第10話 袖すり合うも前世の縁

かわいい女の子が涙を浮かべながらこっちを見つめている。


よくよく話を聞いてみると、どうやらこの子は両親とはぐれ迷子になってしまい、あてもなく会場を逍遥していたところ不安から涙が止まらなくなって、前が碌に見えなくなっていたために不幸にも僕とぶつかってしまったらしい。


自分が泣かせたわけじゃなくて少し安心してしまった僕の心は荒んでいるのだろうか。


荒んではいないか。

少し腐っているのかもしれないけれど。


「お父さまも・・・お母さまも・・・みんなどこにもいないの」


震えた声でそう言う彼女の手を、僕は強く握る。


「大丈夫、僕が一緒に君のご両親を探してあげるよ」


「・・・ほんとう?」


「もちろん!君を一人にはしておけないからね。だからもう泣かなくていいよ」


「ぐすっ・・・ありがとう・・・」


女の子はぐっと、袖で涙を拭った。

まだ目は少し赤く腫れているけれど、ちゃんと泣き止んでいた。


やっぱりこの子はいい子だなぁ。

ちゃんと言うことを素直に聞いてくれる。


何よりも話し方が超5歳児っぽい。


転生して初めて、年相応の会話をしている気がする。


僕は女の子の手を引いて、また人混みに侵入していく。


「あ、よかったらこれあげるよ」


そういえば、みたいな感じに言って、僕はポケットから棒付きのキャンディを取り出す。


さっき人混みを掻き分けながら進んでいた時に、テーブルの上から一つ取っておいたものだ。


後から自分で食べようと思っていたものだったけれど、ここで女の子にあげない手はないだろう。


返報性の原理っていうんだっけ、こういうの。


見返りを特段期待しているわけではないけれど、多少の僕に対する気持ちの変化には期待したい。


「・・・いいの、これ?」


潤んだ目をこちらに向ける女の子。


自信なさげなその表情は、僕の心の内で眠っていた男らしさを敏感に刺激してくる。


男として、この子のことはちゃんと守ってあげなければ。そう思わせる何かがある。


「うん、どうぞ」


「ありがとう・・・えへへ」


女の子はキャンディを受け取ると、包装紙を器用に剥がして中身を口に入れた。


結構あの包装って剥がすの時間かかるものだと思っていたけれど、手先が器用な人がやると一瞬で剥がれるんだな。


感心感心。


その包装紙の方はというと、丁寧に折りたたんでポケットにしまわれている。


僕はその様子を目の端で捉えながら、敢えて見て見ぬふりを決め込む。



・・・立ったな、フラグ。


数年後再開した時に、


「この紙、覚えてる?初めて会った時に君がくれたものだよ」


みたいなことを言われる、最高の幼馴染シチュエーション。


今から再開の時が楽しみだよ。


・・・ん?


次に会う機会なんてあるのかな?


まぁ親戚の集まりにいるくらいだし、いずれあるだろう、知らんけど。





予想よりも早く、女の子の両親は見つかった。


「お父さま、お母さま!」


僕の手を離し、走って両親の元に駆け寄る。


「りょうか!!」

「りょうかちゃんっ!!」


両親の方も優しく女の子を受け止める。


「りょうかちゃん、ごめんね、私が少し目を離してしまったばかりに」


「ううん、わたしもごめんなさい」


「いいんだよ、りょうかは謝らなくて。謝るのはお父さん達だ。一人にさせちゃってごめんな」


「違うよ、お父さま。わたしは一人じゃなかったよ」


彼女は僕の方を指差す。


「あの人がわたしと一緒にいてくれたの。だからわたし、ここでお父さまとお母さまに会えたんだよ」


「おお、そうなのか。ありがとうね、そこの君・・・ん?」


刹那、優しい印象だった両親の表情が豹変する。


まるで別人かと思うくらいに冷たい目線をこちらに向けてくる。


「おい、小僧。お前、弓槻の家のものだな」


口調まで冷たくなっていた。


「はい、僕は弓槻尤といいます」


「うちの娘に一体何したの!?」


「いや、特には何も・・・」


優しい表情をしていて気が付かなかったけれど、この二人、さっき会場で見たことがある人だ。


弓槻の人間が来たとか何とか、僕ら家族の陰口を叩いていた集団にいた奴だ。


「お母さま、この人は悪いことしてないよ。わたしが泣いてた時に一緒にいてくれたし、キャンディもくれたんだよ」


女の子、りょうかは自身の口許を指さして、咥えたキャンディの棒を示す。


「・・・っ!あんな人から貰ったものなんて口にしちゃダメでしょ!!!」


母親は棒を掴んで勢いよくキャンディを引っこ抜く。


その際に口内を痛めたのか、もしくは急な母親の行為に驚いたのか、ようやく泣き止んでいたりょうかの目から再び涙が滾滾と溢れ出す。


えーん、えーん、と、りょうかの泣き声が会場に響く。


自然と視線は声のなる方に向けられ、会場全体の注目がそこに集中する。


泣いている女の子と、それを慰める両親。


そして弓槻の家の人間である、僕。


一見すると、僕がりょうかを泣かせてしまったかのような構図だった。



・・・どこからか、非難の声が上がる。


「だから弓槻は呼ぶべきではないんだ」


それを嚆矢に、さまざまな場所から非難は噴出する。




「本当に最悪な一族だ」


「あんなかわいい女の子を泣かせるなんて」


「きっとあの娘が横槍家の一人娘だと知って、敢えて近づいたのだろう」


「やはりあの時滅ぼしておくべきだった」


非難は次第に悪罵へと変わり、怒号に近いものも飛び交うようになる。


うーん。


陰でこそこそ悪口を言われるのが一番辛いと(前世の経験から)考えていたんだけれど、正面から堂々と言われるのもこれはこれで辛いな。


僕は前世、ヒンノムの谷でメンタルを鍛えていた(鍛えてない)から耐えられるけれど、普通の5歳児だったらトラウマレヴェルなんじゃないか、これ?


あの女の子のことは名残惜しいけれど、サンドバッグみたいに言葉の暴力で殴られ続けるのを諒とするほど、僕もMじゃない。


僕は殴るのも殴られるのも好きではない、一般的な性癖を持つ人間だ。多分。


「早くここから出ていって。私たちの娘を泣かせた悪魔」


りょうかの母親が放ったその言葉を契機に、僕は踵を返して会場を離れることにした。


両親がどこにいるかはわからないけれど、

どこかで今の様子を見ていたはずだ。すぐに見つけて、あるいは見つけてくれて、迅速に帰れるだろう。



まあ、両親に対して思うところはある。

あの中から助けて欲しかったとまでは言わないけれど、一緒にいてくれる程度のことはしてほしかったな。


と、思いながら歩いていると、両親はすぐに見つかった。


余裕そうにテーブルの上の料理を食べていやがる。


「お、尤、ようやく終わったのか?」


「尤ちゃんの分もとっておいたから、これ食べながら帰りましょう」


話を聞くと、両親達はどこかに視線が集まっているのをいいことに、会場の料理をあらかた食いつくす勢いで貪っていたらしい。


今回この集まりに参加したのも、一食分タダで食べられるからとか何とか。


あそこで罵倒されていたのが僕だと話すと、


「それは災難だったな」


「その分ご飯はいっぱい取っておいたから。これ食べて我慢しましょ」


って。



ぶん殴ってやろうかな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染が欲しすぎる!! 夢形 真希 @namayatsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