*5* 落ちこぼれモノローグ
「わーい、ふかふかオフトゥンだー」
街一番の格安素泊まり宿に一室を借りたわたしは、マジックバッグを投げ出すやいなや、ベッドにダイブする。
目をつむり、すん、と鼻をすすると、ほのかに雨のにおい。
「…………うぅ」
しとしとと、雨の足音が近づいてくる。
ねずみ色の雲に埋め尽くされて泣き出す空模様のように、ベッドに沈み込んだわたしの体調は、下り坂をころげ落ちていった。
* * *
上級ポーションを作れるくらい高品質な魔力をもって生まれたわたしだけど、燃費に関しては最悪だった。
低級ポーションの生産限度は、一日に五本。
上級ポーションは、一本作ると一週間はからだが使い物にならなくなる。
わたしが極貧生活となかなかおさらばできない、最大の理由だ。
今日作った低級ポーション五本は許容範囲内だけど、それは『ポーション製作』に限ったお話。
『特製キャンディ』は、作るために低級ポーションと同等の魔力を消費する。
それをふまえて、『お菓子配り』をするための、連日のキャンディ製作。
原料を採取するための森型ダンジョン遠征。
五徹の疲労と魔力回復が充分にできていない中で、ポーション製作。
なにが言いたいか。
明らかな、オーバーワークだったってことだ。
だからってさ、酷いあつかいを受けて、お腹を空かせた子を、見捨てたりできないでしょ? ひもじいのは嫌じゃん。心細いじゃん。
だれかといっしょにご飯食べたら、ホッとするかもじゃん? わたしなんかで悪いけど。
これはそう、しょうもない大人のプライド。
「……ばか。そんなこと、たのんでない」
朦朧とする意識で、くっそ重いまぶたを押し上げる。
夕焼けのまぶしさが目に痛い。思わず顔をしかめて、あれ……? と疑問をいだく。
だれか、いる。仰向けにされたわたしを、のぞき込んでる。
「だれが、助けろってたのんだ。だれが、看病しろってたのんだ」
茜色にかすむ視界で、彼をとらえる。
澄んだサファイアの瞳を水面みたいにゆらめかせていた、黒髪の少年は。
「あれぇ……さっきぶり」
へらりと、笑ってみせる。
思った以上に声がか細くて、なんだか可笑しくなる。
そんなわたしを目にして、少年が唇を噛んだ。
「傷が……からだ中についてた生傷が、ぜんぶなくなってた! 俺が言うことをきかないから、落ちこぼれだから、お仕置きされて当然だったのに……っ」
「なにいってるのか、わかんないなぁ……」
わたしはたぶん、夢を見てるんだ。じゃなきゃ、ろくに視線も合わせてくれなかったあの子が、わざわざさがしにきてくれるわけがないし。
これが夢なら、余計なことまでしゃべってもいいだろう。
「落ちこぼれだって、思い込んでるだけ……きみは、きみにしかできないことを、まだ見つけられてないだけ」
「──ッ!」
こぼれ落ちそうなくらい見ひらかれたサファイアみたいな瞳が、苦しげに細まる。
彼はそれからふところをさぐって、取り出したものを、乱雑に放るんだ。
「……キャンディの包み紙に、はさまってた」
ひらり、ひらりと視界の端を横切ったのは、折り目のついた一枚の紙幣だ。
「俺の傷は、あんたが治した……あったかい食事をあたえて、能天気に笑いかけてきて! それでっ……名残惜しくなった矢先に、
ぽたぽたと、大粒の雨粒が降り注いで、わたしのほほをつたう。
サファイア色の空が、泣いている。
「無理やり俺を店に連れてきたやつらも、客も、みんなみんな、おなじだった……穢らわしい目で、舐め回すように俺を見て……吐き気がするくらい嫌だった!」
ぽたり、ぽたりと、雨脚が強まる。
「ひとりで、ふんばって、きたんだね」
なんとか持ち上げた腕を伸ばしたら、手の甲に、そっと手をかさねられた。
「あんたは、ちがう……きれいなのは、俺じゃなくて、あんたのほうだ……あんたなら、さわられるのも、さわるのも、へいきだ……ううん、ちょっと、ちがうかも。胸がキュッて、切なくなる……たまらなく、なる」
濡れたほほをぬぐってあげたくて、指先を伸ばしたら、手を包み込まれたまま、するりと、指がからんだ。
「……あんたがひろったんだから、責任とってよって……追っかけて、文句言ってやろうと思ったのに……なんで、こんな……すっとぼけて、無茶して…………俺のせい、なの……っ」
「きみのせいじゃなくて……きみのために、わたしがかってにしたこと、だよ」
「ばかっ……ばかばかばかっ!」
急に息苦しくなる。
夕焼けが遮られて、目の前に黒髪があって、覆いかぶさるみたいに、ぎゅうって抱きしめられてるんだってわかった。
「うそ……こんなことが、言いたいんじゃなくて……やさしくしてくれたあんたに……ありがとうって、言いたくて」
「ふひひ……よせやい」
なんだか、照れちゃうなぁ。
それはそれはしまりのない顔をしていただろうけど、こんどは、非難するような言葉はなかった。
すりすりとわたしのほほをなでる、やさしすぎるくらいの指先の感触があるだけだ。
「きみの手……つめたくて、きもちいね」
「あんたが望むなら……いくらでもふれてやる。それで、あんたの苦しいの……ちょっとでも、肩代わりできるかな」
「ふぇ……?」
どうやって?
素朴な疑問は、声にはならない。
「落ちこぼれの俺でも、あんたの役に立てるなら……」
そこで言葉を切った彼が、いつの間にか手にしていたキャンディを口に入れる。
それから身をかがめ、わたしへ整ったお顔を近づけてきて。
唇と唇がふれあった瞬間、舌先で、キャンディを押し込まれる。
「んっ……ふぅ」
「はっ……」
キャンディを転がす舌先が、わたしのそれもくすぐる。
「んっ……オ…………リオ……リオ……っ」
呼ばれてる、気がする。
角度を変えながら、深さを変えながら、何度も何度も唇がかさなって、キャンディが転がって、甘いのが溶け出す。
それと引き換えに、重くて怠い感覚が、すぅっと波を引く。
「リオ……ごめん、生意気なこと言って、ごめん……俺のために、ありがとう……んっ」
「ふぁっ……」
とっくにキャンディは溶けてしまったのに、飽きることなく唇をかさねられて、その甘さに、頭がぼうっとする。
「ん……リオがくれたキャンディと、リオとしたキスの味……俺、一生忘れないよ」
ようやく唇が解放されると、とろんと、まぶたが重くなる。心地いい気だるさだった。
「ねぇリオ……ノア、俺の名前は、ノアだよ。夢から醒めたら、俺の名前、呼んでくれる? リオ……」
見上げた彼の顔は、夕焼けのせいか、赤みをおびて見えて。
ぎゅううっと抱きしめられるぬくもりを最後に、わたしの意識は、まどろみの彼方へと消えていった。
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