第2話 タイムアタック勢と傭兵隊長

 怒りに燃える傭兵隊長の目が少年たちの姿を映した。


「貴様らのうちのどちらが、かような惨いことをしたのだ。」


「あ、いえわたしたちはただの通りすがりで……。」


「僕です。」


 隣の少女が口を挟む間もあたえず少年は答えた。


「なにを考えてるんですか、あなたは!? そんなこと口にしたら絶対に殺されるじゃないですか!?」


 あまりにもあっさりと名乗り出た少年の肩を少女が掴んで揺さぶる。眼前のどう考えても異常な大男の機嫌を損ねにいく理由が少女には思いつかなかった。


「この少女がいったいなんのフラグなのかはわかりませんが、とにかくチャートに沿って動きましょう。直前のチャート変更はガバのもとですので。」


 まるで少女の絶望に満ちた表情が目に映らないかのように、少年は顔色ひとつ変えず少女には理解できない言葉を続けた。


 傭兵隊長がブルブルと体を震わす。


「貴様のような下賤な小僧がわしの大切な駒を殺しただとぉっ!」


「はい。」


「わしの傭兵を殺していいのはわしだけだぁっ、人のものに手を出してはならんと親に教えてもらわなかったのかぁ!」


「いいえ。」


「よろしい、ならば肉片ひとつ残さず殴殺してくれるわ!」


「わかりました。……これ、現実だとAボタン連打でスキップできないのが面倒ですね。」


 適当な返事しか返さない少年が眉をひそめる。その言葉の意味は分からないが、侮られていると判断した傭兵隊長は激昂した。


「きっさまぁぁぁぁぁぁっ!」




「あ、それじゃわたしはお呼びでないようなので帰りますね……。」


 逃げ出す機会を見逃さなかった少女がそそくさとその場を退散しようとする。だが、一歩踏み出す間もなく斧が振り下ろされた。 


「まて、死肉をあさる薄汚い少女のことも耳にしたことがあるぞ。貴様もわしの傭兵の体を盗んでいったのだから同罪だ、ここで小僧もろとも潰してくれるわ!」


「ひぃいいいいっ!」


 傭兵隊長にぎろりと睨まれた少女が悲鳴をあげる。


 再び視線を少年に戻そうとした傭兵隊長はその姿がどこにもないことに気がついた。あたりを見回す傭兵隊長の頭上に影がさす。


 頭上から降りおろされた少年の剣が傭兵隊長の兜を割り、頭に突き刺さった。


「ガアアアッ!」


 いつの間にか木を駆けのぼって頭上をとっていた少年が飛び降りる勢いそのままで傭兵隊長の頭を斬りつけたのだ。


 大地に降りたった少年は痛みによろける傭兵隊長の胸に剣を突き刺した。


「頭上からの落下しながらの降りおろしでHPを半分ほど削るとひるみが入るので、その間にとどめを刺しましょう。胸元を貫くと0.1秒ほど短縮になります。」


「グオオオオゥ……。」


 血をまき散らしながら傭兵隊長が膝をつく。胸元からだらだらと垂れ流される血をみては誰もがその死を疑いはしないだろう。


「こんな、こんなあっという間に勝負が決まるものなんですか……。」


 傭兵隊長の敗北を確信した少女が信じられないとばかりに呟く。しかし、少年はいまだ剣をおさめようとはしなかった。




「オオオオオッ!」


 少女が違和感を覚えた瞬間、死に体のはずの傭兵隊長が咆哮した。全身を血まみれにしながら立ちあがる。


「地上最終戦争の生き残りたるこのわしが、こんな若造にたやすく破られるだとぉっ、あってはならん、かようなことはあってはならんのだぁっっっ!」


 ぼとぼとと臓物を垂れ流しながら、傭兵隊長は自らの胸から心臓を抉りとった。


「いいだろう魔術師よ、貴様が願ったとおりわしもまた魔に堕ちようではないか!」


 心臓が握りつぶされる。傭兵隊長は赤黒く輝く炭の燃えさしをさきほどまで心臓が脈打っていたところにおさめた。


「さて、辺境伯の傭兵隊長の第二形態が始まりましたね。初見プレイのときはここで苦戦した方も多いのではないでしょうか。」


「どうして、さっきまであんなに血を流していたのに……!?」


 むき出しになった傭兵隊長の体内が真っ赤に燃え盛る。立ち昇る蒸気が傭兵隊長の口元から漏れていった。


「ハハハハハッ、なんだこの力は! あのアレンベルクの街を攻め落とすのに苦労しておったのが馬鹿馬鹿しいわ、今のわしは無敵だぁっ!」


 傭兵隊長が異形へと姿を変えようとしていた。


 ぼこぼことその肌が波打つ。体中から小さな手が何本も生えてきた。脱ぎ捨てられた鎧の下にはびっしりと人間の苦悶の表情が浮かびあがっている。


