メイドと死体の山と俺・1

 起き上がると、マリオンの殺した死体が目に入る。

 ……これどうすんだよ。そもそも政略結婚だった場合って、この死んだ夫? これにも家族とか使用人とかいるよなあ。どう説明するんだろう。

 あー、妹よ、妹。俺、お前の受動喫煙レベルでしか知識ないんだが、マリオンは死体の始末どうしたのか知っているのか妹よ。……冷静に考えてみれば「ルートに入らなかったらメインキャラすら死ぬから!」と言っていたゲームで、必ず死ぬキャラについての詳細を表立って教えてくれるとは思えない。

 記憶を取り戻して早々詰みかけてるんだが、これどうすんだよ。

 俺がひとりで死体の近くでしゃがみ込んで悶々としている中。

 いきなりドアがバアーン! と開いた。


「ひいっ!?」

「ご主人様! きっちり始末はできましたかぁ!?」


 ゴシックホラーファンタジージャンルとは思えないほど、テンション高い声をかけられ、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。

 こちらに声をかけてきたのは、レースたっぷりなヘッドドレスを真っ黒な頭に留め、レースたっぷりなエプロンをワンピースに巻いた、どこからどう見てもメイドであった。金色の釣り目が、どことなくこのメイドを黒猫に思わせた。

 そして押しているカート……その上に積まれているものを見て、思わずまたも「ひぃぃぃぃ……」と声が漏れた。

 明後日の方向に視線をギョロリと向けた死体が積まれていた。頭や体から血を出して、腐臭を撒き散らしているんだから、これで死んでなかったら大変に困る。

 というか、誰だよ。顔の造形ははっきり言ってマリオンやリズと遜色ないくらいに無茶苦茶可愛いけれど、こんなにテンション高く死体の山を積み上げていたら、ゲームでプレイしていても目立つし、俺も普通に妹に「これ誰?」って聞くわ。こんなテンション高く死体の山を積み上げるキャラなんか見たことないわ。それとも立ち絵が血塗れなことでびびってる暇がないほど、ヤバいキャラ見本市だったんだろうか。受動喫煙しかないと、その辺りの感覚にいまいち自信がない。


「ええっと……誰?」

「まあ! まあまあまあまあ……」


 メイドは俺をマジマジ見てきた。顔近い顔近い顔近い顔近い……俺はびびりつつも、どうにか現状証拠をかき集めて、頭の中で組み立てる。

 死体を積んでいるのにびびったけれど、よくよく考えると、マリオンは殺し合いの果てに、この家を乗っ取ったんだよなあ? そもそもマリオンとリズは瓜二つの兄妹なんだから、妹可愛さに兄が女装して乗り込んできたことは織り込み済みかもしれんし、協力者がいたのかも……。

 このメイドが協力者ってことでいいのか? となったら、この死体もこの家を乗っ取る際に婚約者の関係者皆殺しにして、死体の山を積み上げたのか……?

 考えれば考えるほど、「あれ、こいつらヤバくないか……?」という感想以外が出てこない。


「ご主人様、頭打ちましたか?」

「ええっと……はい」


 嘘は言っていない。起きたら血だまりの床の上だったんだから。

 それにメイドはしばし考えから、口を開いた。


「わたしぃ、実はダーリンのフェアンセだったので、ダーリンの浮気相手をお仕置きしてたんですよぉ」

「いや、それはさすがに嘘でしょ!? そんな浮気相手を全員死体にするとか普通に怖いからね!? 死体の山を積み上げてそのギャグは全然笑えないから!」

「テヘペロ☆」

「可愛い子ぶっても駄目! で、マジな話、誰?」

「はい、ご主人様のしもべ、メイドのミヒャエラです。ご主人様が自ら女装して政略結婚に漕ぎ着けたのに、こうして同行して女装のサポートをしていた訳ですよぉ」


 そう言って綺麗な一礼をする。

 一応面白メイドだけれど、有能メイドでもあるらしい。

 でもそうか。一応記憶喪失だとこじつけておけば、この世界のこともわかるか……そもそも起きたら家を乗っ取っていました、なんだから、情報は得ておいたほうがいいよなあ……。

