一章 タイムアタック勢、パーティを編成する
第1話 タイムアタック勢と浮浪者
あの傭兵隊長との戦いの後、少年と少女は巨大な断崖の下にある小さな街にまでやってきていた。
「ふわぁ…、これが噂に聞く嘆きの岩壁ですか。上はもう霧に隠れてみえませんね。」
はるか頭上まで続く灰色の滑らかな岩の壁を少女がみあげる。
「……あ、なんでついてきてるんだって不思議がってる顔ですね。」
少年のなにかもの言いたげな視線に気がついたのか、少女は頬を染めて恥ずかしそうに口を開いた。
「実はわたし、人肉しか食べられない病気なんです。だから、お強いアアアさんについていけばおこぼれ、もとい食料にあずかれるかなって……。」
少女の告白をうけて少年が考えこむように顎に手をあてる。それでもまだ走り続けている少年を少女は怯えたようにみつめた。
「キングラではパーティーの仲間を増やす時はイベントがあるのですが、この少女はすでに終えた判定になっているようです。予想外ですがタイムが縮みそうですね。」
「やった~、これからも末永くよろしくお願いしますね!」
あいかわらず少年の言葉はまったく意味がわからないが、どうにか一緒に旅ができそうだと知った少女は飛び跳ねて大げさに喜んだ。
「今まで出会った人みんなに化け物あつかいされて、わたしと旅をしてくれる人は誰もいなかったんですよ。ありがとうございます!」
心なしかうるんだ瞳で少女は少年にお礼を告げる。少年はそんな少女に目もくれずふところから酒の入った瓶を取り出した。
「えっと、旅の仲間に迎えてくれたことは嬉しいんですけれど、わたしお酒は飲めないですよ?」
「キングラではパーティーは自キャラをふくめ5人まで編成できます。早速都合よく1人手に入ったので、残りもさくさくと集めていきましょう。」
荒れ果てた荒野を走る二人は、やがて街へと足を踏み入れた。暗くじめじめとした路地にはたくさんの浮浪者が横たわっている。
「ようやく『岸壁の隣の街』にたどりつくことができました。ここでさらにもう1人を加入させます。」
その目の前で少年は酒瓶の封を開けた。
「えっと、あの? なにをしているんでしょう?」
「前述したとおり、パーティー加入のイベントは大幅な時間ロスとなります。なのでできる限り短いイベントで加入するキャラをピックしなければいけません。」
少年が見せびらかすように酒瓶を浮浪者のまえにたらす。
「この街では酒瓶とトレードするだけで浮浪者をほぼイベントなしで加入させられるのです。傭兵たちがドロップした酒がここで使えます。」
ほとんどの浮浪者は少年のもつ酒瓶をギラギラとした欲望にみちた目で見つめるだけで動こうとしない。だが、一人の浮浪者がふらふらと少年のあとをついてきた。
「おっ、釣れました。これで二人目のメンバーゲットです。この浮浪者は呪術の生贄に使うこともできますが、本RTAでは採用しません。効率いいんですけどね。」
「やばいです、こんなに倫理観の終わってる人は初めてです。ぼっちから抜け出せたと喜んでましたけど、もしかしてこの人そうとう頭のおかしい人なんじゃ……。」
言葉とは裏腹にちっともうれしくなさそうな無表情の少年の隣で少女が顔を青ざめさせる。少年は走りながら横の浮浪者に話しかけた。
「うううぅ、酒をくれぇ……。」
「酒をあげるのでパーティーに加入してください。」
「なんでもいい、なんでもいいからぁ……。」
その浮浪者はいまだ年若い女だった。少年が手渡した酒瓶を一気にあおり、すぐにその場で吐く。吐しゃ物の一部が少女の服にかかった。
「や、やめときましょうよ~、こんな哀れな人を騙してつれてくとかふつう罪悪感わきません?」
少女が頬をぴくぴくとひきつらせる。服をごしごしとこすりながら少女は必死に少年にすがりついた。だが、少年はそのままとあるボロ小屋に飛びこんでしまう。
