メイドと死体の山と俺・2

「ええっと、ご主人様は吸血鬼のことを、どこまで覚えてらっしゃいますか?」

「どこまでと言われても」


 右手には旦那になる予定だった男の死体、左手にはミヒャエラが片付けている真っ最中だった死体の山。

 生臭い血の臭いを嗅いでも、最初のときほどインパクトがないのは、俺が慣れはじめているというよりも、マリオンの情緒が死んでいるんだと思う……身内の死をさんざん見過ぎたせいで情緒がぶっ壊れたのはいいことなのか悪いことなのか。少なくともマリオンの妹のリズが記憶喪失になったのは、あまりにもぶっ壊れた情緒だったら乙女ゲームにならないせいなんだろうなあと推測する。

 それはさておき。

 俺はミヒャエラの言葉に腕を組んだ。マリオンにそういう癖があったのかどうかは知らん。


「吸血するっていうのくらいしか……?」

「一応吸血鬼ですからね。吸血するってことを覚えていれば充分ですよぉ。さて、その真祖ですけど、別名で言えば純血の吸血鬼ってところでしょうか。目立ち過ぎる吸血鬼はどんどんエクソシストたち人間に狩られて数を減らしていますから、基本的にエクソシストたちに存在を誤魔化すために、人間と婚姻を結ぶのが一般的ですから、真祖自体の数が減るのも自然のことです。ちなみにわたしも吸血鬼ですが、真祖ではありません」

「なるほど……でもそう考えたら、うちの家族が吸血鬼と人間が共に住む故郷をつくるって、よくつくれたなあ……?」

「ええ。旦那様は先祖代々、吸血鬼には吸血鬼の領分で、人間には人間の領分で生きるようにと定めていましたし、基本的に領地に住まう吸血鬼たちも、エクソシストたちからの迫害で疲れ果てていましたから、旦那様の敷いた法や場所が居心地よかったんですよ。人間たちも吸血鬼が生きているのが当たり前な環境で暮らしていましたから偏見もございませんでしたし」


 考えれば考えるほど、マリオンとリズ兄妹の親の統制していた土地は奇跡だったんだな。

 ミヒャエラが続ける。


「ちなみに吸血鬼の真祖は、魔法が使えますからね。その力を旦那様も奥様も誇示しませんでしたが、そのおかげでよそから襲撃に来た吸血鬼以外からは畏怖されていたため、誰もわざわざ喧嘩を売らなかったというのがあります」

「う、うん……そうだったんだ……?」


 どうも吸血鬼の真祖っていうのは、他の吸血鬼よりもひとつ飛び抜けた存在だったらしい。

 そういえば。俺は一応聞いてみる。


「ええっと、ちなみに。太陽に弱いとか、十字架や銀に弱いとか、鏡に映らないとかの弱点は……?」

「それは吸血鬼の眷属のグールであって、真祖はそういう弱点はほぼないですねえ。わたしも太陽の下で普通に生活できますし、銀も十字架もそこまで嫌いじゃないです。あ、流れる川は苦手ですけど、単純に逃亡生活の中で川に流されたことがあるだけですからお気になさらず」

「さらっと重たいこと言うの止めて????」


 ミヒャエラも普通に生活できるってことは、特に問題ないのか。

 でもさらっと重要なことを言ったような。俺はそれを聞いてみる。


「ええっと……ちなみに俺やミヒャエラが吸血しなきゃいけない必要性は……」

「別に血を飲まなくっても死にはしないんですけど、現状わたしたちは互いしか味方がいないんですから、血をばんばん吸って眷属増やさないことには、味方がいないんですから死を待つしかないじゃないですかぁ。でも血を吸っても外れだったら全然意思疎通のできないグールになってしまいますから、難しいんですけどねえ。ははは」

「はははって、笑い事ではないんじゃ!?」


 俺は悲鳴を上げる。

 ……そうなんだよなあ、そもそも、ここの家を乗っ取ったところで、吸血鬼の真祖がここにいるぞって言ったら、揉めるよなあ。

 一応は俺がリズのふりして嫁入りしていたんだから、女の吸血鬼真祖がいると触れ回ったら、普通に狙われる。迎撃するにしても、現状味方は俺とミヒャエラだけ。

 ……吸血鬼ホイホイになったら、エクソシストがやって来て、殺されるよなあ……それはいくらなんでもマリオンの人生イズなに、になってしまうからできるだけ避けてやりたい。

 でもなあ……。

 その中、いきなり扉がトントン、と叩かれた。


「奥様、先程から大きな音がしますが、どうなさいましたか!?」


 誰、という顔で俺はミヒャエラを見ると、ミヒャエラは小声で言う。


「元々この家で働いているメイドですよ。殺したのは全員吸血鬼で、現状生き残っている使用人は全員人間です……話を聞いている限り、全員ここの主が吸血鬼だとは知らなかったみたいですね。はい、どうぞ」


 って、部屋に入れてどうするの!?

