三下悪役に転生したタイムアタック勢、勇者をさしおき魔王討伐RTAを始めてしまう

雨雲ばいう

序章 タイムアタック勢、タイマースタートする

第1話 タイムアタック勢と魔造人間

 胸に暖かみを感じて、少年はまぶたを開いた。


 少年がいるのは、薄暗い洞穴の中だった。頭巾を被った大男が転がっている子供たちの体に赤く光る炭の燃えさしをいれている。自分もそのうちのひとりらしかった。


「歩け。」


 男の命令に体が勝手に従って、どこかにむかって歩きはじめる。


 それはほかの子供たちも同じだったようで、ぞろぞろと行列ができた。みんな無表情で、ぴくりとも口を動かさない。


 少年はいったいなにが起こっているのか理解できなかった。ここはいったいどこなのだろう?


 くねくねとした抗道を辿っていくと、ついに明かりがみえた。


 外は真っ暗だった。溶岩の湖をへだててむこうに灯りのついた街がみえる。そのまわりをたくさんのたいまつが囲んでいた。


 鎧をきた男たちがいて、木箱をもたされた。いったいこれからどうするのだろう。


 男たちに連れられて街まで歩いていく。近づくたびに怒号と金属のこすれあう音が聞こえてきた。


「あそこに城壁がみえるな。あの下までいってこのひもに火をつけろ。」


 そこは戦場だった。


 真っ赤な岩が街にむかって投げ入れられている。その脇では煮えたぎる油が城壁の上から注がれていた。


 同じように木箱を持った子供が少年の隣を街にむかって駆けていく。


 だが、城壁にたどり着くまえに矢で射抜かれた。地面に投げ出された木箱が爆発する。木箱の中には火薬が入っていたらしい。


 少年は理解した。


 少年たちは手にもつ木箱で城壁を爆破させられるのだ。


「どうしてこんなことをするんですか?」


 少年が問いを発したことに驚いたのか、男が目をしばたたかせた。


「おい、魔造人間は心をもたないんじゃなかったのか? まぁいいか、あのアレンベルクという街を攻め落とすためだよ。」


 魔造人間、アレンベルク、攻め落とす。


 その言葉に少年は衝撃をうけた。聞き覚えがあったからだ。


 キングダム・オブ・アンダーグラウンド。


 それは、魔物に追いやられて滅亡の淵にある人間を救うため、勇者が魔王を討伐する旅を描いたゲームである。そして、少年がこよなく愛したタイトルでもあった。


 今、男が口にした言葉はどれもそのゲームに出てくるものだったのだ。


 アレンベルクの攻城戦、それは魔王に寝返った辺境伯が王国に反旗をひるがえした戦いだったはずだ。


 魔造人間とは、魔王の力を借りて辺境伯が発明した使い捨ての兵士たちのこと。早い話がわらわらと湧きでてくる三下の敵のことである。


 少年はどうやらその魔造人間になってしまったらしい。


「さぁいけ。絶対に城壁を崩してくるんだぞ。」


 命令されるまま、まわりの子供たちは城壁にむかって走っていく。だが、飛んできた矢にばたばたと倒れていった。けっきょくみんな死んでしまったようだ。


 あちこちで不発に終わった火薬が爆発する。男たちはため息をついた。


「もう種は割られているか、無駄だったな。」


 残念そうに首を振る男たちが、いまだそばに残っている少年に気がつく。


「まだひとり爆発していないものがいるぞ。故障か?」


 不思議そうに近づいてくる男のまえで、少年は口の端をもちあげて笑った。


 少年は喜びで胸がいっぱいになっていた。夢がかなったのだ、あのキングダム・オブ・アンダーグランドの世界にやってこれたのだ。


 まさか愛してやまないこのゲームの世界にくることができるなんて少年は信じられなかった。それは何度もベッドの中で妄想していたことだったからだ。


 考えるよりも先に口が動く。それはいままで数えきれないほど口にしてきた言葉だった。


「初めのムービーが終了して自キャラが動かせるようになりました。タイマースタートです。今回走るのはany%魔王討伐RTAです、わくわくしますね。」


 少年はこのゲームを愛している、たしかにそれは間違いではない。


 しかし、それはごく普通の人間の楽しみかたではなかった。むしろ、世間では小首をかしげられそうな、理解に苦しむ遊びかたである。


「タイマーストップは魔王の心臓が停止した瞬間、いきましょう。」


 早い話、少年はこのゲームのタイムアタック勢だったのだ。




 少年に近づいた男の首に木の枝がつきささる。言葉を口にすることもなく、その体が地面にくずおれた。


「キングダム・オブ・アンダーグランド、略してキングラではモブ敵が油断していているとき弱点に攻撃をあてれば一撃でHPを削ることができます。積極的に利用していきましょう。」


