お菓子配りの魔女と落ちこぼれ悪魔〜転生薬術師、ノリでひろった美少年が純情インキュバスでいろいろ詰む〜
はーこ
*1* お菓子配りの魔女、ノリで美少年をひろう
人は十日食べなくても案外へいきだけど、三日寝ないと生きていけないらしい。
じゃあ、季節外れの嵐がやっと過ぎ去った不眠不休五日目の朝をむかえるわたしは、超人だ。
みんなに自慢してまわってもいいくらい。いや、自慢するような友だちもいないけど。
(やっちまった……)
んで、そんなわたしの今現在はというと、薄暗い夜明けの街で立ちすくんでいた。虚無顔で、だ。
(そりゃ、近道をしようとしたわたしが悪いんだけども)
多くの
とくに
で、なにが言いたいのかっていうと、どんな時間帯であれ、軽率に近道をえらんじゃいけないってことだ。
盛大にヤッている場面にエンカウントすることが、少なくないので。
「イイわぁ……夫よりすごぉい……」
路地裏へ一歩足を踏み入れれば、そこはドぎついピンクな光景。
レンガ造りの壁に押しつけられたどこぞのご婦人が、後ろから揺さぶられて喘ぎまくっている。
人妻・不倫・NTRプレイか。マジでやめてくれよ。べつに観たくもないAVを予告なしにハイビジョンフルスクリーンで放映された気分だ。
(よし、見なかったことにしよう)
思い出したように痛む頭をおさえながら、そっと立ち去ろうとするけど、遅かった。
喘ぎ狂うご婦人を後ろから淡々と揺さぶっていた青年が、ふと動きをとめる。
未明の薄暗い路地裏で、猫のように輝く蜂蜜色の眼光が、わたしをとらえた。
「……次は、あなたが僕を買ってくれるんですか?」
んなアホな。
脳内でツッコミを入れるわずかな間に、ぐらっと揺らぐ視界。
ご婦人をはなした青年が、あっという間に距離をつめ、するりと腕を腰にからめてきたんだ。
ずるずると崩れ落ちたご婦人は白目を剥き、よだれをこぼしていた。ご愁傷さまです、いろいろと。
そんなご婦人のことなんかもう眼中にないのか、わたしの腰をなぞるなんとも不穏な手つきの青年へ、意識をもどす。
「ごめんなさい、間に合ってます」
「……安くしますよ?」
「あのねぇ、そういうことが言いたいんじゃないの」
こんな路地裏で商売をしているくらいだ。見つけた金づるを逃したくないんだろうけど。
「じぶんを安売りしちゃダメってこと」
わたしを拘束した青年の呼吸が、はた、と止まる。
その隙に腕を抜け出し、つかむものを見失った青年の右手へ、左腕に提げたバスケットから取り出したものをにぎらせた。
そこでようやく青年の蜂蜜色の瞳が、ぱちりとまばたきをした。
「男娼にキャンディをわたす、黒いローブの魔術師……まさか、『お菓子配りの魔女』ですか?」
「やだ、そんな風に呼ばれてるの? わたし」
ここで仕事をはじめて、それなりになる。
今日みたいに『お誘い』をかわす理由と個人的な趣味ではじめた『お菓子配り』だけど、そんな通り名がついていたとは。
「でもまぁ、それなら詳しい説明はいらないね。見たところ肌に発疹もないし……そのキャンディ、忘れずに舐めてくださいね。そしたら大丈夫なので」
さっと視診をすませ、さっき強引に抱き寄せられたときにできたローブのしわを、なでて伸ばす。
「ちょっと遠いけど、ここから西へ行った三番街のはずれにきれいな小川があるから、サッパリできますよ。あぁそれと、あなた、前髪を切ったら人気者になるかも」
「え……あのっ!」
「ではでは」
ひらりと右手を振って、ローブをひるがえす。
青年が追ってくることは、なかった。
「ふぅ……なんとか切り抜けた」
こういうのは、うろたえたらおしまいだ。隙を見せた瞬間にヤられる。
何事もスマートに。必要性のない供給はノーセンキュー。
「思わぬ道草食っちゃったけど……まだ間に合うでしょ」
カチリと蓋をしめた懐中時計をローブにしまって、ひと息つく。
あんなハプニングが、そうそう立て続くわけないしね。
そんなふうに思っていたことが、わたしにもありました。
──ガッ。
「っとぉ!?」
物思いにふけっていたら、なにかに足を取られて大きくよろめいた。
とっさにふんばってきょろきょろ見わたすけど、目の前にはなにもなくて。
でも、あった。いや、いた。
視線を下ろした足もとに、うずくまった黒い物体が。
「…………人?」
『それ』は雨上がりの浅い水たまりに顔を突っ込んで、ぴくりとも動かない。
かがみ込むついでに肩へ手をかけ、ごろりと仰向かせると、泥まみれの黒髪が地面に散らばった。
「ふわーお。生きてんの? これ」
首すじに指を当ててみる。まだあたたかい。脈は正常。よし、生きてるな。
推定種族、ヒト。
身長、わたしより上背があるかどうか。
性別、見たところ男子。
年齢、十四~十五歳?
なぜ行き倒れているのか、不明。
「きみ、こんなとこで寝てたら風邪引くぞ? 起きろー、おーい」
ぺちぺちとほほを叩いて刺激を与えてみるけど、反応なし。気絶しているみたいだ。
「うーん……どうしよ」
ここで、ふたつの選択肢があらわれる。
ひとつ、少年を助けるか。
もしくは、見捨てるか。
ちなみに補足すると、現在は取引先の娼館に『商品』を届ける道中だ。約束の時間は間近だったりする。
で、この取引を逃したら、しばらくパンを買えない生活とこんにちはする羽目になる。
「まぁ……今回は運が悪かったってことで」
わはは、とひとしきり笑い飛ばしたわたしは、立ち上がって。
「極貧上等! 行くぞ少年っ!」
少年の足もとから頭のほうへ回り込むと、脱いだローブを適当に引っかけて、ついでに少年の腕も肩に引っかける。
「このまま見捨てたら
担ぎきれてない少年をずりずりと引きずりながら、ケラケラと来た道をもどるわたしのすがたは、道行く人からしたらドン引きものだったろう。
しょうがない。なんたって、嵐に自家栽培の薬草をめちゃめちゃにされ、モンスターの出没する森に泣く泣く薬草採取の遠征に行った帰り、五徹目の身だ。
なにを血迷って、爆笑しながら見ず知らずの人間をひろったのか?
その答えをここに示そう。
──早い話が、
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