「うっ、ぼぇっ。」


 この世ならざる姿になり果てた傭兵隊長に少女が胃のなかをもどしてしまった。


 傭兵隊長が腕に浮かびあがった顔をひとつ握りつぶす。つんざくような断末魔のなか傭兵隊長は自らの頭に刻まれた傷口に指をつっこみ、それを裂いた。


 頭が真っ二つに割れ、血しぶきが少年にかかる。傭兵隊長の瞳から光が失われた。


 愚かにも自害したはずの傭兵隊長はしかし、みるみるうちにもとの頑健な肉体にもどっていく。肌に浮かびあがった人間を犠牲に生き返ったのだ。


「フハハハハ、いくら斬りつけられようともはや無意味よ! わしは無限の命を手に入れたのだからな!」


「第二形態になった傭兵隊長は部下の傭兵の命をストックにしているため、数百回単位で殺さなければ意味がありません。さすがはキングラ三大初見殺しの一角です。」


 怪物の姿とかした傭兵隊長が斧を握りしめる。狂気に呑まれ血走った瞳が少年を睨みつけた。


「あ、ああ……。」


 今度こそ終わりだとばかりに少女がへたりとその場に座りこんだ。傭兵隊長が周囲の軽石を巻きあげながら少年に迫ってくる。




「ですが、無限落下ダメのグリッチを使えば4.6秒で倒すことができます。」


 突然、傭兵隊長の動きが止まった。まるでみえない段差にひっかかっているかのようにガタガタと震えはじめる。


「な、なんだこれはぁっ、これも貴様の仕業かぁっ!」


「いいえ、デバックにろくに予算をまわさなかった開発元イグナイトソフトのプロデューサーの仕業です。」


 傭兵隊長の振動はどんどん早まっていった。もはやその姿はかすんで目で捉えることができない。


 そして、肌に浮かぶ顔が潰れていく悲鳴が次々とあがり始めた。


「実はこのフィールド、一部の高低差がなぜか異常値になっていてはまると永遠に落下ダメを喰らい続けるという地獄のようなバグがあるのです。恐ろしいですね。」


 傭兵隊長の命がどんどん削られていく。そのたびに身代わりとなって傭兵が死んでいく。常に全身に走る痛みによる絶叫と断末魔はどんどん甲高くなっていった。


「い、嫌じゃ嫌じゃ! まだわしは死にとうない、死にたくない! あの地獄の戦争から命からがら逃げてきて、その結末がこんなものなど認められるものかぁっ!」


「お、どんどん経験値が入ってきますね。いい感じです。」


 肉塊となってはもとの人の形にもどり、再び圧し潰されて肉塊となる。傭兵隊長は声すら発することもできず、ただ湿った音が響き渡るだけだ。


 最後に残った肉片がぴくりと動く。それが傭兵隊長の最期となった。




「これで辺境伯の傭兵狩りは終了しました。レベリングはすんだので次は金剛石の大河にむかいましょう。」


 少年がとつぜん駆け出す。少女はその後を慌ててついていった。


「あの、危ないところを助けてもらってありがとうございます。わたし、ビリカといいます。」


「時間ができたのでこのゲーム、キングダム・オブ・アンダーグランドについて軽く紹介しますね。正式名称が長いので本RTAでは略称のキングラでいきます。」


 少女が感謝の気持ちを伝えようと勇気を振り絞って少年に声をかける。だが、少年はなにも耳にしなかったかのようにひたすらひとり言を口にしながら走っていた。


「えっと聞こえてますか……?」


「キングラの目標は魔王を討伐することです。この世界では人間は魔物から逃れて地下で暮らしているので、そこから魔王のいる地上を目指すわけですね。」


「あの、もしもーし……!」


「キングラは決定的なグリッチが未だ発見されておらず、Any%のRTAでも現在の世界記録は3h34m15.23sもかかります。走者としては喜ぶか嘆くか判断に迷い……。」


 めげずに話しかける少女の声が次第に大きくなっていく。それでも少年は少女がいないかのように走り続けていた。


「お願いです、無視しないでください! まずお名前はなんというのでしょうかって、ひっ!」


 いままで少女のことを無視していた少年がいきなり横をふりむく。突然その真黒な瞳に凝視された少女は悲鳴をあげた。


「忘れていました、名前を決めなければいけませんね。ここは入力速度を考慮して"アアア"としておきましょう。」


「は……い………?」


 あたりが明るくなるなか、ぶつぶつと呟き続けている少年と当惑しきった少女はアレンベルクの戦場から遠ざかっていった。

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