第5話 タイムアタック勢と鉱石師

 鉱石師組合の掘っ立て小屋に少年たちが足を踏み入れると、じっとりとした視線が四方八方から注がれた。


「おい、あの燐光石はこいつらのだ。わしはもう戻るぞ。」


 老人が少年たちをあごでさし示したのちに、その場を立ち去る。小屋の中心には神経質そうな見た目の女が座っていた。


「組合員の印をみせてください。」


 少年がふところから赤い小石をとりだすと、女がひったくるようにそれを奪う。しばらくじっくりと眺めた後、女は舌打ちをした。


「どうやらこれは正しいようだ。あなたがたの持ちこんだ燐光石も本物だとすべて鑑定結果が出ている。」


 女がさしだした羊皮紙のうえにはものすごい桁の金額が書きこまれていた。少女がゼロの数を数えようとして目をまわす。


「それで、いったいどうやったというんです。あれだけの燐光石を採掘したなど赤子でもわかるような嘘をつかなくてよろしい。まさか盗みを働いたのですか?」


 机の上には金貨がつまった袋がいくつも並べられている。だが、女はそれを遠ざけ少年をぎろりと睨みつけた。


「燐光石を採掘しました。お金をください。」


「そんなはずがないでしょう。燐光石がどれだけ希少かだなんて鉱石師組合のわたしが知らないとでも思っているのですか!」


 女が少年の腕を掴み、机の近くまでひきよせる。だが、少年は眉をひそめ、いらだたしげに膝を揺すりながら同じ言葉を繰り返すばかりだった。


「燐光石を採掘しました。お金をください。」


「わたしを侮辱しているんですか、だからそんなことなどあり得ないといっているのです!」


 女が怒りにまかせて拳を少年に振りおろそうとする。横からのばされた手がそれをすんでのところで受け止めた。


「組合の人でも暴力はいけないよ。それに、この子も立派な鉱石師なんだからあんまり侮っていたら返り討ちにあうかもしれないしね。」


 青年がたしなめるように女に言葉をかける。その脇で青年を呼んできたのだろう少女が頬を膨らませて女を睨みつけていた。


「鉱石師に採掘した石の出どころを詰問する権利なんてないですよ。なにも言わずにアアアさんにお金を渡すのが道理なんじゃないですか。」


 少女の言葉に女が舌打ちをこぼす。青年の手を乱暴にふりはらった後、女は椅子に深々と座りなおした。


「……それで、この燐光石はほんとうにあなたが採掘したんですね?」


「燐光石を採掘しました。お金をください。」


「うん、僕がみていたから。この少年がきちんと自分の手で燐光石を掘り出していたことを保証するよ。」


 青年の言葉をうけて、ようやく女は金を少年に渡した。金を受け取った瞬間、少年はわき目もふらずに小屋を飛び出す。


「ありがとうございました! ……もう、ちょっと待ってくださいよ~。」


 青年にぺこりと礼をした後、少女が少年の後を慌てて追った。最後に久々のお酒にありつけた浮浪者が嬉しそうに浮足立って小屋を出ていく。


 たてつけの悪い小屋の扉がきしみながら閉まった。最後に残った青年が小屋から出ようとした時、女が口を開く。


「……あの少年にいったいなにをされたんですか?」


「どういうことだい?」


 女が机を強打して勢いよく立ちあがると、青年にむかって詰め寄る。


「わたしからみて、あれは詐欺師以外の何者でもありません。組合員の証をみましたが、燐光石はあんな素人が簡単にみつけられるものじゃありません。」


 薄暗い小屋の窓からさしこむ光が女の横顔を照らす。わずかに頬を染めた女が、青年の頬に手をそえた。


「それを、どうしてあなたが庇うのですか? 期待の新人であるあなたのためならわたしはなんでもします。脅迫されているのならいっそのことあの少年を……。」


「っ、そういうことをするのはやめてくれないかな! それに僕は本気だよ。あの少年が燐光石をみつけたんだ、嘘はつけない。」


 女の手を振りはらった青年が語気を荒げる。信じられないとばかりに青年をみつめる女が、口を開きかけた時だった。


「お~い、あのガキたちはもういっちまったってのになにを時間潰してるんだ? お前が最深部にいってる間俺たちは探索できなかったからな、その分……。」


 飛びこんできた魔法使いが言葉を切る。後ろから小屋の中をのぞいていた弓使いが目をしばたいた。


「なんだ、マズかったか?」


