、そんなに強かったのに、全ルートで死ぬのさ。今だって旦那と心中しちゃったしさ。
お前、リズのこと心配じゃなかったの?
俺の意識が戻る前のマリオンに語りかけてみるものの、当然ながらなんの返事もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます