色仕掛け外交(物理)はいかが・2

 俺が着せられた可愛いゴシックドレスで、いつも通りの仕込み日傘を手にかける。馬車に乗り込もうとする中、「マリオン様」とテクテクとウラが寄ってきた。

 最近は暇を見つけてはミヒャエラに読み書きからメイドとしての礼儀作法だけに飽き足らず、護身術まで学んでいるらしい。なんでもいいが、ミヒャエラの言うところの「メイド教育」とは一人前の暗殺者をつくる教育ではなかろうかと、俺は疑いつつある。


「おう、どうかしたか?」

「今日は初めてお外に行くけど、どんなところかな?」

「ああ、そっか。ウラは初めてだもんなあ」


 可愛い。俺は目を細めつつ、ウラのメイド服姿を見た。

 ウラはにこにこした顔で俺を見上げる。


「ミヒャエラ様にいっぱい習ったから、これでマリオン様にあだなす害虫をぶっ殺せばいいんでしょう?」

「ミヒャエラさん、いったいウラの教育どうなってるのかな? かな?」


 俺がギギギギギギギギギ……と振り返ると、ミヒャエラは「ホホホホホ」と口元に手を当てて笑った。

 そして金色の瞳をキラーンと光らせる。


「決まってますよぉ。ご主人様を無事お守りするために、ウラにはみっちり仕込みましたからね。ご主人様は是非ともハニートラップにだけ集中なさってください。親玉を殺せるだけの距離に入れるのはおそらくご主人様だけ。露払いはわたしたちでしっかりとやりますからぁ」

「……おう」


 このメイド、ほんっとうに怖いな。

 ミヒャエラの物騒さを再確認しつつ、「ウラ」としゃがみ込んだ。ウラは無邪気に「なに?」と言う。

 ああ、もう。眷属になってやれないことが増えたのに、この子はなんも変わらないからなあ。

 眷属によっては、血のにおいにあてられて気が狂ってしまうこともあるらしいけれど。ウラにはそういう風にはなってほしくないなあ。俺はウラと視線を合わせて言った。


「基本的にミヒャエラの言うことをきちんと聞け。あいつは変態だけど、俺以外には間違ったことはしないからな」

「うん」

「ご主人様ひどい。わたし、こんなにご主人様を思って行動しておりますのに……」


 嘘泣きするミヒャエラを無視しつつ、馬車に乗り込んだ。

 蝋人形集めを行っている変態と戦うっていうのは気が進まないものの、女領主のウィルマが粛清のために動き出したってことは、これ野放しにしていたらエクソシストが動き出すもんなあ……。

 エクソシストが乗り込んでくる前に、終わらせないといけない。


****


 マルティン邸が夜闇に浮かび上がるシルエットは、不気味以外の何物でもなかった。

 夜会だっていうのに、これだけ明かりを絞っているのは、こちらをコレクションに加えたいって現れなのか、蝋人形にした女子供の保存のためなのか。

 なによりも。

 吸血鬼の敏感な鼻孔に滑り込んでくるにおいは、明らかに血のにおいとは違う異物のにおいを教えてくれた。

 ──蝋と塗料と死体のにおいだ。


「……かなりいい趣味だな、ここの家主は」


 馬車からミヒャエラに促されて降りる俺は、マルティン邸を見上げて顔を引きつらせると、ミヒャエラが「そうですよぅ」とぷんすことする。


「コレクション、かなり多いですね……このまま放置してたら、エクソシストが出動してもおかしくないくらい。道楽趣味も大概にしたらどうなんですか」

「だよなあ……ウィルマたちは、この屋敷の……」


 どこにいるのかと思ったら。


──ベルガー夫人? ご足労願いありがとうございます


 いきなり声が聞こえて、驚いて体を跳ねさせる。でもマルティン邸の周りには、ウィルマの姿は見当たらなかった。


「ええっと、ミヒャエラ。ウィルマの姿は見えないが」

「ああ。おそらくは真祖に近ければ近いほど使えるはずの魔法ですね。さすがにそれはご主人様たちほど血が濃くないわたしでは教えることはできませんよぅ」


 ひと昔前のテレパシー能力とか、そんなんかな。俺はなんとか集中して気を探ると、たしかにウィルマが私兵を従えて、マルティン邸より若干離れた場所に布陣しているのが確認できた。

 俺はどうにかして、ウィルマに会話しようと試みる。


──ええっと……これで連絡取れましたか?


