【推理士・明石正孝シリーズ第7弾】明石正孝、最悪の事件

@windrain

第1話 山形君

 ちょっとしたサプライズになるはずだった。


 最初に言い出したのはミステリー研究会の主催者である春日かすがだが、そこに至った情報提供者は、中学生の佐山美久みくちゃんだった。


 いつの間に誰から聞き出したのか、明石の誕生日を知ったこの中学生は、明石のバースデイ・サプライズをやろうと春日に持ちかけたのだ。


 そういうわけでバースデイケーキを用意して、あとはサークルの活動場所である会議室に、明石が入ってくるのを待つだけだったんだが・・・。


 引き戸を開けて明石が入ってきたと思ったら、その後から田中管理官が入ってきた。


 またかよ・・・。事件を運んでくる男、県警本部捜査一課の田中管理官。今度は何の事件だ?


「山形君はいるかね?」


 えっ? ミステリー研で一番目立たない男、人呼んで『ミスディレクション(視線誘導)の山形君』に、いったい何の用?


「山形は僕ですけど、何か?」

 山形君がおどおどして答えると、

「ちょっと聞きたいことがあるんで、所轄しょかつ署まで付き合ってくれないか」


 山形君が青ざめるのも無理はない。捜査一課の管理官といったら、殺人事件などの重大事件を指揮する立場の人だ。そんな人が突然やってきて、「所轄署で聞きたい」ときたもんだ。


 逮捕状は持ってないようだが、管理官自らおもむいたということは、山形君は重大事件の参考人か、容疑者である疑いが強い。どうなるんだ、これ?


「僕も一緒に行く」

 明石の一言で、山形君は少しホッとしたようだ。ということは、僕も一緒に行かなければならないな。


 春日たちと中学生の美久ちゃんは、呆然として僕たちを見送っていた。明石のサプライズ・パーティは、明日に繰り延べだな。ケーキは冷蔵庫にしまっておけば、悪くはならないだろう。




 所轄署の「取調室」で事情聴取が行われるということは、やはり山形君はただの参考人ということではないようだ。


「ちょっと確認したいことがあるだけだから、リラックスしてくれ・・・といっても無理か」

 聴取は田中管理官自らが行うのか。一応、ミステリー研は捜査に協力したことがあるから、これは特別な配慮なのかも知れない。


 明石は山形君の隣に座っている。僕はその後ろに控えた。


「小谷翔太君は知ってるよね?」

 山形君がピクッと反応したのが、後ろからでもわかった。

「今朝、高校の敷地内で遺体で発見された。屋上から転落したようだ」


「小谷君が!?」

 山形君は、本当に今知らされたような反応だ。


「事件と事故の両面から捜査している。それで聞き込みをしていたら、君の話が出てきた。1週間程前に、君が小谷君からお金を受け取っていたという証言があったんだ」


「借金でも返してもらってたのか?」

 明石が尋ねると、山形君はうなづいた。


「証言してくれた人も、最初はそう思ったそうだ。だが、小谷君が転落死したと聞いて、もしかしたらあれはカツアゲだったんじゃないかと言うんだ」

 田中管理官が言うと、

「山形君がカツアゲなんかするはずがないでしょう」明石が口を挟んだ。「彼はミスディレクションの達人ですよ? そんな目立つ真似をするはずがない」


 いやそれ、山形君をディスってるし。


「小谷君の家は家庭環境が複雑で、母親は実母だが、父親は義父だそうだ。その義父は再婚で、娘がいる。つまり実母と義父、義理の妹がいるわけだ。決して裕福な家庭でもないため、小谷君は高校の学費はアルバイトをして稼ぐから、妹を大学へ行かせるために貯蓄してくれと言っていたそうだ。自分は大学に行く気はないから、と」


「そうなんですか?」

 小谷という高校生の家庭の事情も、山形君は知らなかったようだ。


「それで、納めようと思っていた学費をカツアゲされて、ショックのあまり投身自殺したのではないか、と証人は言ってるんだ」


「そんな・・・」

 山形君は小刻みに震えている。


ぎぬですよ、そんなのは」明石がまた口を挟む。「お金を貸したほかに、そんなことを言われる筋合いはない」


「実は、小谷君は僕の母違いの弟なんです」

 山形君は、唐突に衝撃的な事実を語り始めた。


「最初は彼の方から話しかけてきたんです。いきなり『兄さん』って言ってきて。『俺だよ、翔太。お父さんから聞いてない?』って。話を聞いたら、うちの父親と小谷君の母親が不倫してできた子だって。そんなこと初めて聞いたから」


「それって」思わず僕は聞いてしまった。「山形君がまだ小さい頃に父親が不倫したってことになるよね? 事実なの?」


「家に帰って父さんを問い詰めました。事実だそうです。『怒られるから、母さんには言うなよ』と口止めされました。そのあと何日かして、また小谷君と会ったときに、『お母さんは元気?』と聞かれました。なんで君がうちの母さんの話をするんだと思ったんですが、そのあと『バイト代が出たら返すから、1万円貸してくれない?』と言われました」


「むしろ、そっちの方がカツアゲっぽいな」

明石が言うと、山形君は、

「僕もそう思いました。貸してくれなきゃ母さんに本当のことを話すぞ、と脅されたと思いました。一応『返す』とは言ってましたけど、たぶん言葉だけだな、と。だけど」


 そこで彼は身を乗り出した。

「彼は本当に返してくれたんですよ。それで僕は、彼を誤解していたことに気づいたんです」


「彼は借りたお金を何に使ったんだろうね?」

 田中管理官が尋ねると、

「彼は『アストロノーツ』というアマチュアバンドを組んで活動していて、動画サイトにチャンネルも持っているんです。ギターを担当していて、どうしても欲しいエフェクターがあるということでした」



 山形君はそこまで聴取を受けると、意外にも帰された。


「どう思う?」

 田中管理官が明石に尋ねる。


「彼は正直に話していると思いますよ。一応確認したんですが、動画サイトに『アストロノーツ』というバンドのチャンネルもありましたし」

 明石はそう言って、ノートパソコンの画面を田中管理官に見せた。そこには小谷君のバンドが演奏している動画が映っていた。


「カツアゲ疑惑も誤解だったようだし、どうやら山形君が小谷君の死に関与しているわけではないようだ。ホッとしたよ」

と管理官は安堵あんどしていたが、

「ホッとしてる場合じゃないでしょう」

と明石が呆れたように言う。

「小谷君が転落死した原因は、まだわかっていないんでしょう? とりあえず、現場を見せてもらえませんか?」

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