一難去ってまた一難
ひとまずウィルマの馬車も借りて、うちに女の子たちを連れ帰った。外出してきて早々に大量に女の子を連れて帰ってぎょっとされたものの、ひとまずは彼女たちにメイド教育を付けて欲しいと任せることにした。
「私が……こちらの皆さんの教育係ですか?」
俺が教育を任せたのは、いつぞやにミヒャエラに危うく俺の眷属として捧げられるところだったエリザだった。
彼女は当然ながら困惑の顔をしていたものの、俺は人間の教育は彼女が適任だと思う。
「頼むよ。彼女たち全員故郷を吸血鬼にやられてな……帰る場所もない以上、ここできちんとメイド教育を付けたい。その上で他で働き口があれば、そちらに移動してもいいけれど、今はまだ、他に格好の働き口も見つからないしな」
まさかミヒャエラに教育させて、戦闘メイドにする訳にもいかないしなあ。皆が皆、ウラではないし。なによりも俺がおいしくなさそうだと思ったから、彼女たちは俺の眷属にはできなさそうだ。うちで引き取ると決めた子たちをわざわざグールになんてしたくない。
俺の説明に、エリザは考え込むように顎に手を当てたものの、決意を秘めた目で大きく頷いた。
「わかりました……最近はどこも大変な様子ですし、ここで面倒を見なければ、最悪皆さん出家しなければならなくなりますし。若い身空でそれはいくらなんでもと思いますから、私が皆さんにきっちり教育を付けます」
教会に行ったら、最悪そのまんまエクソシストたちと合流。最悪各地のエクソシストたちがキレて吸血鬼狩りが激化するよなあ……そうなったらいよいよ俺も死期を悟らないといけない。でも他の強硬派の吸血鬼たちを鎮めないことには、リズの安寧が担保できない。
俺はエリザに何度も「彼女たちをよろしく」と伝えたら、彼女も張り切った様子でメイド服を何枚も用意して彼女たちに教育を付けることとなった。
やれやれ。ひとまずは彼女たちが日常に戻れるよう、仕事のノウハウを付けるのは、エリザに任せるとして。
俺はようやく自室に戻ると、ミヒャエラが「ご主人様、お疲れ様でした」とシードルとチーズを用意してくれた。俺はいつぞにや訪れた村のシードルとチーズをありがたくいただきながら頷く。相変わらずシードルはフルーティーで美味いし、チーズの程よいクリーミーな塩気ともよく合う。
シードルを飲みながら、今回の戦いについてミヒャエラと語らう。
「なんか今回はほんっとうに大変だった……まだそんな強硬派がいるんだよなあ。エクソシストに見つかるまでは俺の天下だって暴れ回っている奴が」
「そりゃあもう。だから穏健派は困っている訳ですしね。しかし今回の戦いにより、あの変態……失礼、マルティン邸が陥落しました。それにより、強硬派がより活発に動くでしょうね」
「なんでまた……たしかにあれは変態だったし、執事もグールも含めて相当手強いとは思ったけど」
「それはご主人様がシュタウフェンベルク様と手を組んだという噂が流れはじめるからですね」
「……俺とウィルマが組んだことのなにが、そう強硬派を刺激するんだよ」
「シュタウフェンベルク様は穏健派、中立派の中でも発言力の高い方ですから。そして、ここの死んだ旦那様は本来は強硬派です」
「それは聞いたけれど……中立派のウィルマが強硬派のうちと手を組んだことの、なにが問題なんだよ」
「それはベルガー邸が既に穏健派に乗っ取られたのではないかという噂が飛ぶからですね」
「……つまり、俺がここの旦那を殺してここん家を乗っ取ったことが、そろそろ強硬派も勘付くって、そんな寸法か?」
「おそらくは。シュタウフェンベルク様も、ご主人様が強硬派から狙われるだろうことを織り込み済みで手を組んだんだと思いますよ」
要はあれか。
俺が囮になって強硬派をばんばん引きつけて、その隙を突いてウィルマが私兵で叩くっていう、マルティン邸攻略と同じ手法を、今度は強硬派全般とやれってことなのか。
これまた面倒な。
俺は残ったチーズをヒョイパクと口にしてから、腕を組んだ。
「となったら、ここが戦場になることも考えないといけないか? うちにも人間の使用人が大量にいるっていうのに」
「いえ。強硬派の場合は心配に及ばないかと思います。吸血鬼は招待がなければ、基本的に屋敷内には入れませんから」
そういえばそうか。他の場合も招待を受けてからじゃなかったら入れなかった。マルティン邸だって、向こうからの招待があったからこそ、攻略できたんだから。
「ですが」とミヒャエラは続ける。
「そろそろエクソシストの心配はしたほうがいいかと思います。彼らは人間ですから、招待されなくとも屋敷内に侵入できますし、現状吸血鬼の使用人はわたしとウラ以外は皆殺しにしましたから問題は大きくないとは思いますが、強硬派がこちらの足を引っ張るために匿名で通報しかねませんから」
「ああーっ、そっちかあーっっ」
俺はガリガリと頭を引っ掻いた。そうなんだよな。敵の敵は味方にはならなくっても、敵の敵は武器にはなり得るんだから、嫌がらせで通報されるってこともある。悪いことをしていなくっても、エクソシストには穏健派と中立派、強硬派の区別なんて付かないだろうし。
俺は頭を抱えて、ひとまずシードルを飲むと、ミヒャエラは「そうですねえ……」と頬に手を当てた。
「さすがにエクソシストを眷属にするのは、気が引けます。向こうが眷属になったところで、こちらに組してくれるかは未知数ですし、なによりもむやみに戦闘能力を上げた上にこちらに招き入れるのは危険ですから。ここの使用人たちは人間ですから、向こうも保護してくれるかもわかりませんが、わたしたちは間違いなく血祭りにあげられますね」
「ですよねえ……どうしよう」
考えてみても、状況が詰み過ぎているんだ。
いっそ強硬派全員を血祭りにあげて、こうして皆平和に暮らしました。めでたしめでたしとしたほうがまだ安全な気がするくらいには。それで住んでる人間は普通に暮らせるけれど。
でもエクソシストはどうすればいいのか、こっちだってわからない。そもそも勝てるのか。いくら俺が普通よりは戦闘能力があり、魔力があるとはいえど、吸血鬼狩りに特化している集団になんか。
しばらく考えて「ところでミヒャエラ」と尋ねる。
「なにか打開策が?」
「いや、全然。今のところエクソシスト対策よりもまだ強硬派を殴ろうのほうが、まだなんとかなりそうな目があるけれど。それより、俺自身がこのままだと戦えないと思う」
そう言って、日頃用意してもらっている日傘を見せた。
マルティンとの戦いのせいで、すっかりと傘の布地が無くなってしまい、無残な姿になってしまっている。もうハリの部分を捨てて、剣だけで戦ったほうがまだマシなレベルだ。
「俺も日傘じゃさすがにマルティンより上の吸血鬼とは戦えないと思う。日傘もだけれど、服もな。このひらっひらじゃいい加減、お前たちを守ることもできない」
「まあ……まあまあまあまあ……」
ミヒャエラは口元を抑える。
……なんなんだよ、この反応は。
「ご主人様……だいぶ情緒がお戻りになりましたねえ?」
「へあ?」
「ご主人様、妹様がおられなくなってからというもの、本当に情緒が死んでおりましたから。わたしがいくらボケをかましたところでツッコミすら入れてくれず、投げっぱなしの宙ぶらりんで漫才ができずに大変寂しかったですから」
「そりゃあ、まあ……」
「でもそうですねえ……。まだ今の段階では女装は解かないほうがいいと思いますが、服についてはどうにか考えますね。女性用乗馬服でしたら、ひらひらしませんから多少なりとも戦いやすいかと思います」
「ああ、それならたしかに」
「それでは、失礼しますね」
ミヒャエラにペコリと頭を下げられ、空になった皿とグラスを下げられてから、俺はようやくベッドにボフンともたれかかった。
本当に今日一日よく戦った。前世では戦った覚えもないというのに、体に戦闘感覚が染み付いていた……きっとマリオンがどんどん少なくなっていく身内を守りながら戦っていたのが、体に染み付いているんだ。
なあ、マリオンよ。これから俺は吸血鬼強硬派との戦いに身を投じないといけないみたいだけれど。ここからいよいよリズのいるはずのエクソシストとの戦いも考えないといけなくなってきた。
正直、リズのいるところのエクソシストの支部は真人間だと信じてはいるが。他のエクソシストはどうだかわからないし、そいつらを倒してしまって、リズになんの影響があるのかが俺にもわからない。
詰みまくっている状態で、リズの安寧を担保できたら、一緒に拍手をしようや。さすがにここから先、俺はそろそろ自分の命まで捨てる計算をしないといけないけれど、守らないといけないものも増えてきたから、捨て時は考えないといけないと、そう思えてならないんだ。
****
攻略対象逆ハーレム計画は順調だと思う。
