第4話 タイムアタック勢と燐光石
恐ろしい魔物がおおく潜む鉱石師にとっての死地であるはずのロストレイの立て坑の最深部。その坑道のわきでひとりの青年が虚ろな目で座りこんでいた。
「もうこれだけあったらありがたみなんて全くないよ……。」
青年ががくりとうなだれる。少年たちがいる坑道の窪みには山のように積みあげられた燐光石が輝きを放っていた。
浮浪者が燐光石を積み重ねて遊んでいる。時折少年が顔を出し、さらに燐光石の山を増やしていた。
あれから少年はすさまじい勢いで燐光石を集めている。瀕死の重傷を負い謎の薬を飲んでまで地下の魔物を吹っ飛ばし続けているその姿は理解の範疇を越えていた。
「やり始めてからいったいどれぐらいたってるんでしたっけ?」
脇で同じく体育座りをしている少女がぼやく。
「う~ん、たぶん一週間ぐらいは坑道にいるかな。」
しかも、その間少年は不眠不休である。睡眠をとる時間すら惜しみ、これまた霊薬とやらで休養をとったことにして採掘をし続けているのだ。
「これだけ燐光石があったらロストレイの街を丸ごと買えるよ。いったいこれだけ集めて何をするつもりなんだか……。」
もはや少年が魔物を狩りつくしてしまったせいか、少女たちはここ数日まともに魔物を目にしたことがなかった。
「ほんとうにここって最深部なのかなぁ。もしかして間違えて表層だったりしないかい?」
青年が現実から逃避するように遠い目をする。だが、眼前で輝く燐光石の山がそれを許さなかった。
それどころか、また少年がやってきて燐光石の山がさらに増えている。いつ終わるとも知れない少年の狂気に青年は薄ら寒いものを覚えていた。
しばらくして、そわそわと落ち着きをなくした少女が腰を持ちあげると、恥ずかしげに口を開いた。
「ごめんなさい、用を済ませてきますね。」
なにも疑っていない様子の青年が心ここにあらずといった気の抜けた声で返事をする。少女はそのまま採掘に戻っていく少年の後を追った。
少女が少年の燐光石の採取につきあっていると、岩陰からぶよぶよとした黄色の肉の塊が静かに近づいてくる。
そのまま気がつかれないうちに少年に寄生しようとしたその魔物は次の瞬間剣で細切れにされ、肉片となって飛び散った。
「もう『不気味な肉塊』ぐらいは素のステータスでもワンパンで倒せるようになってきましたね。かなりレベルがあがってきたようです。」
少年がふたたび燐光石のまわりの石を剣で抉り始めたその横で、少女は魔物の飛び散った肉片に食いついた。
口のまわりを血だらけにしながら、一心不乱に口にする。
すべてを終えた後の少女は、久しぶりに腹が満たされたのにも関わらず落ち込んだ表情だった。
「……ほんと気持ち悪いですよね、わたしって。こんなふうに化け物とかほかの人の臓物を糧にしなきゃ生きていけないなんてほんとうどうかしてます。」
少女が自虐するように鼻を鳴らす。だが、少年はそんなことはどうでもいいとばかりに剣をもってさらに奥へとむかっていった。
「かなり燐光石が集まってきましたね。ロドムおじさんのトロッコに入るぎりぎりの量なので、いったん地上に戻りたいと思います。」
少年がついにロストレイの街にもどることを認めるまではそれからさらに数日を要した。
「トロッコの容量の問題がなければ永遠にここにいたいのですが、こればかりはどうしようもありません。さらなるチャートの研究がすすむことを願うばかりです。」
少年たちはなんとかして山のように積まれた燐光石をトロッコの発着場のまえまで運ぶ。燐光石がぱんぱんにつまったズタ袋がいくつも並べられていた。
「おう、お前ら生きてたのか。てっきりとっくのとうにくたばっちまったのかと思ったぜ。」
