*7* 魔力おばけとか、だれも勝たん
「というわけで昨日ぶりにやってきました、冒険者ギルドです!」
別名黒レンガ会。その名のとおり、どの街でも共通して黒いレンガ造りの建物だ。
ちなみに商団ギルドの別名は赤レンガ会。わかりやすくていいよね。
「クエストを回るのに、冒険者登録が必要なのか……知らなかった」
「ひよっこ冒険者が、上級モンスター討伐とか受注したら大変だからね。冒険者もクエストもランク管理して、ある程度ランクを上げないと高難度クエストを受けられないようになってるの」
「へぇ……ポーションの買い取りも冒険者ギルドでやってるんだったよね。商団ギルドじゃなくて?」
「日常生活に必要な流通ルートは商団ギルドが管理してるけど、ポーションとか医薬品に関しては、冒険者ギルド管理なの。需要の問題でね」
「言われてみれば。冒険者は怪我が絶えないもんな」
「そういうこと。さっ、行こっか」
ここは先輩として、たよれるところを見せなきゃね!
はりきって木製のドアを押しひらくわたしは、このあと起こる事件のことなんて、知るよしもなかった──
* * *
冒険者ギルド一階西側。
ここは新規冒険者エリア『適性検査所』。
カッ…………パリィィインッ!
目を刺すような閃光が走る。
かん高い音が鳴り響き、それまでの和やかなムードが凍りついた。
カウンターの上には水晶玉──だったものの、砕け散った破片。
あまりに衝撃的な光景すぎて、わたしは絶句した。
「リオ」
右手をかざした姿勢からふり返ったノアが、真顔でこんなつぶやきを。
「粉々になっちゃった」
「うんうん、そうだねぇ……なんでぇっ!? 去年わたしも冒険者登録をするときに『適性検査』したけど、こんな惨状にはいたらなかったよ!?」
「そんな……ドワーフ最高峰の技術を用いて磨きあげられたオリハルコン製の魔法具が、壊れてしまうなんて……」
検査を担当してくれたギルドスタッフのお姉さんも、驚きを隠しきれてない。
「測定器が耐えきれないほどとなりますと、ノア様の初期魔力ステータスは、少なくともS+と推定されるかと……」
「少なくともS+!?」
「俺すごい? えらい?」
すごいどころのお話じゃねぇ。
しかも当の本人が、事の重大さをよくわかってない。
とと、と近寄ってきたノアが、わたしの目の前でかがんで、艶のある黒い頭を差し出す。うん? なでろって?
ノアにとっては、実力を自慢するより重要なことらしい。すごい独特な基準だね。
「と、とりあえず、『魔術師』で
「わかった。そうする」
やばい……顔がいい上に魔力おばけとか、この子大物だわ。
「……えへへ」
そんな大物ノアくんは、わたしみたいな下々の者に頭をなでこなでこされて、ごきげんだった。
* * *
ノアくんは不機嫌だった。
黒いレンガ造りの建物内にある渡り廊下を行きながら、むっすぅ……と唇をとがらせて、発行された冒険者ライセンスとにらめっこの真っ最中。
「Fランク……ステータスが高くたって、結局ふつうの初心者とおなじスタートじゃないか」
「まぁまぁ。何事も順序がだいじってことだよ」
D~Fが初心者。
Cが中堅。
A~Bが上級者。
Sランクにいたっては、英雄レベルの実力者だ。
冒険者歴一年でDランクのわたしは、可もなく不可もなくってところかな。このまま何年も足ぶみしてたら、ちょっと問題だけど。
「ノアなら、わたしのランクなんかすぐ追い越すって」
フォローというか、素直な気持ちで声をかけたつもりなんだけど、ノアはかたちのいい眉をひそめたまま、納得してないみたいだった。
「俺が高ランクだったら、上級クエストでどんどん報酬を稼いで、リオにもいっぱい、ぜいたくさせてあげられるのに……」
「わたしの、ために?」
