第3話 小谷君の母親と動画
通夜に訪れる人々に対して、小谷君の母親は気丈に振る舞っていたのに、義父の方が
「翔太君の死因については、まだ捜査中なんですが」ここでも田中管理官が聞き取り役だ。「一つ確認したいことがありまして。山形さんから養育費を受け取っていたというのは事実でしょうか?」
小谷君の母親は、頷いて答えた。
「私もシングルマザーとして一郎を育てていくのが不安でしたから、養育費の申し出は大変有り難かったです。結婚することになったときに、もう結構です、今までどうもありがとうございましたとお伝えしたのですが、高校を卒業するまではとおっしゃってくださいまして」
「その養育費は、本当に翔太君を育てるために使われたのですね?」
「はいそうですが、それはどういう意味でしょうか?」
田中管理官が言い渋ると、
「山形さんの妻に、養育費を取り上げられていたのではありませんか? 不倫の慰謝料代わりとして」
明石がばっさりと言ってしまった。田中管理官の表情に、動揺の色が見える。
「そんなことはありません」小谷君の母親は、強い口調で否定した。「私は奥様にお目にかかったことはありませんが、そもそも養育費を出すように言ってくれたのは、奥様の方だと聞いています。おっしゃるとおり、不倫相手の私に慰謝料を請求してもおかしくない立場なのに、養育費をくださるというのですから、感謝の気持ちしかありません」
今回もどうやら、明石の見通しが外れたようだ。だがこれも可能性を潰していくという、明石の想定の範囲内なのだろうか?
「それよりも、あの子が自殺するとは考えられないんです。そんな兆候はまったく見られませんでしたし、遺書らしきものも見つかりません。誰かに突き落とされるようなことも考えられません。あの子は人に恨まれるような子ではないですし、そうすると落ちたのは何かの間違いだったとしか考えられないんですが、あの屋上の手すりは充分な高さでしたし、破損しているようなところもありませんでした。私はもう、わけがわからなくて気が狂いそうなんです」
突然、母親の目から涙がこぼれ落ちる。今まで懸命に
「もし誰かがあの子を殺したのなら、私は絶対に許しません。一人殺しただけでは死刑にはならないでしょう。だから私が
「落ち着いてください」慌てた田中管理官は、もはやありきたりのことしか言えなかった。「息子さんは、あなたが罪を犯すことを決して望んではいませんよ」
「もしこれが殺人事件だとしたら」所轄署の会議室に戻った明石は言った。「あとは小谷君の交友関係を洗うしかないな。手始めはこれだ」
ノートパソコンの画面には、小谷君のバンドのスタジオライブ映像が映し出されていた。小谷君がボーカルとギターで、あとのメンバーはベース、キーボード、ドラムスの全部で4人編成だった。
ロックの部類に入るのだろうが、歌っている内容は恋愛についてのようで、メタリックな音と違って軟弱な歌詞だった。
「三上、知ってるか?」4~5分の曲を聴き終わった後、明石は言った。「昔のロックはボーカルが前座で、ギターが主役。だからギターソロが無茶苦茶長かったそうだ。ギタリストの
「へえ、明石もロックを聴くのか。意外だな」
「何を聴くと思ってたんだ?」
「ん~、テクノポップとかかな」
「ああいう機械的な音は、苦手だな」
君は陰で『人造人間』なんて呼ばれていたんだがな。
動画のコメント欄をスクロールしていた明石の指が止まった。
「面白いコメントがある」
僕が画面を覗くと、そこにはこう書いてあった。
『この曲、「スティーラー」のパクりだよね?』
明石はその動画サイトで、『スティーラー』を検索した。
「バンド名のようだな」
3曲ほどの動画があったので、ひとつずつ再生してみると、3曲目が小谷君のバンドのさっきの曲とほとんど同じだった。
「見ろよ三上、この動画がアップされたのが1週間前で、小谷君のバンドがアップしたのは2日前だ」
「それでパクリだと言っているのか。『スティーラー』って『盗っ人』という意味だよな? それなのにパクられたっていうのか。皮肉なもんだな」
「アップしたのが先だから、そっちがオリジナルだとは限らない。練習期間もあるだろうしな」
「まさか、『スティーラー』の方がパクった?」
「名は体を表しているのかもな。これを見てみろ」
明石が指差したのは『スティーラー』のギタリストだった。そいつはニット帽を被ってフルフェイスの仮面をつけていた。
「こいつがいかにも怪しいな」
そう言った明石は、そこで大あくびをした。
「今日のところはここまでだな。あとは明日だ」
そして会議室を出ると、田中管理官を見つけて動画についてひととおり説明した後、最後にこう言った。
「遅くなったので今日はこれで帰ります。明日、バンドメンバーを呼んでください」
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