 俺が叫ぶより先に、扉を開いたメイドが部屋の惨状を見て、恐怖で言葉を失った。

 ……そりゃそうだろ。主が剣刺さって死んでるし、メイドがカートに死体の山積んでるし。

 こんなもん一般人メイドに見えてどうすんだよ!?

 俺が思わずミヒャエラを睨んだら、ミヒャエラと来たら「とうっ!」と手刀でメイドを気絶させてしまった。気絶したメイドを抱えると「さあ、ご主人様!」と彼女のうなじを露わにした。

 って、なんで!?


「な、なに考えてんだよ、ミヒャエラ!?」

「なにって、味方増やしに決まってるじゃないですかあ。目標は屋敷の使用人全員をご主人様の眷属にすることですが、あれこれ噂を立てられても困りますし。ここはひとまず命知らずなこのメイドから。ささっ、ずずいっとどうぞ!」

「そんな軽くバーで一杯みたいな言い方すんなよ!?」


 気絶したメイドのうなじ。あそこに歯を立てれば、吸血し、味方を増やすことができる。

 理屈はわかる。むっちゃわかる。でも。

 俺たちが吸血しなくってもデメリットがないのは理解できるけど。


「……あのさあ。仮にこのメイドさんを吸血した場合って、この子どうなるの?」

「基本的にご主人様の眷属になりますからねえ。ご主人様の命令は絶対になりますよぉ」

「うーんとさ、この子の体にデメリットはない? この子を俺が吸血したばかりに、夜な夜な徘徊して血肉をすするとかになったら可哀想だよ?」


 それにミヒャエラはキョトン。とした顔をした。


「まあ、たしかに外れでしたらグールになりますからねえ。でもどうしましょう。味方は増やしたいですし……」

「あ、あのさ。もうちょっとこう! 穏便な方法で味方増やせない!? いくらなんでも屋敷の人間片っ端から吸血鬼にしたらさ、どっかでこう、危ない噂が出回って、最悪エクソシストに討伐されるかもしれないしさ!」


 それはいくらなんでも死んだマリオンが浮かばれないだろ、と思う。俺もいくら味方いないからって、目の前のメイドさんを最悪グールにしてしまうのは忍びないし。

 それにミヒャエラは「ふーむ」と腕を組んだ。


「だとしたら確実に旦那様の眷属になり、グール落ちしない人間が必要ですねえ。あ、そうだ。いいこと思いつきました」

「……今度はなに?」

「この屋敷にそんな都合いい人間いるかどうかわかりませんし、いっそのこと、買いましょう!」

「……はい?」


 この子なに言ってくれちゃってるの?

 とりあえず俺は死体の山とメイドさんを見回してから言った。


「……先、ここ片付けよう? いくらなんでもこれじゃ目覚めが悪いし」

「かしこまりました! ひとまずは後片付けですね!」

「その言い方止めよう? それはいくらなんでも死んだ人に悪いし」


 ミヒャエラがまたもキョトーンという顔をしているのに、俺は頭を抱えた。

 ……マリオンよ、お前どれだけ情緒が死んでたの。前世の俺だったら何度気絶しているかわかりゃしないけれど、ひとまず俺たちは、ひと晩かけて遺体を全部埋めることにしたのだ。

 本当だったらきちんと焼いて埋葬したいけれど、それを言ったらミヒャエラに顔面蒼白で「ご主人様、いくらなんでもそれは悪魔の所業では……?」と震えられてしまった。そっか、この世界じゃ火葬はそう取られるのか。

 最後に墓に手を合わせて帰っていった。

 寝て起きて、朝になったら俺のアパートでの一日がはじまってたらいいけど、きっとそんな都合いいことはないんだろうなと溜息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る