第6話 タイムアタック勢と小魔女

 男たちに立て坑の脇の暗がりまでつれていかれる。かつては坑道として鉱夫が行き交っていたであろうそのくぼみは、崩れた岩で奥が塞がれていた。


「へへ、やけに聞き分けがよかったな。それじゃ…。」


 ひとりの鉱石師が顔をだらしなく歪ませながら少年、正確にはその手の金貨の袋に手をのばした。


「は?」


 次の瞬間男の手が宙を飛ぶ。金貨の冷たい感触のかわりに男が感じたのは燃えるような激痛だった。


「ガアアアアアアアッ! おっ、おまえ何考えてんだ、いきなり…。」


 痛みのあまり地面に転がって叫ぶ男の喉に少年の剣がつきたてられる。


「カッ、フ……。」


「ああ、操作ミスで余計に時間をかけてしまいました。RTA走者にあるまじきガバです。」


 剣先をグリグリとひねってとどめをさす少年が異常であることを男たちは悟った。


「乞食のクソガキが、なめやがって!」


 斧を振り下ろそうとしてきた男を少年が真っ二つにする。返り血を浴びても少年は平然としていた。


「おい、なんの力もない乞食が燐光石をたらふく盗んで調子にのってるっていうのは嘘だったじゃねぇか! 誰だよそんなこと言い出したやつ!」


「そいつならあのガキの足元でくたばってやがるさ、だいたいお前もすぐにぶっ殺すって大口叩いてただろ! やってみろよ、今ここでよぉ!」


 目論みの外れた男たちが醜く言い争っている中、ひとりが先ほどまでとはうって変わった卑屈な笑みで少年に近づく。


「いや~、この馬鹿が迷惑かけてすまねぇな。べつに俺たち、お前から金を奪おうとかそんなことこれっぽちも考えてなかったんだが変なやつが混じっちまって……。」


 地面に倒れ伏すかつての仲間を踏みつけにして男が猫なで声で少年に媚びを売る。その口の端が変に吊りあがったままの表情で首が飛んだ。


「新モーションなんでしょうか、なにか様子がおかしかったですね。」


 男の首を切り落とした少年が首をかしげている。そこには無抵抗の男を殺したことへの罪悪感などかけらも浮かんでいなかった。


 少年が剣をぶらりと無造作に握ったまま、男たちにむかって走り出す。剣術もろくに知らないのだろう素人丸出しの少年に、それでも男たちは恐怖した。


「ギャァァァァッ!」


「グッ……!」


 ひとり、またひとりと首が飛んでいく。あたりに飛び散った血しぶきが窪みのなかを真っ赤に染めあげた。


「わ、わ、わわわ……。」


 いきなり目の前で繰り広げられ始めた一方的な虐殺に、少女が端で震えている。浮浪者はというと、相変わらず酒を飲んでいた。


 あっという間に男たちは皆殺しにされる。ごろごろとあちこちに転がる死体を無造作に踏みつけながら、少年は惨劇の舞台を後にしようとした。


「待て!」


 暗がりに声が響く。少女が振り返ると、血まみれのひとりの男が短剣を浮浪者の喉に突きつけていた。


「リスポーン数ぶんは殺したと思ったんですけどね、なかなかしぶといです。」


 どうやら仲間の死体に紛れてなんとか生きのびたらしいその男の瞳は少年への怒りと嗜虐に満ち溢れている。浮浪者はこの期に及んで酒瓶に舌をのばしていた。


「おい、そこのクソガキ! 残念だったな、形勢逆転ってやつだ。お前の大切な仲間がむざむざと殺されたくなければそこに跪けよ!」


 勝利を確信したかのように男が残虐な笑みを浮かべる。


「それはほんとうに残念ですね。しかたがないです。」


「そりゃそうだろうな! 俺の仲間にしてくれたことを今からお前に返してやるぜ、泣いてもわめいてもやめてやらねぇ!」


 これから少年をどんな目にあわせようかと男が舌なめずりをする。ああみえて見てくれは悪くないのだから、その手の好事家に売り払えば高い金になるかもしれない。


 だがその喜びは少年が剣を握ったまま近づいてくるのを目にして困惑へと変わっていった。


「せっかく手に入れた仲間ごとモブ敵を切り殺すことになるとは。でも時間をかけずに手に入れているので失ってもいいか。ほかに候補はいくらでもいますしね。」


「アアアさん、冗談ですよね!?」


 今の今まで少年を信じて黙っていた少女が思わず口を挟んでしまう。だが、少年は否定することなく、そのまま男に近づいていった。