小屋の中ではひとりの老人がゆらゆらと椅子を揺らしながら飛びこんできた少年を目を丸くしてみつめていた。その老人に少年はつめよる。
「鉱石師組合に加入したいです。」
「わかった、わかったから。若いの、そんなに慌ててもしかたないだろう。まずは苦楽を共にする仲間をよく考えてからだね……。」
少年の剣幕に気おされたように老人が体をのけぞらせる。少年はあとからついてきた少女と浮浪者の腕をつかんで老人の前につきだした。
「ここに三人います。二人以上のパーティーを組むという最低条件はクリアされましたね。」
「わしの知ったことではないが、浮浪者にそんな年端もいかない少女と君とでいったいどうするつもりなのかね。まぁいい、それでは代表の名前を教えてくれ。」
「アアアです。」
「は? 偽名かね? そんなふざけた名で通るはずが……。」
「偽名ではありません。なんなんですかね、こんな質問ないはずなんですけれど。ここで時間をロスするなんて想定外です。」
あっけにとられた老人に少年がまくしたてる。老人は眉にしわをよせて懐から小石を取り出した。
「もういい、さっさと持っていけ! それが組合の一員である証の赤鉱石だ!」
「ありがとうございます。」
少年が宙を舞う赤鉱石をつかむ。嵐のように小屋を去っていった少年は、今まで多くの鉱石師をみてきた老人も目にしたことのない類の奇人だった。
老人はふたたび深々と椅子に座りこんだ。
「なんなんだ、あの変な少年は。あんなものが鉱石師になるなどもう世も末だな。」
「まさか"アアア"さんは鉱石師を目指していたんですか。初めて知りました。」
少女が少年に話しかける。
鉱石師とは、地面を掘りすすめて貴重な鉱石をみつけることで生計をたてている人間たちのことをさす言葉である。
坑道の奥にひそむ魔物に狙われるためたいへん危険であるが、運次第で大金を稼ぐことができるので人気のある仕事であった。
「いや~、"アアア"さんほど強かったらなんの心配もいらないでしょう。ついでにわたしも食べ物にありつけて一石二鳥という感じでしょうか。」
「酒ぇ……。」
浮浪者にさらに酒瓶を渡している少年の横で少女は輝かしい未来を想像するように目を閉じる。
目の前に山のようにつまれた人肉を口いっぱいにほおばる自分を思い浮かべて少女は口からよだれをたらした。この病気のせいで一度も満腹になったことがないのだ。
頭をぶんぶんと振って空想から抜け出した少女はあたりを見回した。
「それでは、今晩はどこに泊まります? 明日あの嘆きの岸壁に挑むとして、しっかりと疲れはとっておきたいですしね。」
楽しげに宿屋の物色を始める少女。だが、ふと気づくと少年はすでに少女の視界の端まで走っていた。
「あれ、方向間違えてません? そっちは街から出て嘆きの岸壁にむかう道ですよ?」
少女が冗談交じりの口調で少年の肩をたたく。だが、少年はただひたすらに走り続けていた。
「えっと、嘆きの岸壁は慣れた人でも数日がかりで登るとてつもなく長い岩の塊なんですよ? まさかこのまま挑むつもりですか?」
「言い忘れていましたが、本RTAでは当然宿屋で体力を回復するなどといったことはしません。時間のロスがあまりにもひどいので常識ですが、念のため。」
少年の言葉に少女は固まった。恐る恐る少女が少年に反論を試みる。
「えっと、人間というものはですね。一日中荒野を走ってすぐに数日がかりで岩壁を登るなんてことはできるようになっていないわけでして……。」
少女の後ろでしゃっくりあげながら浮浪者がのんきに酒瓶をあおっている。二回目の被弾を避けるため、少女はそっと浮浪者から距離をとった。
「さて、次は嘆きの岩壁ですね。グリッチを使えば24.6秒で登ることができます。」
「は?」
本日二回目の浮浪者の吐しゃ物が、街の路地に散った。
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