「おい、どうした?」


 少年は倒れた男の体をまさぐる。短剣を手にとるとすぐに次の獲物めがけて駆け始めた。


「辺境伯の傭兵は序盤ででてくる敵としては経験値が美味しいのでスポーンしているうちにできるだけ倒しておきたいところです。」


 困惑している傭兵に飛びつき、目に短剣を突き刺す。刃先をぐりぐりと動かしてとどめを刺すと、すぐにその場にしゃがんだ。


「っ! よくも仲間をやってくれたな!」


「横への薙ぎ払いですね。連撃なので欲をかかないよう注意。」


 大ぶりな剣が少年の頭上を通り過ぎていく。続く二撃、三撃をすべて避けた。


「なっ、どうやって見切って……。」


「上から下への振りおろし、次に前へ突き。はい、これでもう終わりです。」


 剣を前につきだした傭兵は懐にもぐりこんだ少年を攻撃できない。胸に深々と短剣を突き刺されるとそのまま息絶えた。


 一瞬で三人もの命を奪った少年は眉ひとつ動かさず、死体をあさり始める。


「序盤の装備はここで整えておきたいですね。この後の敵はろくなものをドロップしませんから。……おっ、この『名もなき傭兵の長剣』はいいですね。」


 少年はその小柄な体に不釣り合いなほど長い剣を背負うと、たいまつが集まっているほうへ走り始めた。


「確率がデレてくれたので余裕があります。このぶんだと経験値をかなり稼げそうだ、これはもう傭兵でレベリングするしかありません。」




「ひぃっ! ひぃぃいいっ!」


 片足がもげた一人の傭兵が地面を這いずり回っている。


 ついさっきまで焚き火を囲んでいた仲間は、肉片となって飛び散っている。


 背後からは剣が突き刺さる音と断末魔が聞こえてきた。


 魔造人間が次々と自爆していくのを遠くから見張る、それだけの簡単な仕事のはずだった。だが、いきなり木箱が野営地に放り投げられ、爆発した。


 その後はまさしく地獄だった。


 白髪の少年の姿をした魔造人間が襲いかかってきたのだ。ひどい火傷を負った仲間たちはもはや剣をとることもできず殺されていった。


 そして、この傭兵もすぐにその後を追うことになった。


 頭上から剣が振り下ろされる。少年は狙い違わず頭を切り落とした。


「いいですね、経験値が美味しいです。辺境伯の傭兵狩りはやっぱり鉄板ですからね。でも、そろそろあのイベントが来るかな?」


 少年は警戒するようにまわりを見渡す。すると、傭兵の死体の裏に隠れていた少女と目があった。


 少女の口のまわりは血で汚れていて、歯には臓物の切れ端がひっかかっている。それは間違いなく傭兵の肉をあさった跡だった。


 少年は首をかしげる。


「あれ、想定していたものじゃないですね? この少女はみたことがありません。傭兵の差分グラフィックでしょうか。」


 少年の剣がゆらゆらと動き出す。慌てて口を拭った少女がひきつった笑みを浮かべながら後ずさった。


「違いますよ、わたしは傭兵じゃありませんから。通りすがりの旅人ですのでお気になさらず~……。」


 冷や汗を流しながら、少女が立ち去ろうとする。


「オオオオォォォォォォォォォッ!」


 だが、次の瞬間あたりに響き渡った咆哮に足を止めた。明らかに獣ではない、人間の野太い声だ。


「ううぅぅぅぅぅぅっ、わしの手駒を壊した不埒ものは誰だぁっ!」


 石英の木々をなぎ倒しながら、巨体が姿を現す。金属鎧をまとった大男は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら少年たちを睨んだ。


「来ました、傭兵隊長です。辺境伯の傭兵を一定数倒すと一度だけエンカするレアボスで、これもまた経験値が美味しいです。傭兵レベリングの〆ですね。」


「あ、あぁぁぁぁっ……。」


 青ざめた顔でガタガタと震えている少女の横で、少年は剣をかまえた。

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