*12* 愛されていたからこそ ノアSide

 

 はじめから孤独だったら。

 血も涙もないどん底にいたなら。

 そうすれば、こんなにも苦しむことはなかっただろう。


「こんなところにいたのかい。見つけたよ」


 どんなに辛くて、苦しくて、死んでしまいたくなっても、俺の記憶の奥底には、晴れた空みたいなまぶしい日々があった。


「おなかが空いただろう? ごはんにしよう。おいで、ノア」

「うん、おとうさんっ!」


 木にのぼったやんちゃ坊主を叱ることもなく、飛びおりたら抱きとめてくれる、やさしくて力強い腕があった。


「おっと! またおっきくなったんじゃないか? ノアは、お父さんに似て背の高いイケメンになるぞ~」

「きゃははっ!」


 春の陽だまりみたいに笑う父さんのことが、俺は、大好きだった。


 大好きで、大好きで……愛されていたからこそ、うしなったときの哀しみが、絶望が、いまでもなお、俺を苛んでいる。



  *  *  *



「おや、もうひとりで絵本が読めるようになったのかい」

「えへへ。おとうさんが、ねるまえによんでくれるから!」


 物心ついたときから、父さんとふたり暮らしだった。


 父さんはのんびりとした性格だったけど、頭がよくて、俺にいろんなことを教えてくれた。


 おかげで五歳になるころには、ひととおり読み書きができるようになっていたくらいだ。


「ねぇ、おとうさん……」

「うん? どうしたんだい。元気がないけど」

「ひろばにきてたかみしばいやさんが、『てんしとあくま』のおはなしをしてたの……『てんし』は、かみさまにかわいがられてて、『あくま』は、わるいやつなんだって……」

「それが悲しかったの?」

「だって、だって……『あくま』には、ぼくとおんなじ『はね』があったよ。ぼくも、わるいこなの……? だから、ぼくがうまれたかわりに、おかあさんが、よぞらのおほしさまになっちゃったの……?」


 同年代のこどもと比べて、感受性が強かっただろう。無意識に、何度父さんを困らせたか知れない。


 だけど父さんは、俺の前で困った顔ひとつしなかった。


「『悪魔』が悪いやつなんて、そんなのはおとぎ話の中だけだよ。ノアは、いい子だ」

「ほんとに?」

「うん。だから、悲しまなくていい。ゆっくりおやすみ」


 にっこり笑って、おでこにキスして、俺を抱きしめて眠ってくれた。


 ……あのころは、しあわせだった。

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