第2話 山形君の父親


 小谷君の転落現場は、彼が通っていた高校の3階建て校舎のそばで、まだ立入禁止措置がなされていた。


「死亡時の状況を教えてください」

 明石の問いに、田中管理官が答えた。

「死亡推定時刻は午後6時前後で、屋上から落ちて頭を打ち、ほぼ即死だったと思われる。校舎の反対側はグラウンドがあったりして人目につきやすいんだが、こっち側は人通りも少なく、今朝まで気づかれなかったらしい」


「屋上から転落したというのは間違いないんですか? 3階の教室からの可能性はありませんか?」

「屋上の手すりから小谷君の指紋が検出されているので、間違いないだろう」


「死体は仰向けに倒れていたんですか、それともうつ伏せでしたか?」

「仰向けだ」

「頭の方向は校舎側ですか?」

「そうだ」


「三上、どう思う?」

 また突然僕に振ってきた。

「えーと、手すりを乗り越えて足から落ちたわけじゃなさそうだな。頭から落ちて、そのまま半回転した感じかな。手すりに背を向けた状態で、誰かに押されたというわけではなさそうだ。その場合は頭の位置が校舎と反対側になるか、うつ伏せになりそうな気がするからね」


 明石は黙っていた。あれ、珍しく当たったかな?


「可能性としては」少ししてから明石は言った。「手すり側を向いた状態で、いきなり両足をつかまれ、持ち上げられて落とされた可能性もある」

「殺人とすればそうだけど、これは自殺の可能性が高いんじゃないか?」

「いや、どちらにしても動機がはっきりしていない。まだ何とも言えないところだ」


 明石は田中管理官の方を向いて言った。

「山形君の父親を呼んでもらえませんか? これがもし殺人なら、父親には殺す動機があります。ぜひ確認しなければ」


「ちょっと待てよ明石」僕は慌てて言った。「いくらなんでも自分の息子を殺すか? せっかく山形君の疑いが晴れたのに、今度は父親に嫌疑をかけるなんて。どんな動機が考えられるというんだ?」


「小谷君は、いわゆる隠し子だ。妻にはその存在を知られたくないだろう。山形君も、母親には言わないよう口止めされたと言ってたじゃないか。間接的にでも脅されたなら、殺す動機にはなる、まずこの可能性を排除しないと」


 そうだった。明石の推理手法は、基本的に『可能性を排除していくこと』だ。これは明石にとって、避けて通れない道なんだ。



 山形君の父親とは会社帰りにコンタクトが取れたそうで、僕たちは取調室で今度は田中管理官の後ろに控えて彼と対面した。たぶん父親は、僕たちのことを刑事だと思っているに違いない。


「小谷翔太君のことでお伺いしたいんですが」田中管理官は、そう切り出した。「小谷君はあなたの息子さんですね?」


「誰からそれを聞いたんですか?」

 山形君の父親は、明らかに動揺していた。 


「実は、小谷翔太君は今朝、転落死しているのが発見されまして、それに関してあなたの息子さんの一郎君が事情を知っているのではないかと思い、いろいろと伺ったんです」


 そうだった、山形君の名前は『一郎』だったんだ。なんでも、日本人メジャーリーガーだった『イチロー』から取ったとかいう話だった。『イチロー』と違って全然目立たない、「ミスター・ミスディレクション」だから、すっかり忘れてた。


「翔太が・・・死んだ!?」

 これも予想どおりの反応だ。

「どうして・・・それに、一郎が何か関わってるんですか?」


「いや、一郎君は事情を聞いたところ、無関係とわかって帰ってもらいました。一つお伺いしたいのですが、一郎君は翔太君にお金を貸していた。そのことをご存じでしたか?」


「いや、聞いてませんが」

「本当にご存知ない?」

「知りません。一郎は翔太との金銭トラブルで取り調べを受けたんですか?」

「いや、そういうわけじゃありません。あなたは翔太君という隠し子がいることを一郎君に知られて、一郎君から叱責を受けたんじゃないですか?」

「それはそのとおりです。でも一郎には事情を説明して、謝りました」


「奥さんには言わないで欲しいと口止めしたそうですね」

「言えば喧嘩になりかねないですからね。妻も、一応許すとは言ってくれてたんですが、その話を持ち出すと、たぶんまた機嫌が悪くなりますから」


「奥さんは」明石は驚いて聞き返した。「知っていたんですか? あなたが浮気して相手に子どもができてしまったことを?」

「バレましたよ。でも、今後二度と浮気をしないのなら許すと言ってくれました。相手にも責任を持ってちゃんと養育費を払いなさい、と」


 予想外の展開に、明石はまた考え込んでしまった。


「それより、翔太はどうして死んだんですか? 事故なんですか? それとも自殺?」

「現在、殺人の可能性も含めてまだ調査中です」

「殺人? そんな馬鹿な! あの子は人から恨まれるようなことは決してしない! 片親だけでも、あんなに良い子に育ったんだ。義理の父親ともうまくいっていると聞いている。殺されるなんてことは、絶対に・・・」


 そう言うと、山形君の父親は、人目も憚らず泣きだした。




「明石君、次はどうしたら良いと思う?」

 田中管理官は、すっかりお手上げのようだ。


「小谷君の両親に会って確認したいことがあります。養育費の使い道についてです。山形君の母親にキックバックされていた可能性がないか」

「はあっ?」僕は思わず問いただした。「それはどういうことなんだ、明石?」

「普通なら、山形君の母親が不倫相手を訴えて慰謝料を請求してもおかしくないケースだ。それが逆に、養育費を支払えと言ったことに違和感を感じる。夫を懲らしめるために言ったことで、実際は慰謝料代わりに取り上げていたのではないか?」


 田中管理官は、ふうっとため息をついて言った。

「お通夜の自宅に行ってみるとするか」



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