第一章 琥珀の瞳を持つ少年⑪

「お前、かなり酔っぱらっているじゃないか、しっかり歩けよ」

 アルダーヴァルは、ルスランを客室のある二階まで半ば引っぱり上げるように連れて行った。彼は優しくない付添人で、手荒にルスランを扱い、部屋に放り込む。

 寝台に転がされたルスランは相手の乱暴さに顔をしかめたが、次の瞬間笑い出した。

「ふふふ、痛いよ。もっと優しく扱ってくれないわけ?」

「あのなあ……お前、何にも考えないのか?」

 酔ったルスランはあおけになったまま、あきれ顔の相手を見上げる。

「何が? だって、泊まるところも確保できたし、上手くいけば都に帰れるかも……お前は何が気に入らないんだ?」

 アルダーヴァルは両の口角を下げた。

「何もかも、気に入らないね。『神託の結果によっては、伝承が神託に譲る』うんぬんとあいつらが言っただろ? 何だか持って回った言い方だったぜ。あと『アルマ王妃さまには多額の援助を』ってのも、言葉に含みがあったしな」

「別におかしくはないだろ? 母上がこの神殿に寄進をしていたのは事実だよ」

「神託云々は、『もらうものをもらえば神託をげてもいい』とも聞こえたし、妙にかねにこだわっているように思えたがな。親切そうに見えて、いけ好かねえ連中だ」

「それは邪推だよ。第一、自分が神に祈らないのに、神官たちのことをあれこれ言えるか? 上手うまくことが運ぶかもしれないんだ、余計な水は差さないでくれ……」

 ルスランはアルダーヴァルにくぎを刺したが、次第にその目がとろんとし、焦点が合わなくなっていく。考えるのも、何もかもが面倒くさくなってきた。

 それ以上言葉が続かず、彼は寝息を立て始めた。

 

     九


 夜半。

 一連の騒動の疲れと酒のせいか、ルスランはぐっすりと眠り込んでいた。少し離れた寝台では、アルダーヴァルがやはり寝息を立てている。

 ──あれ、僕、目が覚めているのか? それとも寝ているのか?

 横たわったままのルスランは、眠りとかくせいの間を漂い始めた。身体は動かないが意識は覚めていて、自分の額が温かくなっているのを感じる。

 ──神紋、光っている? なぜ?

 いつのまにか自分の魂が遊離し、寝台の肉体を見下ろしていた。額の神紋が光り、そこから出た細い光がアルダーヴァルの神紋とつながっている。

 ルスランの眼は、部屋の隅にうずくまる何かをとらえた。

 ──何だろう? 神獣?

 よく目を凝らすと、それは血を流して倒れている有翼獅子グリフインだった。神獣は絶命しているのかぴくりともせず、身体のそこかしこが切り裂かれて血まみれになっていた。そして、それを見守っている誰かがいた。

 ──アルダーヴァル?

 人型となった竜が、有翼獅子のむくろを前にして、涙を流している。

 ──泣いているのか? なぜ?

 ルスランは身動きしようとしたが、何かに縛られているように身体が動かない。自分がしきりに叫んでいても、アルダーヴァルの耳には届かない。瑠璃竜の頰を伝った涙が、後から後から足元に落ちて、水たまりを作る──。

「起きろ!」

 押し殺した声とともに揺さぶられ、ルスランははっと目を覚ました。さきほどの夢とも現実ともつかぬ不思議な体験が身体にまだ残っていたが、眼前にはアルダーヴァルの切羽詰まった顔が迫っていた。

「……どうした? つっ!」

 ルスランは頭を押さえた。慣れない酒を過ごしたためか、頭が割れるように痛い。

「お前、いい加減に鈍すぎだな」

 アルダーヴァルがあごをしゃくって窓の外を示す。満月の夜で、冷ややかな月光が床にまで差し込んできている。

「外を見てみろよ。気づかれるヘマをするんじゃねえぞ」

 ルスランが用心しつつ窓の陰から見下ろすと、中庭に人と神獣らしき者たちの影が集まっている。不穏な空気を察知した彼は、そっと窓から離れた。

「神官と神獣たち? 何でこんな真夜中に……」

「何で? あれが『さあこれから結婚式、花と新婦を飾り立てましょう、招待客が中庭からあふれんばかり』という風に見えるか? で、今度は反対側だ」

 アルダーヴァルの親指が向けられた扉に耳をつけてみると、階下から金属音と荒っぽい足音が複数聞こえてくる。ルスランは眠気も吹っ飛び、顔をこわらせた。

「分かったか? これから階下の連中が襲ってきて、万が一俺たちを取り逃がしても庭の連中が葬る算段だな」

 アルダーヴァルはにやりと笑い、手刀でしゅっと首を横に斬ってみせる。

「面白くなってきやがった。連中、お前には酒をしこたま飲ませ、俺には食事に毒草を盛ってどうにかしようと思ったんだな。俺は行儀がいいから毒草はよけて食ったが」

「ど、毒草?」

 ルスランは叫び声を抑えるのに苦労した。

「ああ、裏切って俺たちの命をどうにかしようってことだろ? ひょっとしたら、ドルジュ・カジャールの誰かと通じていてわなを張ったのかもな」

「ドルジュ・カジャールの? ま、まさか……」

 ルスランは足元が崩れ、底なしの闇に飲み込まれていく心地がした。信じたくはない、だが、アルダーヴァルの指摘通りかもしれないとも思った。

 ──追放だけでなく、命まで奪おうと? こんなことをしようとする王都の人間がいるとしたら、それは一体誰?

 宰相ジャルデスティーニ、継妃スズダリ……ルスランの脳裏に、疑わしい人物の像が浮かんでくる。そして、もっとも考えたくない可能性──赤茶色の髪とへきがんを持ち、白銀竜を従えた人物の姿を、無理やり心の底にしまい込んだ。


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この続きは、2023年11月24日発売

『琥珀の瞳は瑠璃を映す カルジャスタン従神記』(角川文庫)

にてぜひお楽しみください!



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琥珀の瞳は瑠璃を映す カルジャスタン従神記 結城かおる/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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