色仕掛け外交(物理)はいかが・3
俺はマルティンの執事に「ベルガー夫人どうぞ」と席を用意された。マルティンはにこやかに見つめてくるが、その視線はこちらをテーブルの下の爪先からヘッドドレスに包まれた脳天までを舐め回して見つめてくるので気色が悪い。
ミヒャエラは落ち着いた様子で待機しているものの、ウラはここに来てから「ウウウウウウウ……」と唸り声を上げている。……眷属になったことで、人間の頃よりも五感が敏感になってしまっているのだろう。きっとこの屋敷内からする悪臭に警戒心を露わにしているのだ。
隣のミヒャエラは「ウラ、落ち着きなさい」と小声で言う。
「でも……ここ、怖い」
「そりゃそうですよぉ、ここは怖いところです。ですから、ご主人様が外交にやって来たんですよう? このまんま行ったら、ここよりももーっと怖いものが来ますから、その前に対処しに来たんですから」
「でも……マリオン様大丈夫?」
「それはわたしの見込んだご主人様ですから。そこは問題ありませんよぅ」
なんだかずいぶん買われているようだ。でも。
とにかくマルティンを攻める動機を得てから撤退したいとこだ。それに、唸り声はウラからだけじゃない。屋敷の各地から、「ウウウウウウ……」と唸り声が悪臭と共にする。
ここにグールが大量にスタンバイしているんだ。
小声でしゃべっているミヒャエラとウラを無視して、マルティンはにこやかにこちらに声をかけてくる。
「それにしても……ベルガー殿が奥方を娶ったお祝いは送りましたが、まさかここまで奥方が愛らしいとは思っておりませんでした。皿は出しますので、お待ちください」
執事が持ってきた皿は、ミヒャエラが用意した皿よりも更に赤く滴った肉料理であった。こんなレア肉、人間だった頃だったらきっと食べられなかっただろうけれど……でもミヒャエラが出したものよりもレアなのは、マルティンが血が薄くなり過ぎて余計に血が欲しくなっているんだろうか。
俺はフォークに静かに肉やソースを触れさせる。毒物は入ってないらしく、銀のカラトリーも黒く変色することはなかった。
マルティンは既にカラトリーを音も立てずに動かしながら、にこやかに食事をはじめていた。
「そんなベルガー夫人との対話に、毒物を盛るようなナンセンスな真似は致しませんよ。ただでさえベルガー夫人は希少価値の高い真祖ですから。既に血が薄くなり過ぎた我らが敵うとは思っておりませんよ」
「そうですか……しかしおかしいですわね? 私、血筋のことは公表しておりませんよ?」
「いえいえ。ご謙遜なさらず。有名でしたからなあ、吸血鬼も人間も分け隔てなく愛する領主の血筋というのは。是非ともお近づきになりたいと考えていたところで、この訪問はまさしく僥倖でした」
こいつおべんちゃらばっかりだな。
俺は鼻で笑いたくなるのを必死にこらえながら、ようやく肉に口を付けた。やっぱりレア過ぎないか。ソースだってほとんど味がしてなくって、肉々しい獣臭する味ばかり際立つ。
マルティンは更に言葉を続ける。
「そんなベルガー夫人が訪問とは……はて、私は訪問される理由がわかりませんが」
「……単刀直入に申しますけれど、あなたのご趣味、これ以上続けていてはエクソシストに通報されるのではなくて? 既に情報は出回っておりますが」
そう言ったところで、マルティンのカラトリーを動かす手が止まる。
おい、心当たりなかったとか、そんなんは全然ないはずだろ。俺は目を細めて、言葉を続けた。
「この屋敷内の腐臭、隠しようがございませんでしょう? 私たちの安寧のため、そのご趣味を止める忠告に伺いましたの。それでは、私たちは」
「……ええ、ベルガー夫人、忠告ありがとうございます。ですが、心配にも及びますまい」
