奴隷市場で奴隷を買おう・1

 寝て起きても、残念ながら元のアパートに帰り着くことはなく、俺はひらっひらなネグリジェのままだった。

 というか、ここの旦那死んだんだから、もう俺の女装を解いてもよくね?

 そう思ったものの、ミヒャエラに強く反対されてしまった。


「駄目ですよう、ご主人様。ここの土地って、吸血鬼たちにとっては豊潤な土地ですからね。真祖にこの土地が乗っ取られたと余所の吸血鬼にバレたら決起されてこの土地を奪おうとしてくる連中だって出てくるでしょうから、ここは死んだ亭主が生きているって各地に思ってもらったほうがいいですよ。亭主は病気だから、奥方が替わって領主の仕事をやり繰りしているって思わせたほうが、安心安全です」

「こ、怖いこというなあ……? ちなみに本音は?」

「妹様がいなくなられた今、わたしのお着替え欲を満たせるのはもはやご主人様しかおりません。男の娘万歳」

「はっ倒すぞ」

「イヤンッ☆」


 相変わらずの面白メイドっぷりに辟易しつつ、俺は着付けられた。

 真っ黒なゴシックドレスに、黒いヘッドドレス。銀色の髪はハーフアップにまとめられた。乙女ゲームの男の娘の髪型はようわからんが、髪型の趣味は多分ミヒャエラの趣味なんだろうということにしておく。

 さて、この屋敷についてだけれど。

 ミヒャエラにあらかた説明された通り、ここの使用人たちの半分は吸血鬼だったものの、俺とリズが入れ替わっていたことを知り、リズを捕獲に行こうとしたために、ミヒャエラに全員仕留められてしまった……あの大量の死体の山はそういうことだわな。

 で、俺……というか死ぬ間際のマリオンだな……も亭主をぶち殺したものの、人間の使用人たちはほぼ知らないと。

 ミヒャエラの場合は真祖ではないものの、吸血衝動はほぼない吸血鬼らしいのに対して、ここの屋敷の吸血鬼はほぼ全員吸血衝動持ちだったがために、人間の使用人と動線が違ったらしい。昨晩の人間のメイドが様子がおかしいからと見に来たのは、完全にイレギュラーな事態だったと。

 なるほど、なるほど。


「いきなりご主人様がこの屋敷を乗っ取ったと通達するのは無理でしょうから、まずは我々の味方を増やして、人間の使用人たちにも少しずつ根回ししてこちら側に付かせるのがベストでしょうね。今は亭主は病気で使用人たちが面倒見ているという風に根回しております」

「ひと晩でそこまでやったの……お前実はすごい奴か?」

「テヘペロ☆」


 ……この人を取って食ったようなメイドはさておいて。

 俺は食堂に降りて食事を済ませると……ここのご飯は芋が多いなと思ったものの、結構おいしかった。たしかにこんな飯が美味い土地だったら、他の吸血鬼も有事の際に狙いに来るのかもしれない……、他の使用人たちに「買い物に行ってくる」と通達して、早速出かけることになった。

 しかしこの世界の奴隷事情なんてどうなっているんだろう。そもそも乙女ゲームって、名前の通り女性向けゲームだよな。そんなヤバいものがあるって堂々と言ってないと思うんだけれど。


「なあ、そもそも奴隷って売っているものなのか?」

「このご時世、有事の際にはなにかと村も町も無くなりますから。そうなってほっぽり出された人たちを安く買い取って高く売りさばく外道っていうのは、どこにだっているんですよぉ。さすがにエクソシストの目が光っていますからね、表立って吸血鬼やグールの売買をする命知らずはそんなに多くはありませんが、人手不足を補ったり戦力補強したりしたいところからは、すぐ買い取りの話があるんです……妹様が奴隷商に捕まってなければよろしいんですけど」

「やめて、うちの妹可愛いけど、そういうのは別ゲーの専売特許で女性向けではないと思うんだ!!」

「ベツゲー? ジョセイムケ??」

「……うん、なんでもない」


 さすがにさあ。うちの妹がやってたゲームの可愛い子がさあ、奴隷として売られていたら普通にやだよ? だってさ、自分の妹が奴隷として並んでたらやじゃん。多分マリオンも命賭けて逃がした妹が商品扱いされてたら嫌だと思うんだよ。

 妹に見せてもらったスチルを思い出す。マリオンそっくりな銀髪碧眼の素朴な雰囲気の女の子。あの子がボロボロの服着せられて売られてたら、良心の呵責とマリオンなんのために死んだんだよという憤りで張り裂けそう。