 俺が会話を念じてみたら、すぐに──できています──と回答があった。便利だな。電話みたいだ。


──ちなみにこれってマルティン様には傍聴されたりしないんでしょうか?

──こちらの魔法は、会ったことのある相手の魔力に呼応しますから、無理かと思いますよ。そもそも、マルティンは血縁の問題でそこまでの魔力はございませんから


 なるほど。どこでも使えて、傍聴の心配もない魔法ってなったら、電話よりも便利なのか。


──それで、作戦は前の通りで大丈夫ですか? 私たちがマルティン邸に出かけ、マルティン様とお話をする。外交が不可と判断した場合は逃亡の末、マルティン邸を殲滅という形で

──ええ、問題ございません。これはそろそろ放置してはまずい段階に入っておりますから、蝋人形をきちんと始末しなければなりません

──そうですか……


 本当だったら。遺体は可哀想だから焼いて骨にして埋めてやったほうがいいとは思うんだけど、この世界の宗教的な問題じゃ、燃やすっていうのは非人道みたいなんだよな。

 でもなあ……蝋人形にしたまんま親御さんたちの元に送り返すのも、普通に可哀想じゃないのか?

 俺だってリズがそんなことされた日にゃ……八つ裂きにしかねないと思う。俺よりも先に、きっとマリオンがそんなこと許さないだろうしな。

 ……まあ、蝋人形たちのことは、ひとまずマルティン邸をどうにかしてからだ。

 あそこのにおいをもう一度嗅ぎ、気配を探る。俺は気配の数をウィルマに伝えてから、ミヒャエラとウラを伴って、マルティン邸へと入った。

 迎えてくれたのは、しわしわの年寄りだった。しかし真っ白なひげに真っ白な髪でも、背筋だけはピンと伸びやかだ。

 乙女ゲームのキャラなせいか、ロマンスグレーが光る執事らしい執事らしい。


「ようこそ、ベルガー夫人。ベルガー様のお加減はよろしいでしょうか?」

「お招きいただきありがとうございます。主人はこのところ激務が祟って臥せったままです。仕事を引き継いでその苦労を知っているところですわ」

「それはそれは……どうぞ」


 そのまま屋敷内に入れられたが。

 真っ暗だった外から一転、中はわずかなロウソクで彩られ、かろうじて明るくなっているようだった。でも。外からでもわかるほどに漂っていた悪臭は、中に入った途端に余計にひどくなってきた。

 それに。俺は先導してくれている執事の背中を睨んでいた。

 今まで、会った人間が吸血鬼か人間かグールかまでははっきりとわかったっていうのに。マルティン邸で仕えているらしいこの執事は、そのいずれかもわからなかった。

 ……うちだってミヒャエラがいるからなあ。主人を守る吸血鬼は、血が弱かろうと強い眷属が宛がわれるのかもしれない。俺はそう納得しながら、ついていった。

 やがて燭台で照らされた長いテーブルが見えた。そこに腰かけているのは、真っ黒な髪をひとつに束ねた、年齢不詳の男性だった。釣り目に口元に浮かんだ微笑は、たしかに人の考える吸血鬼というものを象っているように見える。


「ようこそ、ベルガー夫人。辺鄙な場所で。今日はお話をしたいとおっしゃっていましたが、何用でしょうか?」

「今回はお招きいただき、主人に替わって感謝いたしますわ、マルティン様……エクソシスト対策についての、相談ですの」


 俺は自然と日傘の柄をぎゅっと握りしめた。

 マルティンは妖艶に笑って見せた。

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