丹つつじの匂はむ時 〜佐久良売と都々自売〜
加須 千花
第一話 佐久良売、十一歳。
にほはむ
咲きなむ時に
万葉集
* * *
奈良時代。
「にゃあん、にゃあん、待て待て、ねこー!」
てててっ、可愛らしい五歳の
猫は、白い毛並みに、
紅い紐を首から長く、垂らしている。
「にゃあん、
地面を引きずる紅い紐を、
彼女は飼い主であり……
「あ───ん!」
「
彼女のお付き、
主である
「やっ!」
「え───ん、つーつーじーめーさーまぁ〜!」
と叫ぶ。
その時、横から、すい、と白い手がのびて、猫をあっという間につかまえた。
その手は、
にゃあん。
一声鳴いた。
ふわふわの里夜を抱えた、十一歳の
「
猫は、
紐を外してはいけない、といつも言ってるでしょう?」
「
五歳である。だん、だん、足を踏み鳴らし、
「めっ!」
彼女の姉は、眉根を寄せて、怒ってみせる。
一歩下がった後ろでは、塩売が感謝をあらわし、幼いながら、礼の姿勢をとる。
「さあ、
「やあん! 戻らない!
ててっ、走り、
正面には
「
と、後ろに控えた、己の
「母刀自は、お身体が弱いのよ。良く寝ていないと、いけないわ。
と背中を優しくたたいて、言い聞かせた。
優しくされて、
「はい。」
と素直に返事をする。
「いいわ。ちょっとだけ、あたくしが遊んであげる。だから、一緒に部屋に戻りましょう。」
「本当?」
「本当よ。」
「
「わかりました。」
「ねーえさまっ、ねーえさまっ。」
猫を抱いて歩き出した
ここは、山の上。平らかではなく、坂道が多い。
紅いつつじの花が群れ咲く小道を、幼い従者を引き連れ、美しい姉妹が通る。
ふと、
「
「にほはむ時の───、
二人の名前が入った、この唄は、姉妹のお気に入りの唄だった。
「咲きなむ時に───、山たづの───。」
母刀自のお気に入りでもある。
(……
母刀自は、ふせったり、体調が良くなったりの繰り返しだ。
(
寂しい思いはさせない───。
母刀自は、ふせっていても、生きてさえいてくれれば、あたくしは、充分。)
「
「はい!」
元気に返事をし、ぴょん、とその場で飛び跳ねて、ツツジの花を手折りにむかった。
紅いツツジの花の向こうから、
「
とうろうろ
「母刀自ぃー、ここですー!」
にゃあん。
と鳴いた。
すると里夜は、ごろごろ、と素敵な音を喉から発するのだった。
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