第4話 最悪
翌日、田中管理官からメールが入って、所轄署から迎えの車が来た。僕と明石はそれに乗り込んだ。
所轄署の会議室にはバンドメンバーの3人が揃っていて、田中管理官もいた。田中管理官は「どうぞご自由に」とばかりに、明石に目配せした。
「僕は大学生の
バンドメンバーの頭の上に?マークが浮かんでいるのが見えるようだ。『推理士』は、まだそんなにポピュラーな仕事じゃないんだよ、明石。
「平たく言えば、県警の公式アドバイザーだ」
そこは『非公式』だろうが。
「小谷君の転落死の原因について、心当たりがある人はいるかな?」
3人は顔を見合わせたが、誰も発言しなかった。
「それじゃあ、小谷君が誰かに恨まれていたというようなことは?」
「あいつは人に恨まれるようなやつじゃないです」一人が言った。
「ああ、君は確かベースを弾いていた人だね。井上君といったかな」
「俺を知っているんですか?」
「君たちが演奏している映像は観ているよ。それでこのバンドのリーダーは誰?」
「リーダーっていうか、作詞・作曲・プロデュース、すべて小谷だから」
「小谷君のワンマンバンドだったってことかな?」
「ワンマンというのとは、ちょっと違います」もう一人が発言した。
「君はキーボード担当の人だね。
「小谷はバンドを民主的に運営していました。ちゃんと俺たちの意見を聞いて、演奏に反映させていたんです」
「すると、音楽面でのトラブルはなかったというわけだ。えーと、ドラムス担当の君は森田君だったな、それ以外でトラブルはなかったのかな?」
「決して金銭面でルーズだったわけではありませんが、よく金は無心されました。ただ、あいつはバイトをしていたので必ず返してはくれましたけど」
「何のためにお金が必要だったんだろうね?」
「妹の誕生日プレゼントだとか、高校の学費だとかですね」
山形君に無心していたのとは理由が違う。そうか、音楽のための機材費にかかるお金はバンドメンバーには無心せず、逆に妹や学費に関することは山形君には知られたくなかったから無心しなかったんだな。
「妹さんと父親とは血縁関係にないことを、君たちは知っていたのかな?」
明石の問いに、3人はまた顔を見合わせた。どうやら知らなかったようだ。
「小谷君は義理の妹を大学に行かせるために、高校の学費は自分で稼ぐと両親に言ったそうだ。義理の父親に遠慮したのかも知れない」
明石はメンバー一人一人の顔を見つめて、反応を確かめている。小谷君は自分の生い立ちに関しては、打ち明けていなかったようだ。
「そんなとき、ある事件が起こった。彼が学費を払うためにバイトで稼いだお金を、カツアゲされてしまったんだ」
えっ? 何を言ってるんだ明石、山形君が本当にカツアゲしたというのか?
「そうか、それで」ドラムス担当の森田君が言った。「小谷はそれを苦にして自殺したのか」
「ところが、容疑者は嫌疑不十分で釈放されてしまったんだな」
「・・・そうなんですか」
「井上君と榊君はどう思う? 小谷君は自殺したと思うか?」
「わかりませんよ」井上君が答えた。「さっきの話だと、小谷は自分の育った環境とかは秘密にしていたようだし、どんな悩みがあったのかは知るすべがない」
「では、殺された可能性についてはどう思う?」
「考えにくいですね」今度は榊君が答える。「小谷は表面上かも知れないけど、明るい性格でした。人懐っこくて、『一緒にバンドやろうよ!』と僕を誘ってくれて。気立ての良いやつなんです。あいつが殺される理由が見当たりません」
「そうか。それじゃあ参考までに、一昨日の午後6時前後に、君たちがどこで何をしていたのか教えてくれ」
「それは、アリバイってことですか?」森田君が驚いたように言う。「俺たちのうちの誰かが、小谷を殺したと思っているんですか?」
「あくまでも参考までに、ということだ。まさか言えない事情はないよね?」
「俺たちは3人とも、貸しスタジオで小谷が来るのを待っていたんですよ」井上君が答える。「一昨日はリハーサルの日だったから。でもあいつは来なくて、昨日友達から『小谷が死んだらしい』と連絡が来て」
「3人ともスタジオで小谷君を待っていたわけだ。間違いないね?」
明石は確認すると、
「では昨日から今日にかけて、小谷君の家にご焼香に行った人はいるかな?」
3人とも、また顔を見合わせた。誰も行ってないのか。
「どうして3人とも行ってないのかな?」
誰も答えない。まさかこの3人が共謀して小谷君を殺した?