 ミヒャエラは「まあ、そうですねえ」と頷いた。


「妹様はきちんと逃げてらっしゃいますし、真祖ですから人間に紛れ込んでも問題ないかと思いますよ。下手に吸血鬼の保護を受けるよりも安心です。人間もさすがに妹様にはちょっかい出せないでしょうしね」

「そうなのかな……」

「はい、吸血鬼は頑丈なのが取り柄ですからね。下手な相手に吸血したら、失敗してグールになってしまい、各地で人を襲ってエクソシストが狩り出される例がありますが、妹様は吸血衝動もございませんし」


 なるほど。人間のためにもリズのためにも、そっちのほうが安全なのか。

 つまりはまあ……ゲームの初っ端で記憶喪失になったのが、皮肉なことにリズの安全のひと役を買っていた訳と。

 複雑な気分になっていたら「さあ、着きましたよ」とミヒャエラが指差した。

 どこもかしこも柵が立てられ、あちこちで人が売られているのが見える。

 全体的に埃っぽいにおいが目立つのは、彼らがまともに人として扱われてないせいなんだろうか。


「でもさあ……味方になる奴隷って、どういうのを選べばいいんだよ」


 そもそもその子を味方にするためとはいえ、こちらが噛みついて吸血鬼にしないと駄目だし、失敗したら相手が吸血衝動に負けて暴走したり、最悪グールになったりするなんて聞かされたら、できる限り衝動が最低限に留まるほうがいいと思う。

 それにミヒャエラは「ああ!」と手を打った。


「真祖の場合は、具合のいい捕食対象が選べるはずですよ。私の場合はあんまり吸血しませんし、やるとなったら殺すときなんで、あんまりえり好みしませんけどねえ」


 メイド怖いメイド怖いメイド怖い。なんでさらりとそういうこと言うかなあ?

 でも、まあ。相手があんまりひどいデメリット抱えないほうがいいよな。いくらなんでもこっちの都合でポイ捨てするのはな。味方が欲しいのは山々だけれど、そういうのはよくない。

 俺がそう思って、柵越しにそれぞれの奴隷を見た。

 奴隷商は女ふたりで歩いているのに怪訝に思ったのか「なにかご用でしょうか?」と声をかけてきた。

 そしたらミヒャエラが丁寧な口調で対応する。


「失礼します、奥様が奴隷をご所望ですので見繕いに参りましたの」

「どういった入り用で? 愛人? 重労働? 見張り用に使える奴隷はあいにく今は品薄で」

「できましたら、使用人として働ける方がいいですわ。ねえ、奥様?」


 普段のぶっ飛んだ言動はどこへやら。ここでのミヒャエラの言動が完璧だったのに、俺は唖然としながら「あ、ああ……」と頷くだけ頷いた。

 俺が奥方だと知ったせいか、途端に奴隷商は手を揉みはじめた。金づるだと思われてんなあ……。


「かしこまりました。それではあちらのほうがいいでしょう。使用人でも下働きでも、お好きにどうぞ」

「ありがとうございます。それでは奥様参りましょう」

「あ、ああ……?」


 そのままずるずるとミヒャエラに通された先には、容姿がやけにいい奴隷ばかりが並んでいた。それに俺は「さっきの場所となんか違う?」と聞いたら、ミヒャエラが答えてくれた。


「使用人は別名、生きる家具ですからね。どこの領主も見目がいい使用人をご所望なんですよ」


 ……この世界がダークファンタジーなせいか、言動がいちいち物騒なのはどうにかならんのか。俺が頭を抱えている中、ふいにいい匂いがすることに気付いた。

 埃っぽいにおいだらけの中で、一カ所だけ花のように甘く、蜜のように後を引く匂いがするんだ。


「……あっち」

「あら、ご主人様いい匂いですか?」

「なんかものすごく甘い匂いが……」

「それはそれは……では、レッツゴー」


 そのままミヒャエラに引きずられていった先に。こちらの足音にビクンッと体を震わせて体を丸めている子が見えた。

 小柄なせいなのか肉があんまりついてないせいなのか、男の子か女の子かわからない小柄な子が、白いパジャマのような服を着せられて座り込んでいた。

 その子の全員から、腹が鳴りそうなほどにいい匂いが漂っていた。


 ……この子だ。この子の血を、むっちゃ吸いたい。

 俺の口の中は、気付けば唾液で満たされていた。

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