*11* 暴かれる秘密
「きゃーっ! 雨だ! 走れ走れーっ!」
悲鳴を上げながら、灰色の空の下を爆走する。
冒険者ギルドでポーション五十本と引き換えに一万ゴールドを手に入れて、今日のランチは奮発してステーキでも食べようかと思ってた矢先にだよ。
「うぅ……まさかすぎる……雑巾か、雑巾コントができるぞ……」
ひぃひぃ言いながら避難した路地裏の軒下で、しくしく泣きながらワンピースの裾を絞る。
「降りはじめたと思ったら、あっという間だったな……」
ノアも並んで壁にもたれて、ため息をついた。
人目が気になるノアに、おさがりで黒ローブをあげたんだけど、フードを脱いで濡れた前髪を掻き上げる仕草が、なんともサマになっている。
これぞ、水もしたたるいいイケメン。
おなじ人間のはずなのに、わたしとはえらい違いだ。なんかちょっとくやしい。
「ちょいと。そこのお嬢さんや」
「はい?」
まったく予想外の方向から呼ばれたのは、そんなときだ。
よくよく目をこらせば、薄暗い路地裏の奥でパラソルをさし、広げた絨毯の上に座り込んだ、いかにも『魔女』っていでたちのおばあちゃんがいた。
「おまえさん、ツイてるよ。アタシみたいな凄腕占い師のお目にかかれたんだからね」
「それは、光栄です……?」
「雨宿りの暇つぶしがてら、占ってやろうじゃないか。たったの二千ゴールドぽっちだよ」
「胡散くさいな……ただのぼったくりじゃないか?」
「しっ……! 思ってても声に出さないの!」
あからさまに怪訝な顔をするノアのお口をチャックする。
大丈夫。わたしもそういう危機察知能力はちゃんとしてるから。壺とか買わされそうになったら丁重にお断り申し上げるから。
「おや、信じてないのかい? いいさ、そんなら、そっちのぼうやはタダで見てあげようじゃないかね。はっ……きぇぇいッ!」
おひざにのせた水晶玉へ両手をかざし、くわっ! と目をかっ開くおばあちゃん。
「むむ……んむむぅ……みえる、視えるよ……ぼうや、女を心底嫌ってるね」
「……だったらなんだよ」
「興味深い、興味深いねぇ……女嫌いのぼうやが、なんでまたこっちのお嬢さんにどっぷりと入れ込んでるのか」
「あの、おばあちゃん、もういいですから」
これはまずいな、と直感した。
お代をわたしたら、満足してもらえるだろう。
でも、ふところに手を入れたときには、もう遅くて。
「あぁ、そうか……そうなのかい。ぼうや──おまえさん、人間じゃないね?」
「……ッ!」
「え……?」
「必死に人間のフリをしてるみたいだけど……翼が、黒い翼が視えるよ……人を惑わす、悪魔のたぐいだね。ふむ……それも、はぐれ悪魔か……」
「うるさい……黙れ黙れ黙れッ!」
「ノアっ!?」
ガッと壁を殴りつけたノアが、雨空のもとへ飛び出していく。
「ノアっ……待ってノア、ねぇっ!」
お世辞にも運動神経がいいとはいえないわたしの足じゃ、男の子のノアには追いつけない。距離はひらくばかりだ。
だけど遠ざかる背を完全に見失ったら、取り返しのつかないことになる。
そんな気がしてならなくて、もう夢中だった。
「風よ、わたしの背を押して──『エリアル』」
これは、わたしが唯一使える中級風魔法。
身体能力を一時的に高める、補助魔法だ。
ヒュオウッ……
吹き抜けた風に後押しされ、
たちまちに縮む距離。
「……つかまえたっ!」
ぱしりと、伸ばした右手は、届いた。
サァ──……
霧雨に打たれながら、しばらく立ちつくす。
もやがかかった世界には、わたしたちしかいないみたいな感覚になった。
「…………リ、オ」
「かえろう」
か細くふるえる声をさえぎる。
なにも言わなくていいから。
「帰ろう、ノア」
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