第3話 タイムアタック勢と立て坑

「君はふざけているのか! ロストレイの立て坑の最深部は一流の鉱石師でも死を覚悟して足を踏み入れる魔境なんだぞ!」


 我に返った青年が少年の肩をわしづかみにして揺さぶる。少女はもはや諦めたかのようにしゃがんで地面になにやら落書きをしていた。


 その時、大地の底からトロッコが轟音とともに現れる。途中何人かの人間をひき殺しかけながら、木製の発着場につけた。


「しかも、どうしてよりにもよって来たのが唯一最深部まで人をつれていけるロドムじいさんなんだ。」


 青年が顔をしかめる。相変わらず反復横跳びをしていた少年はトロッコに飛び乗った。


「乱数調整のおかげです、久しぶりに一発で決められました。おじいさん、最深部までお願いします。」


「あいあい、お仲間さんはとっとと乗りな! わしはトロい奴が大嫌いなんだ!」


 そのトロッコの先頭に座っているのは、白目をむいたどう考えてもまともでない老人だった。鉱石師とは到底思えない少年の姿も気にせず、手に持つ鈴をかき鳴らす。


 浮浪者はすでにトロッコの後ろにぐったりともたれかかって居眠りをしていた。しばらく悩んだようにトロッコを見つめた後、少女は思いつめた表情で乗りこむ。


「でも、わたしにはこの人しかいないんだ……。」


「もういないかい、それじゃ出発するぞぉ!」


 気が狂ったかのように鈴が鳴らされる中、青年は唇を噛んだ。青年のまわりに仲間のふたりが集まる。


 魔法使いが青年の耳元に口を寄せる。もうひとりの仲間はトロッコの上の少年たちを冷めた目つきでみつめていた。


「いくらなんでも最深部は無茶だ、俺たちだって準備しなけりゃいかん。鉱石師が身の程知らずのことをしてくたばっていくのなんか日常茶飯事だろう。」


「だが……。」


「鉱石師が背負えるのはてめえ一人だけの命だろ? 今日のことは悪い夢だったとおもって忘れちまったほうがいい。」


 老人がついにトロッコの炉に石炭をくべる。煙を吐き始めたトロッコはやがて動き出した。青年の横をトロッコが通り過ぎていく。


「っ、それでも僕は彼らを見捨てられない!」


「あっ、おい!」


 その瞬間、青年はこらえきれないようにトロッコに飛び乗った。トロッコが横坑にむけてどんどん勢いを増していく。


 慌ててトロッコを追いかけようとする青年の仲間たちの姿がどんどん小さくなっていった。トロッコは暗く狭い坑道をどんどん下っていく。


「ごめんなさい、わたしたちのためなんかに……。」


「いや、かまわないさ。これは僕が勝手に決めたことだからね。っ!」


 青年と少女が言葉をかわしていると、瞬間トロッコが大きく揺れた。心なしか勾配がどんどんときつくなっていく。


「ギャーッハハハハッ! 楽しくなってきたなぁ!」


 それなのにも関わらず、老人は炉にありったけの石炭を放りこんだ。火花を散らしながらトロッコはレールの上を爆走していく。


 少女はもはやなにも考えず隣の少年にしがみついていた。浮浪者は宙を舞っていった酒瓶をいつまでも名残惜しげにみつめている。


「…あれ、ロドムおじさんのトロッコってこんなに遅かったでしたっけ。」


 少年が放った言葉はただでさえ弾丸のように地中を駆け抜けているトロッコの上の誰もが顔を青ざめさせるほど恐ろしいものだった。


「あぁ?」


 老人の底冷えするような声がトロッコに響く。なぜか静かになったトロッコの中で老人は懐から真っ赤な岩をとりだした。


「そうかい、小僧。お前はこの程度ではぬるい、わしの全力をみせてみろと言いたいわけじゃな?」


 そして、それを無造作に炉に放りこむ。


 瞬間、トロッコが爆ぜるように加速した。時折車輪がレールから離れる浮遊感が少年たちに襲いかかる。


「ひぃいいいいっ! なんであなたはいつもよりにもよって最悪の言葉を最悪の瞬間に口にするんですかあぁぁぁぁぁっ!」


 トロッコはさらに速度をあげ、もはや落下しているかのような速さで立て坑の最深部めざして突っ走っていった。



 固い岩盤をくり抜いた、狭い坑道に放り出される。


 「ほい、ここが最深部だ。またのご利用お待ちしてますってな。」