 俺は記憶を探る。

 わかっているのは、この世界が我が妹がプレイしていた『禁断のロザリオ』の中だということ。俺がヒロインのリズの兄、マリオンになっているということ。マリオン・リズ兄妹は吸血鬼の真祖だということ。……マリオンがいろいろやらかしてエクソシストに目を付けられ、どのルートでも死ぬということ。

 知らなきゃいけないのは、吸血鬼の真祖ってぶっちゃけなんなのか。できることとできないこと、あとあるんだったら弱点とかは聞いておいたほうがいいかも。まあ、リズが人間だと思い込んでいたら実は吸血鬼の真祖だったってネタをかましているんだから、弱点はそこまで深く考えなくってもいいのかも。

 あとエクソシスト。俺の知っているエクソシストは宗教の中の担当部署のひとつだったと思うけれど、この世界だったら勝手が違うのかもしれんし。

 ……つうか、エクソシストに目を付けられたら死ぬんだから、エクソシストに目を付けられるんようにするには、敵を知らないことには意味がない。

 あと、この乗っ取った家のこと。乗っ取った家のことをあれこれ知らないことには、それを利用して生活するのも成り立たない。生活基盤は大事。マジで重要。


「一応聞くけど、これ誰? 俺はどうして女装しているの?」

「女装しているのはご主人様の女装趣味が原因で、死んでる遺体は男の娘とメス男子と女装男子の解釈不一致によるものです」

「だからどうしてそんなしょうもない嘘つくのかな!? 多分そういうのじゃないと思うけど!?」

「んもーう、ご主人様ってば冗談が相変わらず通じませんねえ。まあ、旦那様奥様が亡くなって以降すっかりと表情筋が死滅していらっしゃいましたし、妹様も最後まで心配なさっておりましたから、ボケに対してツッコミができるんだったら上等ですよぉ」


 この面白メイドはいちいちボケなかったら会話を成立させられないのか。

 そう言ってようやく冗談を終了させて、ミヒャエラは説明してくれた。


「ご主人様はマリオン様とおっしゃられ、妹のリズ様の代わりに嫁入りに来たんですよぉ。ちなみにご主人様は完璧ストレートで、男性趣味はありませんでした。なにぶん吸血鬼の真祖は貴重だったため、吸血鬼の家系としても没落の一途を辿っていたこの家に、真祖の血がどうしても欲しかったようですよねえ……まあ、私とご主人様で皆殺しにしてしまいましたから、もう滅亡したも同然なんですけどねえ」

「さらりと怖いこと言うの止めてくれる????」

「これはメイドジョークではないですよぉー」


 この面白メイド、言っていることこそ面白いけどむっちゃ怖いな?

 それはさておいて、ミヒャエラは説明を続ける。


「正直、ご主人様は、ごくごく普通に人間も吸血鬼も暮らせる幸せな領地で、ご家族仲良く暮らしていたんですけど、吸血鬼同士の派閥抗争に敗れて、旦那様も奥様も亡くなられ、どんどん襲撃で死んでいく使用人たちに守られて、どうにかこの領地にまで逃げ込んできたんですけれど、リズ様の保護の条件がリズ様の嫁入りだったんですよぉ。ただそれまでに使用人がとうとう私だけになってしまった上、どう考えてもリズ様を大事になさらないような輩だったために、リズ様逃がすために、こうして嫁入りついでに、さくっと家を乗っ取ることにしたんですよぉ」


 ……言い方は滅茶苦茶だけれど、一応理解はできた。

 これで、復讐鬼マリオンが爆誕したんだな。家族皆死んだ、使用人皆死んだ、最終的に妹を生かすために手放したとなったら、もうやれることなんて復讐しかねえわ。

 でもなあ。マリオンがどうして復讐鬼になったのかはよくわかったけれど、こんなことしたら、普通に人間から危険視扱いされないか? それとも俺がこのゲームの内容よくわかってないだけで、これってよくあることなのか?


「一応俺がここまで来たあらましはわかったけれど、この領地って人間いないの? あと真祖ってなに?」

「あらあらあら、まあまあまあ」


 ミヒャエラは変な声を上げた。もしかして、この世界だと子供でも常識的な内容だったのか?

 俺が訝しがっていたら、ミヒャエラはにっこりと笑った。


「かしこまりました、きっちりとレクチャーをはじめましょう」


 ひとまず俺へのこの世界常識講座が開催された。

 死体の山に囲まれながら。

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