「まあいいだろう。田中管理官、この3人のアリバイ確認をよろしくお願いします。そして次に、『スティーラー』のメンバーを呼んでいただけますか?」
「ちょっと待ってくれ」森田君が慌てたように言った。「『スティーラー』が、この事件に関係していると?」
「『スティーラー』を呼ばれたら、都合の悪いことでもあるのかな?」
明石は森田君に向き直って言った。
「あの仮面のギタリストは君だね、森田君」
えっ? まさかドラマーの森田君が? 森田君は、黙ってうつむいた。
「君の単独犯なんだろうが、2人にもまったく責任がないわけじゃない」
「俺は」森田君は再び慌てだした。「小谷を殺してなんかいない! アリバイもある!」
「そうだよ」榊君が同調する。「僕たちには小谷を殺す動機がない!」
「ああそうだよ!」
明石は立ち上がってテーブルをバンッと叩いた。今度は僕もびっくりした。こんなに感情的な明石を見るのは初めてだ。
「容疑は『殺人』じゃない! 盗作だ! あとの2人は、それを知ってて小谷君に黙っていた罪だ!」
そこで明石は深いため息をついた。
「だが曲の盗作は刑事事件で起訴するのは難しいから、民事裁判になる。遺族が盗作を証明するのは難しい。加えて、盗作が行われたことを知っていて黙っていた罪を裁く法律は、存在しない。殺人事件だった方が、まだましだ」
「明石、その発言は不謹慎だぞ」
僕は言ったが、構わず明石は続ける。
「小谷君がどんな気持ちで飛び降りたか、君たちはわかっているのか?」
「明石」僕は思わず問いただした。「小谷君は・・・自殺なのか?」
「そうだ。信頼していた仲間に裏切られ、どれほど絶望したか。彼の曲の歌詞を聞いた時に、その繊細さと危うさに気づいた。彼は純粋すぎた。素直すぎたんだよ。それなのに君は」
そうして森田君を指差し、
「カツアゲ事件を知ったとたんに、それが原因の自殺説を提唱した。それなら自分の罪の意識が軽くなるからな。ほかの2人もそうだ。自殺だということは、何となくわかっていた。カツアゲされたのが自殺の原因なら、森田君の罪も問われないし都合が良い。だが」
明石は再び声を荒らげた。
「遺族はどうなる! 怒りの持って行き場をどうすればいいんだ!? 殺された方がまだましだ、犯人が罪に服することになるからな! 小谷君の母親は、『息子の
「ただ売れたかっただけなんです」森田君は、俯いて泣きだしてしまった。
送ってもらう車の中で、明石はずっと黙っていた。
僕は明石を誤解していたのかも知れない。彼が事件に関わりたがるのは、謎解きを楽しむためだと思っていた。
何が『人造人間』だ、何が『アンドロイド』だ。今日の明石は、誰よりも人間臭いじゃないか。
「自殺とわかってて僕たちを呼ぶのはやめてください」
帰り際に、明石は田中管理官にそう言っていた。
「すまんな」田中管理官は、申し訳なさそうに答えた。「自殺の動機がわからないまま、自殺認定するのもどうかと思ってな。それに殺人の可能性も検証する必要があったし」
今回の事件は、推理士・明石正孝にとって最悪の事件であったに違いない。だから僕は、用意するようメールを打っておいた。
「正孝さん、誕生日おめでとう!」
ミステリー研究会の活動室に戻ると、佐山
明石の顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
(終)
【推理士・明石正孝シリーズ第7弾】明石正孝、最悪の事件 @windrain
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