 老人の動かすトロッコが遠ざかっていく。地下水が壁から滴る音だけが静かな坑道に響いた。


「それで、アアアさんはこんな危険な最深部まできてなにをするっていうんですか?」


 青年がしきりに周囲を警戒するなか、少年は入り組んだ坑道をまるで慣れ親しんでいるかのようにすすんでいった。


「『ロストレイの立て坑』で採取できるもっとも高価なアイテムは『燐光石』です。それを見つけられるだけ見つけていきます。」


「燐光石って……。確かにとても高く売り買いされてる鉱石だけど1年にひとつ見つかるか見つからないかぐらい珍しいんだぞ。」


 青年が呆れたような声をだす。


「悪いことは言わないから、すぐ地上までもどろう。お金が必要なら僕も手伝えるし…。」


 少年が突然立ち止まった。まるで導かれるかのように一心不乱に坑道の壁を剣でえぐっていく。


 瞬間、眩い光が陰鬱とした地下道を赤く照らした。少年が岩の隙間から閃光を放つ石を取りだす。


「見つけました、燐光石ひとつ目です。」


 あっけにとられたように青年が口をぱくぱくと動かす。直視できないほどの白色光はそれが燐光石であることを示している。


「ロストレイの立て坑における鉱石の生成パターンはあまり数がなく、人力でもおおよその位置が把握できます。立て坑で金策をするならぜひ把握すべきですね。」


 少年がなんでもないように坑道を歩き出した。驚きのあまり体が固まって動かない青年に少女が耳打ちする。


「あの人、時々とんでもないことをしてくるのでもう諦めちゃったほうがいいですよ。災害かなにかだと思えばいいんです。」




 その後も少年はまるで燐光石の居場所をはじめから知っているかのようにどんどんと採取していった。


 浮浪者の腕のなかにどんどんと燐光石の山ができる。


「こんなばかな……、あれだけで立派な屋敷が三つは建つぐらいの大金だぞ?」


 青年が頭を抱える。少年がついに十三個目の燐光石を見つけた瞬間、飛びあがって剣を構えた。


 遠くからずりずりとなにかをひきずるような音がする。


 やがて姿を現したのは、真っ白な大理石の彫像だった。刻まれているのは、しなやかで美しい肉体美をもつ古代の剣士だ。


「僕の後ろにさがって。こいつは危険だ。」


 青年が少年たちをかばうように前に出る。その額にたらりと冷や汗が流れた。


 ロストレイの立て坑の奥深くででくわす魔物は普通では考えられない珍妙なものが多い。実のところ最深部の経験がない青年の剣はかすかに震えていた。


 彫像が手に持つ短剣をささげる。


 彫像にむかってじりじりと距離を狭めていた青年は突然横に吹き飛ばされた。青年を突き飛ばした少年がそのまま短剣から放たれる光を浴びる。


 次の瞬間、少年の体がズタボロにひき裂かれた。


 短剣から放たれた光は少年の肉を切り刻み、骨をむき出しにする。少年の華奢な身体に刻まれたその深い傷は目を背けたくなるほど痛々しいものだった。


「っ、僕をかばう必要はない。こうみえても君よりは場数をくぐってきた鉱石師だ、その程度耐えられたのに!」


 青年が悲痛げに叫ぶ。だが、少年は重傷を負ったにもかかわらず顔色ひとつ変えない。


「ここで辺境伯の傭兵でのレベリングがようやく報われる時が来ました。うまく調整しておくと『古代の彫像』の一撃でちょうど瀕死状態になれます。」


 ふたたび彫像が短剣をかかげる。青年がかばおうと飛び出したその時、少年が懐から取り出した薬瓶を飲み干した。


 キンッ。


 鋭い金属音が響く。


 いつのまにか背中に背負った長剣を手に持っていた少年のまえで、彫像の首が真っ二つに切断されていた。


「これがHPが残り1%以下の状態で使用すると全能力が十倍になる本RTA御用達の物故割れアイテム、『悪あがきの霊薬』の威力です。」


 少年が初めてにっこりと微笑む。まるで天使のようなその柔らかな微笑は、血のにじんだボロ切れの服とあいまって見るものに狂気を感じさせた。


「ここからは爆速でいきますよ、金策タイムの始まりです。」

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