*4* ランチタイムのち、さようなら

 採取したチーゴの花を手早く処理して低級ポーションを作るのに、二時間。


 それから隣街まで歩くこと、さらに三時間。


「低級ポーション五本で、千ゴールドだ。ほらよ」

「ありがとうございます!」


 冒険者ギルドで買い取りをしてもらうころには、すっかり昼をすぎていた。


 千ゴールドか。てことはひとり五百ゴールド。ちょっとリッチなサンドイッチに、ソフトドリンクもつけられるな。


 冒険者ギルドでランチ代を稼いだあとは、大通りの屋台でふたり分のサンドイッチとジュースを購入する。


「おうい少年! おまちかねのランチだよー!」

「まってない、うるさい、静かにしろ」


 相変わらず少年は名前を教えてくれないし、わたしへの風当たりもキツイけど、どこにも行かないでちゃんと待ってくれてるんだよね。


「ふひひ……」

「不気味……」

「まって、それガチなトーン」


 過労死からの壮絶転生人生を送ってきたので、何事にも動じない虚無顔がデフォルメになっていたけど、しまりなくゆるんでしまってたみたいだ。


「ほら、お手伝いが立派にできたえらいボクちゃんに、お駄賃よ。たんとお食べ」

「……だから、こどもあつかいするなって」


 紙で個包装されたサンドイッチと、紙製のカップに注がれたジュースを手わたすと、憎まれ口を叩きながらも受け取ってくれた。


 ツンデレってやつか……お姉さん、ほほ笑ましいわ。


 またにへらと顔がゆるんでしまいそうになるのをこらえて、広場にある噴水前のベンチに腰かける。


 包み紙を剥いてサンドイッチにかぶりつくと、シャキシャキレタスの食感のあとに、厚切りベーコンの肉汁がじゅわっとひろがった。


 かと思えば、とろけるチーズの香ばしいかおりが、鼻腔をすっと通り抜ける。


「はっ……なんだこれ、はちゃめちゃに美味しいじゃん……この値段でこの美味しさは、詐欺なのでは……!? ねぇ少年、ジュースも飲んでみてよ! さっき話したチーゴの実のジュースだよ! これは食べごろに熟したやつ!」

「だまって食えないのか」

「ウッス……サーセン」


 年下に食事のマナーを注意されてしまった。落ち着きのないダメ大人ですんません。


「うぅ……だって、うれしかったんだもん……だれかとごはん食べるのなんて、ひさしぶりだから……」

「……うれしかった? 俺と、食事したくらいで? なんで……」

「はいはい、たかが食事でテンションが上がる単純なやつですよーだ。ぼっちナメんなよー」


 ふてくされて、ズズ……とジュースをすする。おっと、また怒られてしまうと思ってたら、当の少年がなにやら考え込んでて。


「ねー、少年」

「……こんどはなんだ」

「きみ、きれいだね」

「どういう意味──」

「食べ方がきれい。そうやってきれいに食べてもらえて、食材たちもうれしいと思うよ」

「ッ……!」


 目にしたことに素直な感想を述べただけなんだけど、少年の肩が異様なほどビクついた。


 こっちをふり返った彼の顔は、また真っ赤になってた。


 サファイアの瞳の奥では、羞恥とか、ほかにもいろんな感情がごちゃごちゃになってて、言葉にならないみたいだった。


「よし! お腹もいっぱいになったことだし、わたしはそろそろ行こっかな」

「はっ……?」


 ベンチから立ち上がったとき、間の抜けた声をもらしたのは、少年だ。


 これは思わぬ反応だ。わたしも首をかしげる。


「え? 今日のお宿をさがしに行こうと思うんだけど。超特急でポーション作ったり、歩き回って疲れちゃったし。きみはこれから、この街を見て回るんだよね?」


 見たところ無一文みたいだし、少年の今後の選択肢としては、働き口をさがすのがベストだろう。


 昨日家に連れ帰ったあとに、一応泥まみれのからだを拭いてあるし、着てた服も一度洗濯、絶妙な火・風魔法で乾燥させて、きれいにしてある。


 清潔感のある黒髪美少年なら、引く手あまただろう。


「この先にあったレストランのウェイターとかどう? モテモテでチップもはずむかもよ、イケメンく~ん?」

「ちょっと……おい」


 なにか言いたげな少年の手に、キャンディをにぎらせる。あ、これはごくふつうのキャンディね。


「ふふっ、お姉さんからの餞別せんべつだ。疲れたときになめると元気が出るよ。さぁがんばりたまえ、少年!」

「おいっ!」


 隣街までっていう約束に、嫌々付き合わせてたんだ。これ以上、未来ある若者の時間を奪うのも忍びない。


「またどこかで会えたらいいねー!」


 ちょっぴり寂しいけど、格好くらいつけさせてよ。

 それが、大人のプライドってもんです。


 笑顔で手をふったあとは、もうふり返らなかった。

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