 少年の言葉に男が口をわななかせ、後ずさっていく。浮浪者が呑気に酒をごくごく飲んでいるのとは対照的にその顔は真っ青になっていた。


「……お前、正気か?」


 少年が剣をぶらりとひきずる。先ほどまでの惨状を覚えている男は半ば悲鳴がかった声で浮浪者の肩をゆすぶった。


「っ、いつまで酒飲んでんだ! このままだとお前も殺されんだぞ、とっととあいつを説得しやがれ!」


「酒が……。」


 浮浪者が地面に落ちて割れた酒瓶をみつめて心底悲しげに嘆く。


「酒のことなんてどうでもいいだろ、今は命が危ないんだ!」


「うるさい。」


 音をたてて男の首が捻じ曲げられた。なにが起こったかわからないまま絶命した男が仲間の血だまりに倒れ伏す。


 男の首を片手でひねった浮浪者は地面にこぼれた酒をぺろぺろとなめ始めた。


「えっ?」


 やっと静かになった窪みに、少女の戸惑った声が響く。少年は忌々しげに舌打ちした。


「くそっ、経験値を仲間に吸われました。これじゃ自キャラのレベルが上がらないじゃないですか、だからこいつらを戦闘に参加させたくなかったのに。」


 少年が足早にくぼみを抜け、ふたたびトロッコの発着場にむかっていく。浮浪者はもはや地面の染みとかした酒を名残惜しげにみつめながら少年の後をついていった。


「え、もしかして困惑しているのはわたしだけとかそういう感じなんですか?」


 一人取り残された少女は目の前で起こったことにいまだ処理が追いついていない。あの浮浪者が大の男をあんなに簡単に殺すことができるなんて知るはずもなかった。


 男たちの死体が足の踏み場もないほどに散乱している。なにかもの言いたげな白く濁った死体の瞳に言い訳をしながら、少女は口にできそうな肉だけ切り取った。


 少年を追いかけながら、少女は考える。


「わたし、人肉を食べなきゃいけないなんて異常だってずっと思ってきたけれど、もしかして、この中で一番まともなのでは……?」


 ふとしたことから真理に辿りついた少女は、初めて自分に仲間ができたことを喜ぶべきか嘆くべきかわからず、苦虫をかみつぶしたような微妙な表情を浮かべた。




「これで何度目なんですか!」


 ガラの悪い鉱石師の一団が姿を消してから数十日後、鉱石組合の小屋にもはや恒例となった怒声が響き渡った。


 わなわなと震える女の背後には金貨の袋が山積みになっている。


「燐光石を採掘しました。お金をください。」


「もういい加減それは聞き飽きました! そろそろ白状したらどうですか、こんなにぽんぽん燐光石を持ってこられるはずがないんです!」


 ここ最近でなぜか目の下にくまができた女が言葉にならない声をあげながら、髪の毛をがさがさとかきむしった。


「あの人のこととか、それ以前にこのままだと鉱石師組合が破綻してしまいます……。」


 自らの食費を削ってまで少年への支払いにまわしている女に、その場に居あわせた鉱石師たちの同情の視線が集まる。ひとしきり暴れた後女は金貨の袋を投げつけた。


「さあ、どこへでも持っていけ! しっしっ!」


 金貨の袋をすべて器用につかまえた少年は再びロストレイの立て坑に潜ろうときびすを返す。女がふと思い出したことがあるようにその背中に声をかけた。


「……そういえば、ひとつ伝え忘れていたことがありました。実はあなたたちに仲間に加えていただきたいかたがいまして。」


 今までの憎悪と絶望に満ち溢れたものとは真逆のにこやかな女の表情に、少女は眉をひそめる。だが、そんなことお構いなしとばかりに女が声をはりあげた。


「ベルファーレンさん、いらっしゃいますか! こちらが先日お話しさせていただいたアアアさんご一行です!」


 鉱石師の人ごみをかきわけて現れたのは、漆黒のローブを身にまとった一人の小さな魔女だった。透き通るような金の髪が、光に照らされたきらきらと輝く。


 その魔女は少年のまえまでやってくると、静かに一礼してみせる。


「初めまして、ベルファーレンと申します。」


 小さな魔女の目はぐるぐると渦巻いていた。

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