第二話 佐久良売、二十一歳。
二月。
夜。
二十一歳の
カタン。
入口の戸が開いて、十九歳の
白く艶を放つ肌。
この部屋を出て行った時には、きっちり紅がひかれていた唇からは、すっかり紅が落ちている。
その唇は、紅が落ちてなお輝き、
「
「ふふん。帰ったわ。悪いわね、今日も、衣を解くのを手伝って。」
悪いわね、と言いつつも、この
この
ただ、
畿内出身の采女に、地方出身の采女は差別されるのである。
だが、この藤売は苛烈な性格で、この二月のあたま、新しくこの部屋に住むことになって、初日、
「あたくしに従わないと、承知しなくてよ。」
と抜け抜けと宣言してきたのだ。
藤売は権力がある。なにせ、もともと、恐れ多くも
「寝てて良いわよ。でも、あたくしが部屋に帰ってきたら、起きて、衣を解くのを手伝ってちょうだい。」
とは、以前言われた、藤売の
「うふふ……。」
藤売は上機嫌で、首もとの紅い首飾りをいじっている。
「まあ、それは?」
聞いてほしそうにしてるので、
「かけまくも
藤売はうっとりと言う。
部屋は暗く、顔は良く見えないのだが、艶が紅色となってしたたり落ちそうな濃厚な気配がする。
(すごい色気。)
これなら、ご寵愛をうけるのも頷ける。
恐れ多くも皇太子さまのご寵愛をうけるなんて、藤売がちょっとは羨ましい。
が、
(
夜着に着替えた
「お腹すいたわ。」
と言い放つ。
「あたくしの
ときいた。
「いいわね!」
藤売は嬉しそうに返事をした。
壺から、とろり、としたたる蜂蜜を木のさじですくいあげ、
「ありがとう。」
藤売は美味しそうに食べながら、首をかしげた。
「あなたは?」
「今はけっこう。」
(こっちは眠いんだわ! 食べるより寝かせろや!)
と
藤売は上機嫌で、
「
と笑った。
采女は、豪族の娘である。地元では、
簡単な皿洗いを、
「あたくしに何をさせるつもりですの? あたくし、そんな事できませんわ。」
としゃあしゃあと言った新入りの采女を、皆の前で、頬を張り倒してやった。
あたくしは、甘えた
「何をするつもりでここに
新入りの采女は大泣きをした。
叱っていない他の新入りまで、一緒に手を取り合って泣いていたのは、何故であろうか……。
「あなた、悩んでるの? 気にすることないわ。怖いって人から陰口叩かれたって、何よ。
この
「悩んでません。怖いって言われたって……、事実ですわ。」
昔はこうでなかった。
長い采女暮らしが、
いつしか、眉根をよせ、口もとは笑いを忘れ、怖い、と言われる顔を、常にするようになった。
鬼より怖い
まさしく、正しい。
「じゃあ、何?
いつもこの時間、布団で寝て、あたしが帰ってきたら、起き出すじゃない。
今日に限って、なんで、椅子に座ってたの?
……あの
なにげに、藤売は良く見ている。
「ええ。
……良い方と婚姻したって、知らせてくれました。」
「ああ、十六歳。良い年ね。婚姻にぴったりの年齢。……あなた、もう二十一歳だものね。婚姻に適した年齢、過ぎちゃったわね。」
ふふふ、と藤売は意地悪く笑った。
二十歳を越えると、女は、婚姻に適した年齢を過ぎた、と世間ではされている。
「意地悪ね。」
「ふふふ。」
藤売は、何故だか、こういった毒を含む会話を好む。
「まあ、それも皆無ではないけれど、それより……、
それがもう、
婚姻の宴に、出たかった。
「
そう
どうしても、その想いがこみあげ、布団に横になる気にならず、ぼんやり、倚子に腰掛けていたのだ。
藤売は、
「馬鹿ね……、あなたは、采女なんだから。」
ちょっと苦しそうにそう言い、皿を、かたっ、と机に置いた。
倚子を立ち、
「あげるわ。二つ。あなたと、あなたの
会ったら、今日の日の事を話しなさい。
あなたが、どんなに
祝福がしたかったか。
忘れず、その時に、直接言いなさい。」
そして、二つの首飾りを、
とても高価なものだ。
「こんな高価なもの……。」
「いいのよ。あたくしは、
それに、もう、……この、
そう藤売ははにかんで、笑った。
暗闇でも、ホタルの光が弾けるような、恋の幸せに満ちた気配を、佐久良売は感じた。
「大事にしますわ。ありがとうございます。」
藤売は、
だから、長い付き合いになると、とんとんの関係になるであろう。
「もう寝る。」
藤売は
「器は片付けておいてね。おやすみ。」
とさっさと先に布団にもぐってしまった。
「はい。」
と返事をする。
そして、二つの首飾りを、木簡の上に、綺麗にそっと置いてみた。
木簡が首飾りをしたようだ。
この木簡は、たしかに、
(今はまだ、直接は渡せないけど、気持ちが、空を駆け、届くと良いな。いつか、会えたら、この美しい首飾りをあげるわ。
木簡には、こうも書いてあった。
───
にほはむ
咲きなむ時に
* * *
───
あたくしのたった一人の、大切な、お姉さま。
まだ、お帰りにならないのですね。
会いたいです。
あたくしは、真っ赤なツツジの花咲く小道で、笑顔で、お姉さまをお迎えする日を、夢見ています。
待っていますわ───。
───完───
丹つつじの匂はむ時 〜佐久良売と都々自売〜 加須 千花 @moonpost18
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます