第7話 タイムアタック勢と陰謀論

「ベルファーレンさん、でいいでしょうか?」


「べつにいいですよ、そんなかしこまらなくても。自分のことはベルでもなんとでも呼んでくれてかまいませんから。」


 ひたすら地上と地下を行ったり来たりしながら燐光石を採掘する少年たちのなかに今日は魔女の姿があった。柔らかな物腰で少女と談笑している。


「期せずしてたいしたイベントもなく四人目の仲間を手に入れることができました。すばらしいことですが、経験値を横取りされないよう気をつけなければ。」


 少年のひとり言に少女が顔をこわばらせた。魔女にむかって少女が頭をさげる。


「その、アアアさんはほんとうに変人なのでとても迷惑をかけると思います、申し訳ございません……。」


「いえいえ、むしろ自分のほうから無理をいって入らせてもらったんですから。」


 少年のひどい言葉にも魔女の優しげな笑みは一切変わることがない。少女はようやく素晴らしい人格者が仲間になってくれたと胸を期待で膨らませた。


 だが、少女は心の底から喜ぶことはできない。鉱石師組合のあの女の満面の笑みが魚の骨のように喉もとにつかえているのだ。


 理由はわからないが、女は初めて小屋に足を踏み入れたその日からずっと少年への憎悪を隠そうともしていなかった。


 出会うたびに少年は罵倒されている。幸いなことにとうの本人はひとかけらも気にかけてはいないが、その憎しみはいささか異常だった。


 そんな女が、完全な善意から少年に新しい仲間を紹介する? しかもこの、実に人好きのする気のよさそうな魔女を?


 少女は嫌々ながら目の前の魔女を疑わざるを得なかった。


 もしかしたら魔女は女が少年を苦しめるために送りこんできた刺客なのかもしれない。少女は表向き仲良く話しながら、心の底では魔女を警戒していた。


「それではいつも通り仲間のみなさんにはここで待ってもらって、自キャラだけで採掘にむかいましょう。」


 最深部でトロッコから降りた少年は剣をもって少女たちから離れていく。


「いってらっしゃ~い。」


 坑道の暗がりに姿を消していく少年の背中にむかって少女が手を振った。その後ろで魔女が目をしばたたかせている。


「あれ? いったいなにをしているんですか?」


「アアアさんは魔物を倒す時は一人でいたいので、自分だけで燐光石の採掘にいってしまうんですよ。その間わたしたちはお留守番です。」


 魔女の顔からしばらくの間表情が消えた。なにかを考えこんでいるかのように首を傾げてぶつぶつ呟いている。


「へぇ~、そうなんですか……。」


 少女は魔女の手をひいて、行き止まりになったとある坑道の奥までつれていった。そこにはすでに浮浪者が布切れをひいて横たわっている。


「わたしたちはアアアさんが燐光石を採掘しきるまでずっとここにいるんです。つまり、いつもなにもしていないんですよね。」


 少女は少年の後ろをついていっている時に感じる畏怖の視線を思い出していたたまれない気持ちになった。


 少年の仲間とはいっても、少女はなにもしていないのだ。時折この野営地まで姿を現す魔物も気がつけば浮浪者のまえで死体になっている。


 気を取り直すように少女は魔女にいつもの野営地を案内した。


 焚火の跡にふたたび火を興す。少女が地上から運んできた薪がパチパチと音をたてて爆ぜ始めた。


 恐らく魔女は内心失望していることだろう。立て坑の最深部で燐光石を大量に採掘する新星の鉱石師の隣で活躍できると思っていただろうから。


 魔女のことを哀れに思った少女は励ますようにぎこちない笑みを魔女にむけた。


「アアアさんは基本的にわたしたちがなにかをすることを非常に嫌がるんです。だから、もし嫌になったらいつでも抜けていただいて……。」


「いえいえ、予想通りでしたから大丈夫ですよ。」


 少女の目の前で、魔女のぐるぐると渦巻いている目がきらりと光る。その手からたらされたひもがゆらゆらと揺らされた。


「とにかく、もう遅くなりましたが夕食を、あ……れ………?」


 立ち上がろうとした少女は、いつの間にか自分の体が動かなくなっていることに気がついた。自由の利かないその体でその場に倒れこんでしまう。


 しびれた口はもう言葉を紡ぐことができない。


 少女が最後に目にしたのは、にっこりと微笑んでいる魔女の姿だった。




 少年が本日三つ目の燐光石を掘り出している。少年のまわりには魔物の死体が散乱していた。


 その背後から魔女が近づく。


「すみません、お話いいでしょうか。」


 次の燐光石をもとめて魔女の横を通り過ぎようとした少年が眉を少し持ちあげた。


 魔女の姿はあの鉱石組合の小屋で出会った時から大きく変わっている。頭には木製の桶をかぶり、片手にじゃがいも、もう片方にはネギを持っていた。


 狭い坑道にネギの青臭い匂いが充満する。少女がその場にいればあまりもの変貌ぶりに自らの正気を疑っただろう。


「ごまかさなくてもいいんです、もう調べはついているんですよ。」


 桶を被ったまま魔女が胸をはり、高らかに宣言する。その姿はまさに変人といっても間違いないものであった。


「アアアさん、あなたはディープステートから派遣されてきたレプティリアンですね! 世界を裏から牛耳る秘密結社の手下が、ロストレイになんの用です!」


 魔女がぐるぐる目で叫ぶ。その言葉の意味を少年は一切理解することができなかった。




 じゃがいもとネギという謎の武器をかまえたまま、魔女が自慢げに鼻を鳴らす。そのいっぽうで少年は混乱していた。


「これはいったい……? もしかして仲間に加えたと思っていたのは間違いで、まだイベントが終わっていなかった……?」


 驚くべきことに、少年は魔女の容貌の変化についてはなんの感慨も抱いていなかった。少年はそれどころではなかったのである。


「まずい、どれぐらい時間がかかるんでしょう。とんでもないガバをかましてしまいました、すさまじいロスが生まれるかもしれません。」


「すでに世界を支配しているというのに、鉱石師のわずかばかりの稼ぎすらも奪いにくるとはさすが強欲ですね、裏の世界政府というものは……!」


 少年と魔女、二人の会話ははたから見ていてまったく嚙みあっていなかった。ネギを天高くつきあげる魔女の眼前で少年は青い顔で時間をしきりに気にしている。


「あああっ、なんでリセットができないんでしょう! こんなガバ即リセものですよ! チャートに従わず突然降ってきた仲間に飛びついたのが間違いでした!」


「いまさら後悔しても遅いです、さぁ正体を現しなさい!」


 魔女がネギを振るう。次の瞬間、少年の肌が切り裂かれ、血が噴き出した。


「まずいです、こんなキャラ見たこともないのでどんなパターンで攻撃がくるか想像もつきません。とにかくまずは様子見を……。」


 予想外の事態に少年は後ずさった。少し前まで少年が佇んでいた空間に大量のネギが生える。


「木桶で思考盗聴を防いだかいがありました、敵が混乱していますね!」


「ガバを回復するのもRTA走者の腕の見せ所、ガバを回復するのもRTA走者の腕の見せ所、ガバを回復するのもRTA走者の腕の見せ所、ガバを回復するのもRTA走者の腕の見せ所、ガバを回復するのもRTA走者の腕の見せ所………。」


 まったく意味をなさない言葉を口にしながら、二人の変人が地下の坑道でむかいあう。誰も望まない最悪の戦いが始まろうとしていた。

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三下悪役に転生したタイムアタック勢、勇者をさしおき魔王討伐RTAを始めてしまう 雨雲ばいう @amagumo_baiu

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