「いや、問題ない。今日は疲れてしまったんだ、勝手だけど宿に戻っていいかい?」


 頬を指でかく魔法使いの背中を押して、青年が扉をくぐる。最後に短く女に言葉を残した。


「とにかく、僕は脅されたりしてるわけじゃない。好意は嬉しいけれど、受け取れないよ。」


 一人とり残された小屋の中で、女はなぜか思いつめたように先ほど青年にはねのけられた手をじっと凝視する。その口からぼそぼそと独り言が漏れ始めた。


「彼に拒絶された、手をはねのけられた、冷たい目で見られたぁっ!」


 女が苛立ちを隠しきれないようにぐるぐると小屋の中を歩き回り始める。次第に女の心は昂っていった。


「どうしてだ、あんなにやさしい彼を変えてしまったのは誰だ、誰だ……。」


 激情にまかせて女は小屋を荒らした。椅子が宙を舞い、地面に音をたてて着地する。


「あの少年だ、そうに違いない。あの少年がわたしと彼との間を邪魔しているんだ。あの少年さえいなくなれば彼はまたわたしを受け入れてくれるに違いない。」


 どう考えても女は正気ではない。女の顔を覆う長い黒髪の隙間から、血走った目がちらりと覗きみえた。




 鉱石師組合の小屋を飛び出た少年はすぐさま昇降機へとむかった。


「謎のバグのせいで会話パートが異様に長びいてしまいました。とんでもないガバです、どこかで打開をはからないと。」


 時折大きく揺れる昇降機のかごの中でぶつぶつと独り言を呟く少年の顔はどんよりと暗く沈んでいる。酒瓶を抱きしめて涙を流している浮浪者とは対照的な姿だった。


「ほんとあの鉱石師組合の女の人って性格悪いですよね。組合なんてガラの悪い鉱石師ばっかりだから、鉱石の出どころとか素性を聞かないのは暗黙の了解なのに。」


 少女はあいかわらず鉱石組合の女について怒りがおさまらないようだった。ひとしきり悪態をついた後、落ちこんでいる少年を心配するように顔を覗きこむ。


「わたし、ああいうこっちの秘密を探ってくる人は大嫌いです。その、アアアさんもあんまり気にしないほうがいいですよ。あんな人無視しちゃえばいいんです。」


「とにかくチャートをもう一回考え直さないと……。10秒のロスはあまりにも大きすぎます。」


 あいかわらず少年の言葉は意味不明であるが、どうも女の言葉に傷ついているわけではないようだ。安心したように少女は胸をなでおろした。


「とにかく、本チャートではここからやることはなにも変えなくていいはずです。最深部にもぐって閃光石をまた集める、それをひと冬の間ずっとやるだけですから。」


「またあの暗くてじめじめしたところに戻るんですかぁ~……。」


 わずかの休息もとらず、少年が一目散にトロッコにむかうのを見て少女ががくりと肩を落とす。そんな少女の背後から数人の鉱石師が近づいていた。


「おい、そこの乞食ども。閃光石を山ほど組合にもちこんで大金を手にしたってのはあんたらのことか?」


「はい、そうですけど……。」


 あからさまに怪しい男たちに少女が警戒心をあらわにする。にやけ面のその男たちが剣をちらつかせながら顎で端のほうの岩のくぼみを指し示した。


「ちょっとむこうのほうで話しようぜ。」


「いや、そんなのにのこのこついていくと思ってるんですか。普通にお断りしますよ。」


 少女が後ずさっていく。残念なことに夜も近づいているロストレイの立て坑には加勢してくれそうな鉱石師はもうまばらにしかいなかった。


「へぇ、そうか。だが、後ろの物わかりのいいガキは頷いたぜ。」


「え……?」


 少女が振り返ると、少年は静かに頷いていた。


「いいでしょう、ついていきますよ。ついていけばいいんでしょう?」


 だが、その表情は怒りで満ちていた。まるでこの世全ての不幸が一気に自分に降りかかったかのような憎しみをこめて男たちではないなにかを睨みつけている。


「どうしてよりにもよってここで回避不能なチンピラカツアゲイベントが発生するんでしょうかねぇ? 疑似乱数さん、きちんと仕事をしてますか?」


 にやけ顔の男たちが少年の肩に腕を回す。その手にはこれ見よがしに短剣が握られていた。


「なにいってるかわかんねえけれど、ついてくんだよな?」


「はい。早くすませましょう。」


 少年の声色に、少女はなぜかとても嫌な予感がした。

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