轟音とともに薄暗い坑道の奥からトロッコに乗った老人が姿を現した。すっかり薄汚れた少年たちの横の燐光石に目を丸くする。
「おいおい、こりゃなんだ? 今までこんな量の燐光石はみたことがないぞ……。」
「ロストレイの立て坑、地上部までお願いします。この燐光石は鉱石師組合まで運んでください。」
しばらくして、燐光石も少年たちも載せたトロッコはふたたび煙を吐き出しながら急な勾配をものすごい勢いで登り始めた。
積み荷のあまりにもの重さにトロッコはレールの上で暴れ、真っ赤な火花が暗闇に輝く。レール自体も重みで軋んでいた。
「ヒヤァッハーー! 心臓が口から飛び出そうだぜ!」
さすがの老人もトロッコに燐光石を満載した経験はないらしく、額に脂汗を流しながらトロッコを抑えつける。やがて地上の光がみえてきた。
十数日ぶりの地上の光に、少女が目を細める。トロッコは次第に速さを落として発着場に近づいていった。
トロッコの横を歩いていた鉱石師がその積み荷の輝きに目を奪われ、まじまじと凝視する。次第にざわめきが大きくなってきた。
「おい、俺夢みてるんじゃないよな、トロッコいっぱいに積みこまれたあの燐光石、一気に売られたら組合が潰れちまうぜ。」
「というか、乗ってるのってあの命知らずのバカな乞食どもじゃねぇか。あんな素人どもが燐光石を山ほど採掘できたなんていくらなんでも嘘だ、偽物に違いない。」
トロッコが発着場につける。少年たちが降りると、老人はそのまま燐光石をのせたトロッコを遠くにみえる昇降機まで動かしていった。
「あの積み荷はそのまま鉱石師組合によって鑑定がおこなわれます。その報酬を小屋までいって受け取りましょう。」
少年が歩きだすと、その前の人垣がぱっかりとわかれて道ができる。遠巻きに少年をみつめている鉱石師たちの人だかりのなかから青年の仲間が飛び出してきた。
「おい、また勝手にひとりでいきやがって! 三日待っても帰ってこなかったから死んじまったかと思ったぞ!」
青年の頭を魔法使いが思いっきりはたく。近くまで駆け寄ってきた弓使いはそのまま地面にうずくまって嗚咽をこぼし始めた。
「ごめん、でもつい体が動いちゃったんだ。」
怒り狂う魔法使いとただひたすらに安堵して涙を流している仲間たちを青年がなだめる。その間に少年たちは昇降機に乗って地上へとむかってしまった。
「……それで、あれはいったいなんだよ。」
「?」
いまだ不機嫌げな顔つきの魔法使いが、どこか悔しそうに言葉を吐き捨てる。
「あの燐光石の山のことだよ! どうせまた俺をおいてお前はひとりでやりやがったんだろ、教えろよ!」
魔法使いの言葉に、まわりの鉱石師たちが一気にしんと静まり返った。集まったやじ馬が青年の言葉を一言一句たりとも聞き漏らさないとばかりに耳を傾けている。
さっきまで泣きじゃくっていた弓使いまで気になるのか聞き耳をたてていた。
「いや、あの燐光石をみつけたのは僕じゃないよ。お恥ずかしながら、助けるなんていって勇み足でついていったはいいけれどなんの役にもたてなかったんだ。」
青年は戸惑いながらも、魔法使いの勘違いを正した。瞬間、立て坑の底にどよめきが走る。魔法使いが理解ができないとばかりに顔をつきだしてきた。
「はぁ? じゃああの浮浪者と乞食のガキどもがあの燐光石を全部みつけたっていうのかよ!」
「いや、それも違うかな。」
青年が地上にむかって登っていく昇降機を指さした。青年の指のむく方向を目でたどって鉱石師たちの視線が少年に注ぎこまれる。
「あの子だよ。あの子がほとんどひとりで最深部の魔物を倒してあんなにたくさんの燐光石を採掘してきたんだ。」
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