第一章 琥珀の瞳を持つ少年⑥

「よう、俺を召喚したのはお前らか? ずいぶん下手くそな祝詞をかましてくれるじゃないか、てっきりヤクが食あたりでうなってんのかと思った」

 堂々としたたいを持ついろの竜が、祭壇を押しつぶしてうずくまっていた。

「さっきまで俺たち神獣の吹きまり、そう、『シュロの葉パルフ茂る光の谷アーブル』でのんに寝てたってのによ、いまいましい奴隷契約の祝詞に呼び出されてこのざまだ。まあ、あの谷にも飽き飽きしていたから、召喚してくれてありがてえが。ところで、ここはどこだ?」

 竜は身体をぶるっと震わせ、石のかけを払い落としながらそうのたまった。

「な、何だ……」

「……瑠璃の竜、ルスラン王子の神獣はラピスラズリの体色の竜!」

「世にも珍しい瑠璃色の竜だ!」

 居合わせた宮廷人たちがどよめき、神獣たちも一様に警戒心をあらわにした。ルスランは周囲の動揺も目に入らず、ただぼうぜんと召喚された瑠璃竜を見つめていた。彼の眼は瑠璃竜の額にくぎ付けで、震える手が自身の額に触れる。

 ──お前が、僕と生涯を共にする神獣? 生死をともにするという……。

 シュロの葉に星の紋様──。自分のものと寸分たがわぬ瑠璃竜の神紋。

「瑠璃竜とな! 瑠璃竜は災いを呼ぶ神獣だ! いにしえの伝説の通りだ!」

 そこに、大声が響き渡った。瑠璃竜を指してそう叫んだのはジャルデスティーニだ。

 ──何だって? 災いを呼ぶ神獣? 宰相は何を言って……。

 ルスランはとっさにジャルデスティーニ、ついでファイエル導師を見やったが、導師は色を失い棒立ちになっている。

「瑠璃竜は初めて見るが、それが災厄を呼ぶとはどういうことだ?」

「宰相の言っていることは果たして本当なのか? そんな話は初耳だ」

 騒ぎ出す参集者を、ジャルデスティーニがじろりと睨んだ。

「皆が知らぬのも道理、だが、今こそその秘密を明らかにすべき時なのだ! そうですな、王よ」

「皆の者、うろたえるな! 静粛にせよ!」

 そこに、大音声が響きわたった。父王ハジャール・マジャールが自分のマントをさっと払い、瑠璃竜の前に進み出る。

「そなたの問いに私が答えよう。ここはカルジャスタン王国、光明をつかさどるミスレル神のまつえいたる我が王家が治めておる。そなたは確かに第一王子ルスラン・アジール・カルジャーニーに召喚された神獣か? 名は何という?」

 竜は半眼になり、ルスランを見下ろした。

「そこのガキの額に俺のと同じ紋様があるな。あ、こいつがルスランか」

「ガキ? こいつ?」

「こいつ」呼ばわりされた高貴な王子ルスランは、ぎゅっとまゆを寄せた。

「で、俺の名前はアルダーヴァル、別名『パルファーブルの厄介者』ともいうが」

「アルダーヴァル……」

 王は目を細めた。

「その名は古代語で、『稲妻を従える者』の意だな」

「そうらしいな、以後よろしく。さあ、俺はお疲れなんだ。ねぐらはどこだ?」

 瑠璃竜は辺りを見回した。

「待て!」

 ハジャール・マジャールは剣を抜き放ち、アルダーヴァルの前に立ちはだかった。いつもは冷静で感情を表さぬ王が、動揺と怒りで顔を朱に染めている。

「王国を継ぐ者の神獣が、よりによって災いを呼ぶ瑠璃竜であるなど許さん!」

「ふうん? 俺が災いを呼ぶって?」

 瑠璃竜は興味がなさそうに返事をし、壊れた祭壇を抱きかかえるように寝そべった。

「そんな話は初耳だな。それに『許さん』って、どういうつもりだ? 見たところお前さんも従神者なのに、神の定めた運命に文句を言うのかよ。それともそのひょろひょろした鉄の針で俺を斬り殺そうってか? やれるもんならやってみな」

 王の前にずいっと割り込んできたジャルデスティーニが、声を張り上げた。

「カルジャスタンでは瑠璃竜は災厄の象徴! 今までここに降臨した瑠璃竜は三頭、みな王国を破滅の危機に導いたと伝えられている。ゆえに瑠璃竜は認められぬ!」

 ──瑠璃竜は災厄の象徴? そんな話は聞いていない!

 ルスランは寝耳に水の話できようがくしたが、ファイエル導師も苦渋の形相で、頷きながら宰相の話に耳を傾けているのがさらに追い打ちをかけた。

 ──あっ。

 ルスランは思い出した。神獣舎の王名表。削り取られた箇所はたしか三か所だった。ファイエル導師は、災厄をもたらした神獣にまつわるもので、災いを呼ぶとされるゆえに秘密を知る者は王と宰相、そして導師に限られると。

 ──まさかその災厄をもたらした神獣とは瑠璃竜のこと?

 召喚式に列席した者たちは浮足立ち、論争する人の輪があちこちに出来ていた。兄のほうに向かって駆け出しかけたカイラーンは、スズダリに後ろから引き戻された。

「静まれ!」

 ハジャール・マジャールが大喝すると、大テラスは水を打ったように静まり返った。

「瑠璃竜、人型になれ。逆らえば、我がオルラルネをはじめ神獣たちが黙っておらぬ」

「そうかい? 神獣の十匹や二十匹、束になっても別に怖くねえがな」

 アルダーヴァルの赤い瞳が狂暴な閃光を発する。一方、オルラルネが白銀の翼を広げて身を低くし、威嚇の姿勢を取った。それを合図に、居並ぶ他の神獣たちも同じ姿勢となり、唸りを上げたりきばいたりした。

「まあいいや……ほらよ」

 さすがに不利な状況と悟ったのだろう、瑠璃竜が人型に変身すると、赤い瞳と黒に近い濃い瑠璃色の短髪を持ち、黒衣をまとう二十歳ほどの青年が現れた。神獣の中でもまれにみる美しい容姿だが、鋭い目つきと皮肉っぽい笑みを浮かべた唇の端が、一筋縄ではいかぬけんのんな雰囲気を醸し出している。

「ルスラン王子、神獣アルダーヴァルの隣に」

 父王の重々しい言葉に従い、ルスランはアルダーヴァルの隣に並んだ。長身で体格の良いアルダーヴァルと、やや小柄で線の細いルスランとの取り合わせは、好一対だった。

 王は息子と神獣を見据え、低くゆっくりした声を発した。

「余はカルジャスタンの王として、第一王子ルスランおよび瑠璃竜アルダーヴァルに命じる。我が王国の伝承に従えば、災厄をもたらす神獣は一日たりともとどめておけぬ」

 ──えっ!

 ルスランは頭が真っ白になった。

「故に、ルスランから王子の称号をはくだつし、アルダーヴァルとともにカルジャスタンより追放する!」

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