*6* 突如おとずれるデレ

 スッキリとした目覚め。

 頭も冴えて、爽快な朝です!


「んん~っ! よく寝た…………」

「リオッ!」

「ぐぇっ」


 ──と見せかけ、死角からの強襲が炸裂。


「起きた……よかった、元気になってよかった、リオ……っ!」


 しかもタックルをかましてきた犯人が、えぐえぐとボロ泣きする黒髪美少年ときたから、さぁ大変。


「んっ……? きみはもしかして、もしかしなくても?」


 ひたすらにそっけなかった、あの子じゃないだろうか。


 そうとわかって、アホみたいに目がテンになったポンコツ薬術師の話、しなくてもいいよね?



  *  *  *



『寝て起きたら、ツンデレ美少年がダンボールに捨てられたわんこになっていた件』──どこのラノベタイトルだ。


「はーいこっち向いてー、ちーん!」

「……ズズッ」

「おぉ……!」


 ベッド上で向かい合った少年のうるわしきご尊顔に、ティッシュがわりの懐紙を近づけてみた。そうしたら、言われるがままに鼻をかんでくれるという。


 これには思わず拍手。ぱちぱち。イケメンって、鼻が垂れててもイケメンなんだな。新発見だ。


 こんどは水に濡らしたハンカチで、泣き腫らした目もとを冷やしてあげる。


 すると、赤くなった鼻をズル、とすすった少年が、潤んだサファイアの瞳で見つめてきた。


「……もう、大丈夫?」


 おっと、忘れかけたころに。それ本日何回目だい? まだ一日がはじまったばっかなんだけどな。


「大丈夫大丈夫。おかげさまで、リオさん復活しましたからね。心配性だなぁ、少年は」

「『少年』じゃない……俺の名前は、ノア」

「どうした少年? 急にデレましたな……」

「ノア」

「おおう……」


 語尾をさえぎった声が半音低い。圧を感じる。

 目の前の彼が、むすっとふてくされている。

「呼んでくれなきゃやだ」とでも言わんばかりに。


「昨日はつきっきりで、わたしのことみててくれたんでしょ? ありがとね、ノア」

「ん……」

「ヒョエ……」


 ご所望のとおりお名前を呼んであげたら、だよ。ぽ……とほほを染めたはにかみを頂戴しました。


 つい変な声が出ちゃったけど、ぜひ気にしないでほしい。不意のイケメンスマイルは心臓に悪い。血圧上がる。



 ──聞けばノアは、昨日別れたときのわたしの様子が気になって、宿をたずねてきたんだとか。


 空元気なの、バレちゃってたかぁ……


 声をかけても返事はないし、鍵は開きっぱなし。いざ部屋に入ってみたら撃沈してるわたしを発見。それからはもう、言わずもがな。


 そりゃあ、あんだけうるさかった人間が死んだように眠ってたら、焦るよね。びっくりさせてごめんなさい。


「夕方以降の記憶がないんだけど、どんだけ爆睡してんだって話だよねぇ、あはは」と冗談めかしたときのノアの反応が、すんっ……と一瞬真顔になった気がしたんだけど、気のせいだと思う。


「ほんっと、昨日までの怠さがうそみたい。めっちゃ身体が軽いや。いまなら低級ポーション百本くらい作れそう! それは言いすぎか!」

「作れるよ」

「まったまた、お世辞が上手ですねぇ」

「お世辞じゃない。リオなら、作れる」


 ぐぐーっとのびをしながら笑い飛ばしたら、まさかの返しにフリーズしちゃった。


「……ノア?」

「うん?」

「きみは、ノア?」

「さっきからそう言ってるのに。リオってば、変なの」


 わたしの言うことなすことを全肯定するイエスマンを前にして、念のため確認を入れたら、そっくりさんじゃなかったらしい。


 わたしが変なの? きみが劇的変化を遂げたわけじゃなくて?


「今日はこれからどうする? またポーション作る?」

「うん? あ、今日はポーション作りお休みしようと思うの。ギルドに顔出して、薬草採取クエストを回ろうかなって」

「つれてって」

「いいとも~って、へっ?」

「俺もついてく。人手が多いほうがいい。手伝う」


 うっかりうなずきそうになったけど、ふと我に返る。


 いそいそと居住まいをただし、ベッド上で正座。


 するとなにを思ったのか、ノアもおなじように正座して向き合った。


「……どうせ帰る場所もないし、リオについていきたい」

「あのね、ノア。真面目な話をすると、ポーションを卸す取引先を一からさがさなきゃいけない状況なの。定期的に買い取ってくれるところを見つけるまで、長旅になるかもしれない。ノアはそれでもいいの?」

「いい。迷惑にならないようにする。俺、リオの役に立ちたいんだ。だからつれてって。おねがい……」


 伏せがちなサファイアの瞳は、いまにも泣き出してしまいそうだ。


「不安にさせちゃったね。大丈夫だよ」

「……えっ」


 ふっと声をやわらげて笑いかけたら、呆けたようにノアがまばたきをした。ふふ、また瞳がこぼれちゃいそう。


「わたしもゴタゴタに巻き込んじゃったからね。ノアがやりたいこと、応援してあげたいって思ってたの」

「それじゃあ……!」

「うん、いっしょに行こうか」

「リオ、リオ……りぉお~……!」

「あらー!」


 緊張の糸が切れたんだろうか。またもや、ノアがボロボロと泣き出してしまった。


 とっさに頭をなでちゃったんだけど、まって、これってまずいのでは?


「ごめんノア! 嫌だったよね!」


 昨日はわたしにさわられて不機嫌そうにしてたし、馴れ馴れしすぎたかも。


「嫌じゃない!」

「へっ……」


 でも、右手を引っ込めようとすると、引き戻される。


 ぽん、とわたしの右手を頭に乗っけたノアが、へらりとほほをゆるめた。


「嫌じゃない……リオはやさしくしてくれる。俺は、リオにならさわられてもいい。リオはとくべつ……」


 ノアはほほを紅潮させたまま、きゅっと目をつむって、わたしの手のひらに頭をこすりつけてくる。


 なでて、なでてとねだる子犬みたいに。


「なんだこのかわいい生き物は。世界救えるな」


 胸がキュンキュン通り越して、ギュンギュンするんだが。


 それから、まんまとなでくり回させられたことは、言うまでもない。


「そうだ、いっしょにクエスト回るならさ、ひとつきいてもいい?」

「なんでもきいて」

「ノアってさ……冒険者登録、してる?」


 ふと思い出したことを質問をしてみれば、ご満悦顔でなでられていたノアくんが、まじりけのない笑顔でにっこりと答えました。


「してない」


 あはは! マジですか!

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