……そうだよね。ノアは、そういう子だった。
わたしの役に立ちたいって言ってくれた、やさしい子。
「その気持ちだけで充分だよ。ありがとう」
「でも俺、まだなにもリオの役に立ててない」
「いいの。ノアだけに怖い思いとか、痛い思いをさせたくないの。焦らなくていいから、わたしとゆっくりやってこうね?」
「リオと、俺で…………うん」
「よし! そんじゃ、お仕事に行きますかね! 今日はどんなクエストがあるかなーっと……」
ちょうど一般エリアの大ホールへやってきた。
ここではモンスター討伐やアイテム採取、変わり種だと賞金首ハントに落とし物さがしだとか、いろんなクエストがランクごとに掲示されている。
「今日はノアのはじめてのクエストになるから、Fランクの易しいものがいいよね」
「リオ、これは?」
ノアが指さしたのは、『アイテム採取』の掲示板に貼られた、『低級ポーション素材あつめ チーゴの花 五十本(茎つき)』っていう、シンプルなクエストだった。
「チーゴの花なら俺もわかる。多めに採れば、ポーションにして売れる」
「そうだねぇ。でも、昨日採った分がいっぱい残ってるから、いまはいいかな。採りすぎても処理しきれないし」
そこまで言うと、ノアがサファイアの瞳を見ひらいた。頭を鈍器で殴られたみたいに、痛々しい表情を浮かべて。
「ごめん、俺……考えなしだった」
「いいよいいよ。こっちこそごめんね。わたしがちょっとポーションとか作ったくらいで倒れるような、みそっかすの魔力量じゃなきゃ、そもそもノアに謝らせたりしなかったのにね」
「……リオ、それは──」
なにか言いかけたノアだけど、堪えるようにぐ、と口をつぐむ。
ノアが思いとどまったことだから、気づかないふりをしてあげるのが、やさしさってもんだろう。
「うーん、今日はこっちのモンスター討伐クエストにしよっか。『だれかがイタズラでなすび畑にマンドラゴラを植えたので、収穫できなくて困ってます』だって」
「なんでモンスター討伐クエスト……? 薬草採取クエストがいいって、リオ言ってなかった?」
「見てごらん。薬草採取クエストの募集が、ほとんどないでしょ?」
「うん。チーゴの花のやつしかない」
「薬草採取クエストはね、どの街でも常時二、三種類は出されてるものなの。だけど異様に件数が少ない。そして報酬は通常の三倍。つまり……」
「……あ、そうか! この辺のは、採りつくされちゃったんだ!」
「正解!」
わたしの言いたいことが、ノアもわかったらしい。頭の回転が早い子だ。
数が少なくなってくると買い取り単価が上がる関係で、報酬もはずむけど、その分見つけるのに苦労するからね。
「お宿代を稼ぐくらいなら、こっちのマンドラゴラ退治のほうがいいかも。ノアの魔法の練習にもなるし、日帰りでできそう」
ノアはこれまで魔法を使ったことがないっていうから、実力は未知数だ。
でも、わたしも初級の火魔法、風魔法なら使えるから、レクチャーしてさしあげましょう。
燃やしちゃおうぜ、ファイアボールで!
「あ、ちょっとした切り傷とかかすり傷ができても、治すから安心してね。これでも『回復師』ですし」
「『薬術師』で『回復師』なんだ?」
「おなじ
一応、上級治癒魔法は使えなくもない。
ただ、例によって実用が現実的じゃないので、せっせとお鍋かき回してポーション作ってるほうが、わたしは性に合ってるの。
「魔力……もし、リオに俺の…………を…………たら……」
掲示板からマンドラゴラ退治のチラシをとって、耳栓持ってたかなぁ……なんて考え込むわたしは、ノアがひとりつぶやいたことを、聞き逃してしまった。
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