第一章 琥珀の瞳を持つ少年④
舎内は広々としていて、王家の神獣が六頭ほど住めるようになっていたが、神獣の住まいとあって牛馬の畜舎とは異なり、宮殿に引けを取らない豪華な内装だった。
「王子がた、ご覧なされよ」
ファイエルが、東側の壁を指さす。天井に近い窓から差し込む光に、壁に刻まれた古代語と歴代の王および神獣をかたどった浮彫が、くっきりと見える。
「カルジャスタンの『王名表』でございます。ルスラン王子、一番左端の方は?」
「はい。我らが祖先にしてこのカルジャスタンを開いた初代王アフル・マジャール、そして神獣は『砂漠の
「兄上もいつか王さまになれば、ここの壁に刻まれるんですね? 神獣と一緒に」
「カイラーン、お前もいずれ神獣を迎えて、僕と一緒にこの神獣舎を使うんだ。二人で大空を飛ぶ日も来る」
カイラーンの尊敬の眼差しにルスランは微笑みで
──そうだ。いずれ、僕も自分の神獣と一緒にこの王名表に刻まれるんだ。
「あれ? ここの王さまの文字と浮彫、ありませんよ?」
カイラーンが指さす先には、明らかに文字と浮彫の一部が削り取られた跡があった。見回せば浮彫の欠落はそこだけでなく、全部で三か所ほどあった。
「導師さま、この削られた部分は何ですか?」
ルスランの問いに、ファイエル導師の顔が曇った。
「……残念ながら、それは王と神獣に関し、大変不名誉なことが起こった事実を意味します。彼らは王名表からも記録からも抹殺され、人々の記憶から永遠に忘れ去られる運命です」
──王と神獣なのに、記録から消されて忘れ去られる? そんなことが本当に?
ルスランはぞっとして、寒くもないのに胸の前で腕を組み合わせた。カイラーンも不安に思ったのか、兄の
「……詳しく教えてください、どんな王と神獣だったのですか?」
「ルスラン王子、国に災厄をもたらした神獣がいたのです。しかし、これ以上詳しくお教えすることはできません。それを口にすることすら、災いを呼ぶとされておりますゆえ。歴代の王、導師そして宰相のみがその秘密を知ることができるのです」
深刻な話に二人とも青ざめた顔をしていたからだろう、導師は明るい声を出した。
「王子がたよ、そのようにご心配なさいますな。滅多なことでは起こりませんし、もう何百年も前の例でもあります。堕落した従神者と神獣は
四
翌日、朝の学習を終えたルスランは父王に命ぜられ、後宮に足を運んだ。召喚式ならびに立太子礼を二日後に控え、一連の儀式の最初として、王太子の資格を王族に認証してもらうためである。複数の有力な王族の同意を得ることで、王太子の地位を確実にし、ひいては将来の王位を安定に導く大切な手続きだった。
後宮の建物はいくつもの中庭を介して
ルスランは羊皮紙と筆記用具が載せられた盆を
「スズダリ王妃さま。私、第一王子ルスランがご挨拶に参りました」
格子窓からは明るい陽射しが差し込み、
薬草園とこの八角形の建物の女主人、すなわちスズダリ王妃は宝座にゆったりと座していた。卵形の顔に灰色の
彼女の宝座の背後には棚がしつらえられ、出身地から採掘された赤や緑、青色といったさまざまな色の鉱石が飾られていた。
スズダリ妃は何の表情も浮かべず、義理の息子の挨拶を受けた。
「あなたの召喚式が行われることとなり、
ルスランは「ありがたいお言葉」と答えて一礼し、盆を差し出した。
「もし私を王太子とお認めくださるのであれば、ご署名を賜りたく」
スズダリは優雅な手つきで
「良き神獣を迎え、この国を治める自信はおありですか?」
ルスランは思わず息を止めた。自分の見間違いか、いつも無表情で淡々としている義母が、一瞬笑みを見せたようだった。だが、それが純然な笑いなのか、もしくは
「はあ」
ルスランは、いささか歯切れの悪い返事をしてしまった。スズダリは視線を落とし、署名を完成させる。ぽつっと末尾に
──義母上はいつも、何をお考えなのかよく分からない。
スズダリは息子カイラーンの世話のほかは、薬草園の手入れか、書物を
居心地の悪さを覚え、早々に
「カイラーンはどこに?
スズダリの表情がわずかに硬くなった。
「あの子はまたジャハン・ナーウェの
スズダリは、かねて王弟ジャハン・ナーウェとは折り合いが悪いという噂であった。
それというのも、カルジャスタンが西方の有力なオアシス諸都市、すなわちサマル地方を支配下に置いたとき、手に入れたのはその豊かな猟場と鉱山資源だけではなかった。サマル首長の忠誠の
現在のサマル地方は、ジャハン・ナーウェが王の代理として統治を任されているが、その支配のあり方を巡ってスズダリと摩擦を起こしているらしい。だが、息子のカイラーン自身は
「他の認証者は、ジャハン・ナーウェなのでは?」
「はい。これから叔父上の邸に行きますので、カイラーンを連れ帰ってきましょう」
ルスランは義母の意を察してそう約束し、退出すると後宮の門の外で深呼吸した。
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