私を何度も何度も王都の教会に預けて戦線から引き離そうとしていたカミルが、とうとう私を戦線から離すのを諦めてくれた。好きな人と一緒にいたい気持ちと、戦闘能力のない一般人を戦線に置いておきたくない気持ちと天秤にかけた結果、好きな人を命がけで守るというところに傾いてくれたのね。
ずっと頑なだったルーカスのカウンセリングも、つい最近になって終わりを迎えた。ずっと淡泊だった子がようやく笑顔を浮かべ、グールを祓うとき以外にも聖歌を歌えるようになったのはいいことだと思う。守りたい、その儚げな存在。
そして私がカミルとルーカスの二股をかけているのを、見事咎めてきたのがいた。
カミルの親友にして、ここのエクソシスト支部のムードメーカーのレオンだ。
褐色の肌に金色の瞳がよく映える。赤い髪はウェーブを描いてうなじでひとつに束ねられている。カミルは潔癖の騎士で、ルーカスは儚い歌い手だとしたら、レオンは色香の剣士という印象だ。
そりゃ男を何股もかけて居座ってたら、普通に考えてサークルクラッシャーの姫として、部隊から追い出そうとするわね。それが賢明な判断だもの。
もっとも、レオンは私に注意するだけで、追い出そうとするつもりは毛頭ないようだった。
「しっかしまあ、女に免疫がないからとはいえど、お前さんも酷なことしてやるなよ。潔癖性のカミルに、そもそも聖歌隊にいたから女との付き合いゼロのルーカスをたぶらかすような真似なんて」
「あら、私たぶらかしてなんていません」
すんません。どうしてもたぶらかさないといけないために、バリバリたぶらかしました。
乙女ゲームでありがちな数股プレイも、現実でやればそりゃビッチである。お兄ちゃんを助けるためには、攻略対象を全員落とさないと安全を担保できないから、仕方なくやっているんだけれど。
私の悪びれない態度に、レオンは大きく溜息をついた。
「そういう気風のいいところ、そりゃ俺は好みだがな。だが、それをやられて勘違いする奴もいるんだ。気を付けるんだな」
「あら、じゃあレオンは、私に振り向いてくれないの?」
レオンは元々旅芸人一座に所属していた剣士だ。踊り子も大量にいた一座だったから、当然女慣れしている。だから初心初心な反応をつくったとしても、はいはいとあしらわれてしまう。
だとしたら、あなたを落としにかかっていますと最初から宣戦布告した上での突撃以外に、取れる戦法は限られている。駆け引き慣れしている人には、駆け引きする暇を与えないほどに、押して押して押しまくる。猪突猛進以外にないからこちらは必死だけれど、レオンは油断するとすぐにひょいとかわすから、彼の攻略が一番難しいんだ。
私の発言に、レオンは口元を歪めた。
「なんだ、俺まで落としたいのか?」
「そうね。嫌われるよりは好かれるほうが嬉しいわ。いけない?」
「ひとりだけを選べない相手にか?」
「私、誰かひとりだけ選んで誰かを不幸にするくらいなら、全員に対して責任を取るから愛して欲しいって思うの。それって強欲?」
「プハッ! ハハハハハハ……ずいぶんな強欲具合だなあ。そりゃハレムをつくり夫人も愛妾も何人も抱える連中は見たことがあるが、全員の責任を取りたい女は初めて見た」
まあ、とレオンは私の銀色の髪を撫でた。
「俺はともかく、あんまりカミルやルーカスをいじめてやるなよ。あいつらは俺と違って一途だからな。三分の一の愛情じゃ足りないだろうさ」
そう言ってさっさと立ち去っていった。
私はレオンに撫でられた部分に触れ。密かにガッツポーズを取った。
……あの人、一座の面々は皆家族という状態で育った人だ。そして複数対一の恋愛も普通に知っている人。
落とせる。この人さえ落とせば。
……お兄ちゃんを助けられる芽が出る。
でも不思議なことに、私が知っている戦況と変わってきている。一度私が連れさらわれて挙げ句の果てに蝋人形にされかけるイベントが発生しなかったのだ。あそこの吸血鬼は強硬派で、吸血鬼にも穏健派と強硬派といるって説明ができるはずだったんだけれど。
それに復讐に走ってあちこちで暴れ回っている吸血鬼の情報が全然入らない。
マリオンは無事なんだろうか。私の攻略ペースは、『禁断のロザリオ』本編と比べれば破格のスピードのはずなんだけれど、それでもなにか見落としている?
……悪い方向に考えちゃ駄目ね。お兄ちゃんを助けて、兄妹平和に暮らせるルートをつくるんだから。
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