なにがだよ。エクソシストの支部に大打撃を与えたせいで、向こうはピリピリしているのは既に聞いているんだから、人間を誘拐しまくった挙句に蝋人形にしてコレクションしているなんて言ったら、そんなもんエクソシストの怒りの火に油を注いでるのと同じだろうが。
俺がイラついている中、マルティンはニィー……と笑った。
「真祖の女性が号令を出したのならば、他の吸血鬼たちだって話を聞くでしょう……エクソシストを殺せ、人間を全て餌にしろと」
「……話になりませんわね。ミヒャエラ、ウラ。帰りますよ」
「いえいえ、是非とも滞在願いたい、美しい吸血鬼の皆々様……!」
途端に執事が手に持っていたお盆を投げつけてきた。それをミヒャエラは仕込んでいたナイフを打ち付けて軌道を替えると、それがシャンデリアを叩き割った。
その中、マルティンの哄笑が響く。
哄笑と共に、悪臭が強くなった。先程から聞こえていた唸り声と一緒に、各部屋のドアが開き、グールが流れ込んできたのだ。
服からして、奴隷市の奴隷ですらない……こいつ、見境なく人間の村を襲撃して、グールに変えて手元に置いていたな。いや、自分のコレクション収集のついでに、邪魔になった人間をグールにしたってところか。
「ハハハハハハハハハ……この美しいコレクションを、わざわざ逃がすとでも?」
「……だろうな、釣り針がでかかったみたいだな。まさかこんな馬鹿がわんさか釣れるとは思わなかったわ」
「釣り針……? まあいい。わが眷属よ! この麗しの吸血鬼たちを捕えよ! 美しく蝋でコーティングせねばならんからなあ……!!」
マルティンの号令と共に、グールたちが一斉に襲い掛かってきた。
ああ、もう……!
俺は日傘を手に取ると、それでグールを貫いた。
ミヒャエラはナイフで牽制しつつ始末し、ウラは小柄な体躯を物ともせずに飛び掛かってキックやパンチでグールを沈めていた。
ミヒャエラはナイフを出しつつ、俺の方に声をかける。
「ご主人様、このまま外に脱出しますか!?」
「……いや、ちょっとこの屋敷を探りたい」
「何故!?」
ミヒャエラの悲鳴を聞きつつ、俺は記憶を探った。
ビール飲みながら妹のプレイを観戦していたくらいだけれど、たしかこの場面で、リズ以外にも人間の女の子たちを蝋人形のコレクションにするために連れ去らわれていたはずなんだ。
悪臭で位置がいまいちわからなくなっているが……まだあの子たちは蝋人形にはされていないはずだ。
「ここにコレクションにされる予定の人間が閉じ込められているはずなんだ。ここが万が一燃えることになったら、あの子たちは生きたまま燃やされることになるだろ。あの子たちを回収したい」
「ですけどぉ……」
「あのなあ、ミヒャエラ。父上も母上も、吸血鬼も人間も等しく生きて欲しかったんだろ? 吸血鬼だけ助かってもエクソシストに目を付けられたらおしまいだし、人間だけ助かっても俺たちの居場所がない。だとしたら、助けるしかないだろ」
「ミヒャエラ様ぁ……」
意外なことに、ウラも俺に同調する。
「マリオン様が助けてくれたから、ウラ自由になれた。ここに閉じ込められてる人たちも、自由にしよう? 友達になれるよ?」
「あーうー……もう! わかりましたよう! でもご主人様が危ないと思ったら、全部見捨てて逃げますからね! わかりましたね!?」
「ありがとう、ミヒャエラ、感謝する!」
俺がグールをぶっ刺して道をつくり、ミヒャエラとウラが殴って食卓を後にする。
マルティンはなおを笑って見送っていたのが気がかりだが、それをひとまず無視した。
……リズはたしか、大量に人が死んだのを見て、泣くシナリオだった。さすがにそれは後味悪いもんな。
俺はどうにか妹のプレイを斜め見した背景を頼りに、閉じ込められている人たちを探しに走り出していた。
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